知恵と勇気の鳥、ミソサザイ|大橋弘一の「山の鳥」エッセイ Vol.15

山にはいろいろな野鳥が暮らしています。低山から高山まで、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを、野鳥撮影歴30余年の大橋弘一さんがさまざまなトリビアを交えて綴る「山の鳥エッセイ」。第15回は、「ミソサザイ」をご紹介します。

山の鳥エッセイ #15/連載一覧

2025.08.06

大橋 弘一

野鳥写真家

INDEX

【第15回 ミソサザイ】
英名:Troglodytes troglodytes
漢字表記:鷦鷯
分類:スズメ目ミソサザイ科ミソサザイ属

細部を見て印象が変わる

冬も沢沿いから離れない(撮影地:苫小牧市)

ミソサザイは、キクイタダキと並んで日本最小の鳥のひとつです(第13回キクイタダキをご参照ください)。全長はわずか10~11㎝しかありません。ただ、体重はキクイタダキの約5gに対してミソサザイは8~9g。このことからわかるように体形は丸々としており、全体的にコロンとした印象を受けます。

年間を通して山間の渓流付近で暮らし、いつも流れの近くの地表や川岸をきびきびと動き回っています。でも、小さい上に全身がチョコレート色の目立たない色をしているので、普段はなかなか目に付きません。

ですが、早春から初夏にかけての繁殖シーズンには渓流沿いの木の枝や石などにとまって大声でさえずるため、一躍注目を集める目立つ存在になります。早口の美声でパワフルに「ピピピ、チュイチュイチヨチヨチリリリリリリリリ…」などとさえずり、その声は遠くまで響き渡ります。

しかも延々と鳴き続けることが多く、この小さな体のどこにこれほどのエネルギーがあるのかと不思議に思うほどです。普段から尾羽をピンと立てた姿勢でいることが多く、特にさえずるときにはだいたい尾を立てており、独特な力強さと凛々しさを感じさせます。

ミソサザイの顔のアップ。顔の周囲も一様な茶色ではなく、黒や白、灰色などの羽毛に彩られている

さえずる時は一ヶ所に長く居続けますので、じっくりと観察する絶好の機会となり、撮影にも好都合です。何十年前のことだったか、私も初めてさえずりの場面を見た時には、チョコレート色だと思っていた羽色がじつは黒や褐色、白などの細かい模様があることがわかって驚きました。

その細かい模様が、翼などでは部分的に縞模様を描き出し、これがなかなか美しいのです。全身が焦げ茶色の印象に変わりはありませんが、細部を見るとまた違った感じがする鳥です。

印象深いさえずりの思い出

大きな声でパワフルにさえずる

私には、ミソサザイのさえずりが印象深かった出会いの思い出がいくつかあります。

ひとつは長野県の戸隠でのこと。標高1200mほどの地点に位置する戸隠森林植物園では、渓流沿いのあちこちでこの鳥のさえずりを聞くことができます。何年か前の5月、1羽が遊歩道(木道)沿いの倒木の上をソングポスト(さえずり場所)にしていました。

遊歩道ですから、多くの人がすぐそばを通りますが、その個体は気にもしていません。次から次へと通る人たちはさえずりに気づいて足を止め、その声に聞き入ります。元来あまり人を恐れない鳥ではありますが、それにしても本物の”聴衆”に向けて美声を披露するとは…。その様子はまるでリサイタルさながらに思えました。

苔むした倒木の上でさえずる様子を正面から捉えた

もうひとつは、札幌郊外の標高300mほどの丘陵地でのこと。2月下旬のある日、私は森の中の渓流沿いを歩いていました。

「立春」も「雨水」も過ぎたとはいえ、本州よりひと月ほど春の訪れが遅い北海道ではまだまだ厳寒期です。気温は氷点下10度を下回り、少し標高のある場所ですから春の兆しなど微塵も感じられません。積雪はゆうに背丈を超えています。おまけに天候は下り坂。

次第に雪が降り始めたため戻ろうかと思ったそのとき、どこかから鳥のさえずりが聞こえてくるではありませんか。耳を疑いましたが、ミソサザイの声に似ています。スノーシューでは素早く歩けませんが、それでも声のする方向へ急いで近づき、姿を確認。やはりミソサザイでした。

ミソサザイは繁殖の時期が早く、2月からさえずることがあるとは聞いていましたが、まさか北海道でも…。知っていた知識が、自分の耳で聞き、目で見ることで確信に変わった瞬間でした。

和名の語源由来

ミソサザイの生息環境(北海道大学苫小牧研究林)。このような森の中の清流沿いで通年暮らす

ところで、ミソサザイとは変わった呼び名ですね。知らないと、鳥だと思わないかもしれません。

この名前の成り立ちは、ミソとサザイに分けて考えます。ミソは「みぞ」つまり小さな流れのことです。サザイは「ささい」で「ささやか」と語源を同じくし、小さなものを意味します。つまり、沢などの小さな流れの付近にいる小さなもの、という意味の名前なのです。

ミソもササイも古い言葉で、使い方も現代語とはいくらか違いますが、そう言われれば納得できる和名だと思います。沢や渓流にいて体が小さいということですから、この鳥の特徴を的確に表現した呼び名になっているのです。

水生昆虫を口いっぱいにくわえて現れた。雛への給餌用だ

ただし、昔は濁点がありませんでしたから、ミソは「みぞ」とも読めてしまいます。サザイは「ささい」とも読めてしまいます。どちらを採るかは、文脈によって読む人が判断しなければなりません。そして、このことが江戸時代になって大きな問題(というほどではないかもしれませんが)を引き起こしてしまいました。

「みぞ」を「みそ」つまり味噌と読んでしまう現象です。これでは食べ物というか調味料のことですし、また「さざい」に関してはたまたまサザエという音の似た食べ物があるため、ますます「みぞ」ではなく味噌だと思い込む人が続出してしまったのだそうです。

江戸っ子の「粋」の標的に

子育て中の1シーン。水生昆虫などを次々に巣へ運んでいく

そこに追い打ちをかけたのが、言葉遊びが大好きな江戸っ子気質です。江戸時代にはユーモラスな話し言葉が流行し、無駄口や地口と呼ばれる軽妙洒脱な語り口が「粋」ともてはやされました。私の想像ですが、駄洒落を頻発する「親父ギャグ」も、そのルーツは江戸時代にあると考えています。

こうした江戸の町民文化によって、ミソサザイはどう扱われたでしょうか。「味噌さざえ」だと茶化されたのです。さらに、ここから発展して、「この鳥は味噌を食べるんだってよ」などと噂され、やがて「家に入ってきて味噌を盗み食いするらしい」となってしまいました。

こんな話を江戸っ子たちがどこまで本気で信じていたかわかりませんが、江戸っ子パワーは留まるところを知りませんでした。

この鳥が味噌の鳥なら、塩の鳥もいるに違いない、ということになって考え出されたのが「しほさざい」という呼び名。ミソサザイと似た印象のヤブサメという鳥がその標的とされてしまったのです。こうして、あわれヤブサメは何の言われも脈絡もない「塩さざい」の名で呼ばれることになってしまいました。

ヤブサメ。ミソサザイよりわずかに大きい程度の大きさで、確かに似た印象を受けるかもしれない

これ、噓のようなホントの話です。東北地方各県などにはヤブサメの方言名として今でも「シオサザイ」の名が残っています。

知恵と勇気で勝ち抜く鳥

尾羽を立てて元気いっぱいでさえずる様子は、なるほど”鳥の王”の雰囲気がありそうだ

一方、欧米の文化に目を転じると、西洋ではミソサザイは「鳥の王」であるとされています。こんな小さな鳥がなぜ、と思ってしまいますが、ヨーロッパ各国の伝承に面白い話があります。

あるとき、鳥たちが集まって王様を決めようということになりました。一番高く飛べた鳥が王様です。皆、競って舞い上がりましたが、中でもワシが一番高く飛びました。ところがワシの頭にとまっていたミソサザイがワシの上でぴょんと飛び跳ねれば、必ずワシよりも高くなります。こうしてミソサザイが鳥たちの王様になりましたとさ。

このストーリーはアイルランドの民話がルーツだと聞いたことがありますが、西欧諸国では誰でも知っているおとぎ話になっているようです。グリム童話にも「みそさざいと熊」という話があり、こちらは小さなミソサザイが大きな熊と闘って勝つ話です。

巣立ったばかりの幼鳥。まだ「嘴の黄色い」子供だが、尾羽をピンと上げた凛々しい姿勢をもう見せている

ほかにもいろいろな寓話が伝えられており、要するに、体は小さくても知恵と勇気があれば何物にも負けない、ということをミソサザイが体現しているのです。

日本にも似たような寓意の「一寸法師」の物語がありますが、一寸法師のモデルは、諸説はあるものの、実はなんとミソサザイであるという説もあるのです。体は小さくても、いつも元気はつらつとして大声でさえずる姿に、人々は洋の東西を問わず魅了されてきたということだろうと思います。

じつは獰猛?な気質

大きなトンボを捕えた

さえずりの一件とは別に、ミソサザイの生態を観察していて驚いたことがあります。それは、この鳥の食生活です。

普段は沢沿いの岩のすき間や木の根元、倒木の周辺などを丹念に探し回り、小さな昆虫やクモ類を見つけ出して食べています。その獲物はごくごく小さなもので、超望遠レンズを通して見ていてもどんな種類の虫なのかよくわかりません。

ところが、子育ての時期には大きな水生昆虫などをたくさん捕えるのです。私は子育てシーンを最初から見たことはなく、気付いたら雛の巣立ち間近だったというタイミングばかりなので、もしかしたら雛が小さいうちは状況が違うかもしれません。大きな虫を雛に与えるのは雛がある程度大きくなってから、ということは十分あり得るとは思います。

渓流で今日も水面を見つめる。小さいながら、その姿には力強さが漂う

それでも、体に似合わず大きな水生昆虫を口にくわえている場面を初めて見たときは、本当に驚きました。自分は小さな小さな虫しか食べないのに、雛にはこんなに大きな虫を与えるのかと。

ときにはカゲロウのような虫を何匹も口にくわえてきたり、またあるときは、ヤンマのような大型のトンボを捕えたりする場面も見ました。もしオニヤンマを捕えるとしたらその全長は11㎝程度ですから、捕まえるミソサザイとほぼ同じ大きさか、それ以上の獲物ということになります。

自分と同じくらいの大きさの獲物を捕えるのは、まるで猛禽の所業ではないですか。相当気が強いというか、獰猛でないとなかなかできないことでしょう。

子育てに必死でなりふり構わないのか、あるいは小さな体の中に実は並々ならぬ闘争心を秘めているのか…。

ミソサザイのこうした一面も、「鳥の王」と呼ばれた理由のひとつなのかもしれないと思ったのでした。

<おもな参考文献>
菅原浩・柿澤亮三編『図説日本鳥名由来辞典』(柏書房)
上田恵介監修・大橋弘一解説『日本の美しい色の鳥』(エクスナレッジ)
白井詳平監修『全国鳥類地方名検索辞典 北日本編』(生物情報社)

*写真の無断転用を固くお断りします。

大橋 弘一

野鳥写真家

大橋 弘一

野鳥写真家

日本の野鳥全種全亜種の撮影を永遠のテーマとし、図鑑・書籍・雑誌等への作品提供をメインに活動。写真だけでなく、執筆・講演活動等を通して鳥を広く紹介することをライフワークとしており、特に鳥の呼び名(和名・英名・学名等)の語源由来、民話伝承・文学作品等での扱われ方など鳥と人との関わりを独自の「鳥の雑学」として解説している。NHK「ラジオ深夜便」で月に一度のコーナー「鳥の雑学ノート」も好評を博し、2025 ...(続きを読む

日本の野鳥全種全亜種の撮影を永遠のテーマとし、図鑑・書籍・雑誌等への作品提供をメインに活動。写真だけでなく、執筆・講演活動等を通して鳥を広く紹介することをライフワークとしており、特に鳥の呼び名(和名・英名・学名等)の語源由来、民話伝承・文学作品等での扱われ方など鳥と人との関わりを独自の「鳥の雑学」として解説している。NHK「ラジオ深夜便」で月に一度のコーナー「鳥の雑学ノート」も好評を博し、2025年3月まで7年間放送を続けてきた。『庭や街で愛でる野鳥の本』(山と溪谷社)、『野鳥の呼び名事典』(世界文化社)、『日本野鳥歳時記』(ナツメ社)、写真集『よちよちもふもふオシドリの赤ちゃん』(講談社)など著書多数。最新刊は2025年6月に北海道新聞社より発行した『ビジュアル図鑑 北海道の鳥』。日本鳥学会会員。日本野鳥の会会員。SSP日本自然科学写真協会会員。「ウェルカム北海道野鳥倶楽部」主宰。https://ohashi.naturally.jpn.com/

RECOMMENDED この記事を読んだ方におすすめの記事です。