群馬・谷川岳 遭難事故の記録|残された家族を救う、妻の軌跡

山の事故、山岳遭難のリアルに迫る、特集・遭難ZERO。登山アプリYAMAPの位置情報(GPSデータ)が活用された遭難事例や体験談をもとに、事故の舞台裏をお伝えします。
今回の舞台は群馬県、谷川岳。

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2021.06.25

YAMAP MAGAZINE 編集部

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通報後、音信不通。その後、行方不明に。|群馬県・谷川岳 遭難事故の記録

2021年5月の大型連休。谷川岳・天神尾根で警視庁警察官の男女2人が滑落し、小長井健司さん(当時43)が死亡、同行していた女性警察官、佐藤久美さん(52・仮名)は通報後、音信不通。いまだ行方不明となっています。
2人ともYAMAPのユーザーで、遭難時には位置情報(GPS)を記録していました。
女性警察官の夫・佐藤一郎さん(仮名)と、捜索の陣頭指揮に当たった群馬県・沼田警察署、田島崇行地域課長にお話を伺いました。

5月2日 「日帰りで登ってくるね」

夫・一郎さん:まず何より、今回の遭難で、懸命に捜索していただいた群馬県警沼田署のみなさまにお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。また、ご迷惑をおかけしましたことをお詫びします。

--妻の久美さんは、いつ頃から登山をされていたのでしょうか?
妻は4~5年前から、職場の山仲間と連れ立って、1か月から2か月に一度程度、山に出かけていました。低山から始めて徐々にステップアップし、アイゼンをはくのは今シーズンが初めてでした。同行するのは、多いときで4~5人。今回は3人で登る予定が、直前に一人がキャンセルし、妻が「先生」と呼んでいたベテランの小長井さんと2人だけの登山になったと、これはあとで聞きました。

--事前には知らなかったんですね。
知りませんでした。私は登山にほとんど興味がなく、いつも「行ってくるね」「行ってらっしゃい」程度。今回も妻から「ゴールデンウイークに日帰りで登ってくるね」という一言があっただけで、行き先も知りませんでした。

まきさんの活動日記より/5月2日午前10時頃の谷川岳「トマの耳」付近

--遭難の一報はどのようにお受けになったんでしょうか。
5月3日の朝でした。自宅近くの派出所の警察官が我が家を訪ねてきて「ここに佐藤久美さんはお住まいですか」と聞かれたので、「はい。私の妻ですが」と答えました。そして「至急、群馬県警沼田署へ連絡して下さい」と言われました。
その警察官によると、前日5月2日の午後2時過ぎ、沼田署に久美から「天神尾根の天狗の留まり場から滑落して上がれなくなった。助けてほしい。ケガはない。同行者は先行して、はぐれてしまった」と電話があり、その後は沼田署から電話しても、つながらなくなったと。

谷川岳山頂へと続く、南方・天神尾根登山ルートにある「天狗の留まり場」

同行者から連絡がないのは不思議でしたが、その時、すぐに思い浮かんだのは「妻が先に落ちたんだな」ということでした。この時点では誰と同行していたか知りませんでしたが、いずれにしても、妻が落ちて迷惑をかけたのだろうなと。

--沼田署にはすぐご連絡を?
はい、すぐに電話しました。聞けば、妻からの通報は110番ではなく、一般の加入電話にかかってきたと言います。110番通報であれば、基地局の電波から位置を把握することもできますが、一般加入電話への連絡で携帯電話の位置を特定するためには、行方不明届が必要とのことで、妻が勤める警察署に出向き、行方不明届を出してもらいました。また、3日は悪天でヘリコプターを飛ばせる状況ではなかったそうです。ですから、私が現地へ出向いたのは4日になってのことでした。

5月4日 通報から2日後

--4日のことについて教えてください。
4日は朝から快晴でした。

ショウさんの活動日記より/5月4日正午頃の谷川岳「肩ノ小屋」付近

捜索活動が行われ、小長井さんの遺体が発見されました。
小長井さんの位置は、携帯電話の微弱な電波から位置を割り出したと聞きました。午後になって、ヘリコプターで救助隊員が現場に下りて遺体を回収。尾根から250メートル下へ滑り落ちていたそうです。
一方、妻は見つからず、夕刻になって捜索は中止。
5日も6日も捜索してくれましたが、ついに発見されませんでした。

沼田署の説明によると、妻が眠っていると思われる場所は遅くまで雪が残り、解けるのは7月下旬とか。それまでは人は近づけません。
ヘリコプターからの捜索で見つからないのは、雪渓と岩壁の間や、雪渓に開いた穴に遺体が隠れているためだと考えられていて、雪解けを待つしかありません。ヘリコプターによる捜索や救助訓練をする際は、妻が滑落したと思われる地点の周辺で重点的にするようにと、申し送りされているそうです。ありがたいことです。

5月7日 滑落の経緯

--YAMAPを使っていたのはご存じでしたか?
いつも下山後に、軌跡(GPSのログ)や写真を見せながら、山の様子をうれしそうに報告していましたから、YAMAPを使って、記録も取っていたのは知っていました。それで、現地に向かう前に、自宅でYAMAPさんのホームページから妻のログが捜せないものかと、携帯電話番号などを入力していろいろ操作したのです。しかし無理でした。

7日になっていたでしょうか。妻の軌跡があれば、捜索の際の位置の特定に役立つのではないかと沼田警察署の方にお話ししたのです。
そうしたら「すでにYAMAPさんから小長井さんと奥さんの記録を共有頂いている。先に落ちたのは、奥さんではありませんよ」と言われ、心底驚きました。

2日に妻が「滑落して動けなくなった」と自ら通報していること、同行者がベテランの小長井さんであることから、私はてっきり妻が先に滑落したものだとばかり思っていましたから。
そこで、詳しく遭難の経緯も知ることができたのです。

--どのような説明があったんでしょうか。
ログを見ると、短時間の間に急激な位置変化があり、歩行ではなく、滑落としか考えられないのですが、その動きは小長井さんは午後2時8分。妻は2時15分でした。
妻が「滑落した。ケガはない」と沼田署に電話したのが2時20分ですから、ここに矛盾はありません。

久美さんのログの一部。2時15分時点。行方不明扱いではあるが、この地点にいると考えられている。

おそらく妻は小長井さんが滑落したことを知り、その方向に小長井さんを捜しに下りたものの上がれなくなり、雪の斜面をずり落ちたのでしょう。
沼田署の説明によれば、最初の雪面の斜度が30度、続いて60度くらいに切り立ち、さらにほぼ垂直の岩壁が続き、下に雪渓がある場所なので、妻は電話をした後に再度下方を捜し、足を滑らせて岩壁から雪渓まで数百メートル転落したのでしょう。

妻が行方不明なのは家族としてもちろん残念ですが、妻が先に落ちて、それを捜そうとして小長井さんも落ちて死亡した、妻が原因を作ったという最悪のケースでなかったことが分かって、本当にホッとしました。遭難の詳しい経緯が分かったこと以上に、行方不明者の家族にとっては、GPSの位置情報記録は大きな価値があると思っています。

--具体的にはどういった点でしょうか。
ログが途切れた位置、つまり遭難場所とその時間が特定されていることです。

何事もなく帰ってくると思って送り出しました。谷川岳で遭難して行方不明になったと言われても、家族としては「いつ、見つかるか」「どこかで生きていて、不意に帰ってくるのではないか」「騒ぎが大きくなって出てこられず、本当はどこかに隠れているのではないか」などと考えてしまう、考えたくなるものなのです。娘は1か月以上たった今でも「急に玄関を開けてお母さんが帰ってくるような気がする」などとつぶやいています。

でも、ログを見れば、それを望めないことは明らかなのです。これを見たらもう、妻は帰ってこないと諦めるしかない。心の踏ん切りをつけることができます。ログのおかげで、無用な心の消耗を短時間で済ませることができ、現実を受け入れられるようになります。残された家族が早く立ち直れるきっかけになると思います。

「谷川岳の近くで落ちたらしい」や「天神平から谷川岳山頂の間のどこかで行方が分からなくなった」のと、ピンポイントで位置を提示されるのは、家族にとって意味合いが全く違うのです。軌跡がなければ、永遠に遭難に至る経緯や場所も分からず、今も不安な日々を過ごしていると思います。YAMAPさんが早めに警察に提供してくれたおかげで、沼田警察署を通じて遭難の詳しい説明を受け、気持ちを切り替えることが出来ました。

実際、周囲からは「思ったより、普通に過ごせているようだ」と言われますが、心の踏ん切りを早めにつけることができたからでしょう。

もう一つ、現実的な問題もあります。このまま行方不明の状態が続けば、失踪届を提出し、その後、死亡宣告の手続きをしなければなりません。GPSの位置情報データは、その時の有力な疎明資料(事象の因果関係や発生理由を客観的に確認できる証拠)になるのではないかと考えています。GPSデータは、遭難の真相究明に役立つ非常に貴重なツールです。万一に備えて、登山者全員がGPSの位置情報が記録できるアプリを使ってほしいと思います。

救助者の視点

今回の遭難で、捜索の陣頭指揮に当たった沼田警察署の田島崇行地域課長に、当時の様子について聞きました。田島課長は群馬県山岳連盟で活躍し、8000メートル峰のひとつガッシャブルム峰にも登頂経験のある本格派の登山家でもあり、沼田警察署谷川岳警備隊の隊員を15年務め、現在は警備隊長を兼務されています。

田島崇行さん [群馬県警沼田警察署 地域課長 / 谷川岳警備隊 警備隊長]

--遭難の覚知は、行方不明になった佐藤さんからの電話ですね。
はい。5月2日午後2時20分に署員が受けました。「天神尾根の天狗の留まり場で滑落して上がれなくなった。助けてほしい。ケガはない。同行者は先行して、はぐれてしまった」という内容でした。そのあとは何度かけても電話はつながりませんでした。あの日は午後から天候が悪化し、かなりの強風が吹いて吹雪になったため、ヘリコプターは出動できませんでした。それで、地上から救助隊員4人を滑落現場へと向かわせました。

隊員は「佐藤さーん」と声をかけながら登ったのですが、残念ながら滑落した場所を特定できませんでした。さらに天候が悪化したため、4人はそのまま谷川岳肩ノ小屋まで上がり、泊まらざるをえませんでした。

翌3日は天候が悪くて、地上から捜索したものの発見できず。晴れ上がった4日朝、小長井さんの遺体を発見しました。天狗の留まり場から下方250メートルの地点でした。
 
--佐藤さんは見つかりませんでした。
残念ながら、発見できていません。私は谷川岳警備隊長も兼ね、現場にも入ります。今回もザイルを使い、遭難したと思われる地点の岩壁を降り、下方を確認しました。垂直な岩壁の下部に雪渓がありますが、岩壁と雪渓の間には空間がありますし、雪渓にはところどころに穴も開いています。佐藤さんはその空隙に落ちてしまったのではないかと考えています。

雪渓には大きなブロック雪崩の痕があり、そこへ捜索のために隊員を向かわせるのは、二次遭難の危険を考えればできませんでした。現在も不定期ですが、県警ヘリの応援を得て、現場上空からの捜索は実施中ですが、未だ発見には至っていません。

ほぼ雪がなくなるのは7月末です。雪が溶ければ地上からも向かえますし、沢登りを楽しむ登山者が入山することもあります。地上からの捜索については雪解けを待っての捜索を考えています。

--今回の救助活動とこれまでを振り返って、お気づきになったことがあれば教えてください
行方不明事案の場合、捜索範囲を絞りこむことができれば、人員を集中的に投入でき、発見の確率が高まります。
今回は、遭難者ご本人からの電話でしたが、通常の行方不明事案は、家族が「下山日を過ぎても帰ってこない」と連絡してくるケースがほとんどです。連絡を受けると、「どの山に登りましたか?」「登山届は出していますか?」「登山用のアプリは使っていますか。使っている場合、どこのアプリですか?」と必ず聞きます。

YAMAPのようなアプリを使っていると分かれば、運営会社に照会し、ログを提供してもらうよう、お願いします。今回のように迅速に対応して頂けたら、遭難したと考えられる地点に集中して隊員を向かわせます。アプリの位置情報がなければ、登山口と目的地が分かり、歩いた尾根が特定できたとしても、例えば尾根の左右どちらに落ちたかが不明な場合、捜索範囲は2倍に膨れ上がるのです。

捜索する側からすると、GPSの位置情報で捜索範囲を半径100メートル程度まで絞り込めれば、非常に集中的に捜索でき、結果として発見の確率も大きく上がることになります。

登山者の方には必携のツールとして、登山用のアプリを利用してもらいたい。
そして、登山届を必ず提出し、家族にも手渡し「〇〇の山に登るから」と行き先を必ず伝えてほしいと思います。

--貴重なお話をありがとうございました。

5月19日 夫・一郎さんからのメッセージ

5月2日に、谷川岳で滑落遭難し行方不明になっている女性の夫です。
群馬県警察沼田警察署からの照会に迅速な対応をして頂いた事により、遭難場所と時間が分かったばかりではなく、同行者が先に滑落しその後、様子を見に行った妻が登山道に引き返せなくなり更に滑落してしまったという状況がわかりました。
妻は、現在も発見されておりませんが、ヤマップのGPSデータがなければ、永遠に遭難に至る経緯や場所も分からず不安な日々を過ごしていたことと思います。
ヤマップのデータを早期に警察に提供して頂いたおかげで、沼田警察署を通じて遭難の説明を受けたことで、気持ちの切り替えを行うことも出来ました。
本当に感謝しております。
ヤマップのGPSデータが、このような形でも有効活用されていることから、山に登る人全員が持つべき必携のツールがヤマップだと認識致しました。
どうか、今回の事例を紹介しても構いませんのでヤマップを広く普及させて下さい。
お礼をお伝えするのに時間が掛かってしまい申し訳ありませんでした。
本当にありがとうございました。

ユーザーの方へ


警察からヤマップに照会があった際、該当者の特定に重要な手がかりとなるのが、携帯電話番号です。特定までの時間は短いほど良く、手がかりがなく、見つからない事態をなくしたいと考えています。携帯電話番号認証のご協力をお願いします。詳細は以下ボタンよりご確認ください。

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[取材・文] 畑川剛毅 [構成・編集] 千田英史(YAMAP)

YAMAP MAGAZINE 編集部

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。