登山の様子を愛らしいイラストエッセイで表現する人気イラストレーター、ヤマガスキナダケさんが手がける連載「ヤマガスキナダケの”NO PEAK 山遊び論”」。歴史巡りや渓流遊び、巨木探訪など、ピークハント以外の様々な山の遊び方について、お届けしている本企画。第2回のテーマは「渓流遊び」。渓流釣りを趣味とし、美しい沢の生き物たちをこよなく愛するヤマガスキナダケさんが、とっておきの水遊びの方法をお伝えします。これからの夏に向けて、必読の内容です!
ヤマガスキナダケの”NO PEAK 山遊び論” #02/連載一覧はこちら
2021.06.02
ヤマガスキナダケ
会社員イラストレーター
山登りをしていると、歩くコース上に沢が重なることがよくあります。特に登山口から尾根沿いに出るまでは沢沿いのルートを取る場合も少なくありません。
川がせせらぐ音、沢を抜ける風の匂い、苔むした岩…。
沢沿いには一般的な登山道とはまた違った植物たちが茂り、生き物が生息しているため、水辺独特の雰囲気を楽しむことができます。
涼しい風が谷を駆け抜け、沢沿いの木々を踊らせる。とめどなく流れる水に木漏れ日が差し込み、川底まで映し出す。
流れに乱反射した煌めきは木々や葉を無造作に照らし、清涼感のある川のせせらぎが鳥のさえずりに乗って心地よく耳に届く。
渓流の魅力を詰め合わせればこんな感じでしょうか。
山に個性があるように、渓流にも季節や場所によって個性があります。その個性を感じながら歩くのも、渓流遊びの醍醐味のひとつ。
私は特に川に住む生き物が好きで、沢を見つけるなりサワガニや小魚を観察するのに夢中になって時間を忘れてしまいます。
サワガニは渓流で一番気軽に遊んでくれる生き物。いくつになってもやめられない
これほどまでに私が渓流に魅了される理由は、登山を始める前から渓流釣りをしていたことにあるのかもしれません。
釣りをしていた頃は竿を出すポイントとして部分的にしか見れていなかった渓流ですが、登山を始めてからというもの、その印象は大きく変わりました。
谷や周辺の尾根を歩くことで川の源流を目にすることができたり、降った雨が最終的にどの川へつながるかを分ける分水嶺を知ることができたりと、登山を始めたことで川を山の一部として楽しめるようになったのです。
左に流れた雨は日本海へ、右は太平洋へと分ける「中央分水嶺」を歩く特別感はクセになる
そうなれば地図上で谷や川を眺めているだけでも面白い。
登山で歩いた小さな谷で生まれたあの一雫がやがて川となり、人々の住む街を通って海に注ぐ。山と人と海が、川によってつながっていることに想像を膨らませて、地図を前にひとり納得したりするわけです。
渓流釣りは数ある釣りの中でも最も自然に溶け込み、自然を堪能できるものだと思います
そんな渓流に住む生き物の中でもイワナ、アマゴ、ヤマメを代表とする鱒族の渓流魚の美しさは別格だと思います。しかも意外と登山口の脇にあるような小さな沢にも、渓流魚たちは生息しているのです。
とはいえ警戒心が強いこれらの魚は、普段歩いているだけでは滅多にその姿に出会うことはできず、基本的には釣り上げることでしかその美しい容姿を拝むことができません。
しかしいざ釣りということになれば道具や技術が必要になるし、釣りをするための遊魚券も必要になってくる。登山で良い渓流に出会えたとしても、準備を含め色々な問題が出てきます。
私自身、登山と釣りの両立を試みたことはありましたが、はっきり言って難しい。
登山と釣りでは足回りのギアの違いもあるし専門的な道具が多く、両立は難しい。どうしても道具が嵩張ってしまう。
登山と違い、釣りには目的地やコースタイム的なものがないので、終わりがないのも大きな問題。どうしても夢中になって時間を忘れてしまうのです。
道具も時間割もいいバランスがないものかと模索していた時期もありましたが、釣りが関わると釣れても釣れなくても釣りのみで終わってしまうのがいつものオチです。
当初の私の結論としては
『山頂を目指すなら釣りは諦め、釣りをするなら山頂は諦める』というものでした。
朱点があるのでアマゴ。魚体が美しいだけでなく良く見ると可愛い顔つきをしている
そこで生まれたのが釣らない渓流遊び。魚がいそうな淵などを見つけるとそろりと近づき木の実や枝を放り込み、魚の反応を見るというものです。
流れてくる虫などを捕食する渓流魚の習性を活かした遊びで、川のどこに落としても魚が出てくるというわけでないというゲーム性もあって意外と夢中になるのです。
良い川を目の前にすると完全に釣り人の目になってしまう
美しい魚体に触れたり、写真に撮ったり、食べたりするような本来の渓流釣りの醍醐味はありませんが、普段見ることのない渓流魚の反応に触れることができます。
ただ魚を見つけたということではなく、自分が呼び寄せたという楽しさこそ釣りの楽しさの核心部分。釣り上げることはできなくても会うことはできたと割り切れば、これだけでも十分満足できちゃいます。
道具もいらないし時間もとらないので私の山の楽しみ方のひとつとして定着しました。
とはいえ良いサイズの魚を見てしまったら、釣り道具を持ってくればよかったと毎回思うのですが…
大半の渓流釣りは、漁協などが毎年放流した魚を釣り人が釣るサイクルで成り立っています。
その中で生き残った個体は秋から冬の禁漁期間に繁殖し、また翌年放流魚と混じってその川に生息するのです。
放流されていない場所の魚は基本的には『天然物』と呼ばれており、その川で繁殖を繰り返し生き続けている個体群だと言われています。習性も容姿も放流されたものとは若干異なり、釣り人の間では価値があるとされているわけです。
山奥の小さな沢で見つけた「天然物」と思われるアマゴ
山奥の渓流には放流するための車が入れず、釣り人も少ない。そのため、貴重な『天然物』に出会える可能性が高いのです。
山の奥深い地域を登山していて小さな沢に行きあたる。そんな支流のさらに支流の小さな沢で魚に出会えるとなんとも嬉しい気持ちになるわけです。
天然物との出会いには、やはり格別の感動があります
釣り人が滅多に入らないような奥まった場所の小さな小さな沢にこそ、そういった出会いがあるはずです。足を使ってこそ得られるこの感動は意外とハイカーの足元にあるのです。
近所の渓流遊びでオオサンショウウオに出会えたこともあった
生き物に限らず渓流には自然の魅力が溢れていて、私は登山という名を借りた渓流遊びをよくしています。
登山ついでに渓流で遊ぶというより渓流で遊ぶために少しだけ登山をするという感覚でしょうか。
汗だくになって山頂を目指す夏場の登山も嫌いではないのですが、あえて無理はせず登山道のそばを流れる渓流を目指し山に入るのもいいものです。
子供にとって魅力の詰まった渓流を目的地にすると夏でも登山に付き合ってくれています
このスタイルは実は夏場の家族登山の暑さ対策として編み出した、副産物のようなものなのです。それが今ではソロでも夫婦でも夏場の山での過ごし方の定番になりました。
近頃の暑い夏の山行は、渓流なしでは語れなくなっています
沢沿いには蛇などの危険な生き物もよく出てきます。普段以上の注意を心がけましょう
とはいえ、ヤマビル問題をはじめ、沢には登山道とは違った注意点があります。足場は不安定だし滑りやすく、滑落などの危険性もあるうえ、増水や鉄砲水などの可能性もないとは言えません。
滝や大岩などで迂回する際も危険を伴うことが多く、引き返しができなくなることもよくあります。沢を登るにはそれなりの知識や装備が必要なので十分に注意したうえで、少し立ち寄る程度にとどめましょう。
蛇やヒル、時に熊などの生き物も沢周辺には出没しやすいので十分な注意や装備を心がけてください。
山登りを楽しむ際に沢沿いを歩くことがあれば、ぜひじっくりと渓流を見てみるとよいでしょう。今まではただの通過点だったかもしれない場所に、山頂以上の魅力を見つけることができるかもしれません。
そんな山の小さなスポットの大きな魅力に気付くことができたなら、もっと山の楽しみ方が増えるのではないでしょうか。
時間をかけて山頂に行くのではなく、無理しない時間で好きな場所に向かい、そこで時間をのんびり過ごす。それも山の楽しみ方のひとつだと思います。
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