長野・白馬岳 遭難事故の記録|歩き慣れたはずの大雪渓での道迷い、そして滑落

山の事故、山岳遭難のリアルに迫る、特集・遭難ZERO。遭難救助事例や遭難者体験談をもとに、事故の舞台裏をお伝えします。今回の舞台は長野県、白馬岳。何度も歩いたことのある道で不意に道に迷い、最終的に滑落・負傷して遭難した登山者の事例です。

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2021.08.25

YAMAP MAGAZINE 編集部

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歩いたことのあるはずの登山道でまさかの…|長野・白馬岳 遭難事故の記録

7月のある日、YAMAP MAGAZINE編集部員がTwitterでとある方の投稿を見つけました。

2021年7月のある日、長野県に住むぴーちゃんさん(50代 / 女性)は、白馬岳を目指して猿倉の登山口より入山。晴れ渡る青空を見上げながら、歩いたことのある大雪渓を登っていたところ、不意に雪渓の切れ目から間違ったルートに迷い込んでしまい、その後滑落して遭難、救助を要請する事態に陥りました。

ご自身の反省点を他の登山者の方にも生かしてほしいということで、Twitterで遭難体験を共有されていたところにYAMAP MAGAZINE編集部が取材を申し込み、詳しい話をお伺いしました。

目印をたどっていたはずなのに、迷い込んでしまい…

ーー白馬岳にはよく登られていたんですか?

はい。私が長野に住んでいることもあって、ときどき登りに来ていました。大雪渓には3回ほどは登ったことがありましたね。

猿倉から大雪渓を通り、白馬岳を日帰りピストンの予定で朝4時に出発し、時間に余裕があれば白馬鑓ヶ岳まで稜線を歩き、お花を眺めながら楽しい山歩きができればいいな、とぼんやり考えながら登っていました。

私、人よりも結構歩くのが速いんですよね。同じ時間帯にスタートした人を次々と追い抜き、気付いたら私の前はほとんど誰も歩いていないような状態になっていました。

全長約3.5kmにも及ぶ雪渓の上を歩く、白馬岳頂上への人気ルート

ーー大雪渓を歩くときも、前に人がいない状態で?

そうですね。でもベンガラ(赤色の顔料のことで、雪渓上の目印として使われている)をたどっていけば大丈夫だろうと。道に迷うことなんて考えもせずに、足取り軽くどんどん進んでいきました。

すると、大雪渓終盤くらいのところで、ベンガラがふっと消え、その脇に秋道の入口のような場所があったんです。前回来たときにはお盆の時期で、雪渓も消えており秋道に入ったので、「ああ、確かこんな感じのところだったな」と思いながらその先に入っていきました。

その周りにも多くの踏み跡があったので疑いもしなかったのですが、もしかしたらあれは道に迷った人たちの足跡だったのかもしれませんね。

ーーその先はきちんと歩けるような道だったのでしょうか?

少し険しいながらも、特に問題なく歩ける道でした。体力には少し自信があったので、深く考えもせずにひょいひょいと。

しばらく登ったころに雪渓の方を振り返ると、後続の登山者たちが私とは違うルートに進んでいるのが見えました。そこで道を間違えたかもしれないと気付いたのですが、どの道最後には合流するだろう、とそのまま進んでしまったんですね。あそこで引き返しておくべきでした。

あとから知人に聞いた話によると、そこは冬のバリエーションルートのひとつだったようです。岩に◯の印もついていましたし、鎖やロープなどの古い残置物があったので、それも私を安心させてしまった要素でした。別の知人も間違えて迷い込んでしまったことがある、といういわく付きの場所でした。

早朝の明るい時間スタートで、何度も登ったこともあるという安心感もあり、そのときは現在地を確認できる地図アプリを使っていませんでした。きちんと現在地を確認していれば、その時点で引き返すこともできたかもしれませんね。

どんどん崩れやすくなる足元、そして滑落

ーーそのまま先に進んでいくと、どうなったのでしょうか。

進むにつれて傾斜も急になり、足元が崩れやすくなっていきました。でも、これを乗り越えた先はきっと他の人が歩いている道に合流するといいな、と思っていたんですね。今思い返すと、まったくそんな気配はなかったのですが。

いよいよ足元も悪くなり、これ以上進んだらまずい…と気付いたときには、引き返すのも億劫なくらい上まで登ってしまっていました。

本人撮影:滑落する直前、実際に登っていた斜面

ーー足場が崩れやすい場所での下り、とても危険ですね。

そうですね。でもこれ以上進めないので、そこで意を決して雪渓の方へ引き返し始めたのですが、しばらく進んだところで案の定足を滑らせ、滑落してしまったんです。このあたりはハイマツも少ないお花畑のような場所でしたから、つかむところもなくなかなか止まれませんでした。

岩に頭や体をぶつけながら、ある程度滑り落ちたところで一度止まったのですが、その後また足を滑らせて落ちてしまいました。誰がどう歩いても落ちるような場所だったのですが、もう他に進む道がなかったんです。

ーー想像するだけでも恐怖です。

滑落の途中で斜面に弾かれていたら、そのまま落下して即死していたでしょうね。

2度目に落ちた場所は雪渓のそばだったので、まずはその上に復帰しようと雪渓の壁を登りました。ザックに外付けしていたトレッキングポールなどは滑落時の衝撃でどこかにいってしまいましたが、幸いにもチェーンスパイクは残っていたので、それを装着して。でも、そのときは普通に歩ける気がしていたんですが、身体が思うように動かず、もう一度滑り落ちてしまいました。

最後に落ちた場所は小さなシュルンド(雪渓の割れ目)の中でした。落ちたときに背中を強く打った痛みもあり、そこではじめて救助を要請することにしたんです。

スマホをザックのウエストベルトに入れていたため、滑落時に落とすことがなかったのも不幸中の幸いでした。電話ができなければどうなっていたか分かりません。

本人撮影:落ちたシュルンドからの景色。目の前に登山道と登山者が見える

なんとか下山したものの…

ーー救助を呼ぶときには、どちらに電話されたんですか?

その日は白馬岳の山小屋に遭対協(長野県山岳遭難防止対策協会)の方々が詰めていると聞いていたので、まずは小屋に電話をかけてみました。小屋の方はそのまま警察に連絡してくださったようで、私の携帯に警察から電話があったのですが、そこで聞かれたんです。「警察か遭対協か、どちらに救助を要請しますか?」と

ーーえっ、選べるんですか。

私のときはそう言われました(※注1)。警察の方は、救助を要請された時点で救助隊を組織し、ふもとから出発して救助に向かうので、4〜5時間くらいの時間がかかると。遭対協の方はすぐに出発するので1〜2時間で到着できるが、救助に費用がかかる、と言われました。

※注1:選択できない場合もあります。

じつは、恥ずかしながら今年は登山保険に加入し忘れていたんですね。それで費用がかかるのか…と悩んでしまったのですが、結局は早く救助に来ていただける遭対協の方にお願いすることにしました。

シュルンド(雪渓)の中って、寒いんですよ。もちろん保温のための上着は持っていましたが、体力を失っているこの状況で長時間身体を冷やすのもよくないなと。早くここを脱出したほうがよいと考え、早い方を選択したんです。

ーー救助の方はすぐに来られましたか?

はい、持っていた菓子パンなどを食べながらしばらく待っていると、歩いて来られたのが見えたので、おーいと手を振って。近くまで来たらロープを下ろしてもらい、なんとか雪渓の上に登ることができました。

歩けるかどうかその場で確認されたのですが、アドレナリンが出ていたのかあまり痛みもなく、普通に歩ける気がしたんですね。あと、恥ずかしながらその日は保険に入っていなくて。ヘリの料金がかかるかも、と躊躇して、付き添ってもらいながら歩いて帰る方を選択しました。

ーーそのまま歩いたんですか。

なんとか歩けてしまったんですよね。猿倉まで下山したときにも救急車を呼ぶか聞かれたんですが、そのままいける気がしたので、自分で車を運転して帰りました。

でも、冷静に考えて無事なはずがありませんよね。途中でサービスエリアに寄ったときに、頭に巻いていたバンダナを見たら血だらけだったし、短パンを履いていた足もボロボロで、トイレに向かって歩くときもなんだか動きがギクシャクしていて。

ーー興奮状態で身体が違和感を感じなかったのかもしれませんね。

アドレナリンの力はすごいですね。帰宅してからもしばらくは少し痛い程度だったのですが、夜中に本格的に痛み出して、結局夜間救急に行きました。CTを撮ってもらったら、腰椎横突起の右側が3本、左側が1本折れていたんです。病院に行ってしばらく経ってからは、経験したことのないくらいの痛みが襲ってきました。まあ、あれだけ落ちてればそりゃそうですよね。

遭難救助とケガの治療でかかった費用は◯◯万円

ーー単刀直入にお伺いします。今回の遭難で、費用はどのくらいかかったのでしょうか。

まずはケガの治療費ですよね。骨折もしていますし、少しの間ですが入院もしました。退院後もリハビリなどで病院に通う必要があるので、それだけでも10万円以上はかかりますよね。

そして、救助の費用もあります。ヘリに飛んでもらうよりはもちろん安いのですが、それでも約10〜20万円くらいの請求となりそうです。救助にお越しいただいた方の人数や要したスキル、また冬山などの場合は装備の費用もかかってくると聞きました。

命の値段と考えれば安いものですが、それでも私たち普通の人にとっては痛手ですよね。

ーー自分で歩いて下山したとしても、そのくらいの費用がかかるのですね。その日は保険に加入されていなかったとおっしゃっていましたが。

過酷なレースなどに出場するわけでもなく、普段登る山はちょっと転んだくらいならどうにかなるような山が多かったんです。ハードな山行のときは加入しますが、今回のような自分の体力的にも問題のないような山のときは、なんとなく面倒で加入していませんでした。

でも、やっぱりどんなときでも保険には入っておくべきですね。急に喘息や心臓発作などが起きることもありますし。私の知人にも、登山中に急病で動けなくなり、八ヶ岳の小屋から担ぎ下ろしてもらった…という人がいました。

ーー病気になるかどうかの予測なんて誰にもできませんからね。

交通事故と同じで、いつなんどき起こるか分からないのが山での遭難なんだと今回痛感しましたね。

自分では慎重に登山しているつもりでも、遭難することはある

hiroshiさんの活動日記より/大雪渓の上から見た景色

ーー今回の体験をこうやって共有してくださったのはなぜでしょうか。

私、ふだんはめっちゃ慎重に登山するタイプなんですね。装備もしっかり持って、入念に下調べをして。事故のあと、周りの知人からは「こんな遭難をしそうなタイプの人じゃないのにね」とたくさん言われました。

でも、事故の当日はそうじゃなかったんですよ。道の間違いに気付いていたはずなのに、ここまで登ってしまったし引き返すのが面倒だという理由で突き進み、結局遭難してしまいました。魔が差したとでもいうのでしょうか。

もちろん私の知識やスキルで不足している点もあったかもしれませんが、登ったことのあるルートで、自分の中では大丈夫と思っていたルートで、遭難してしまった。そんな私を反面教師にしてもらえたらと思い、この体験をお話しすることにしました。

ーー「遭難しない山はない」とよく言いますが、本当にその通りですね。

山って、とっても楽しくて美しい景色に出会える場所だと思っていましたし、SNSでもそういう面を強調する投稿しかしてきませんでした。山で朝日を見ながら稜線を歩くのがとっても気持ちいい、といったことばかりで。でも、そればかりじゃないんだということを発信したかったんです。

ーーご自身が遭難された話をこうやって話すこと、とても勇気のいることだと思います。貴重なお話をありがとうございました。YAMAPもこの貴重な体験談を少しでも多くの登山者に読んでもらえるように発信していきます。最後にひとことお願いします。

遭対協と山小屋のみなさん、この度は救助していただいて本当にありがとうございました。みなさんとても優しくて頼りになる方でした。救助だけでなく、登山道の整備などもしてくださってありがとうございます。

あと、山って楽しいんですけど、やらかしてしまったらこれだけのお金がかかるんだ…と身を持って体験しました。みなさん、車の任意保険と同じで、登山の保険には入っておいた方がいいですよ!実際にお金を払った私が言うんですから。本当に!(笑)

登山をする方へ

日本で起こっている遭難事故4割は、「道迷い」が原因です。

登山中はYAMAPなどのGPSアプリを使い、常に現在地を確認しながら登りましょう。道の途中で「あれ、おかしいな」と思ったら現在地を確認し、登山道からずれてしまっていたら、必ず元の道まで引き返すようにしましょう。

また、遭難しない山は、ひとつもありません。今回の舞台となった北アルプスのような高山はもちろん、あなたの近場の低山でもそれは同じです。

木の根っこにつまずいて転んでケガをして、動けなくなって救助を呼んだとしたら、それも「遭難」です。
気まぐれでふだんと違うルートを歩いてみたら、道が変わっていて迷ってしまった。それも「遭難」です。
あなたは「どんなことがあっても絶対に山で遭難しない」と言い切れますか?

万が一のために、大切な家族や自分自身の負担を軽減するためにも、登山保険には必ず加入しておきましょう。
登山の保険を、山の「当たり前」に。


登山にあたり、命を守るために身につけておくべき装備・道具や、知っておくべき知識・技術は色々ありますが、登山保険もぜひ入っておきたい、大事な備えのひとつ。

YAMAPグループの「外あそびレジャー保険」は、いざ遭難救助が必要になったときの高額費用や、部位・症状別のケガの補償をしてくれるだけでなく、登山以外での外遊びや日常のケガの補償もしてくれます。

また、遭難・行方不明時には、同じ山に登っていたYAMAPユーザーから目撃情報を募ることができるサービスも提供。

期間は7日から選べるので、単発での山行にも対応。登山や海・川でのアクティビティによく行く方にも便利な保険です。

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トップ画像:つちまるさんの活動日記より/7月中旬の白馬大雪渓

YAMAP MAGAZINE 編集部

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。