山にはいろいろな野鳥が暮らしています。その種類は標高によって、また植生などの環境によって異なり、季節によっても変化します。低山から高山まで、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを、バードウォッチング歴50年、野鳥写真歴30余年の大橋弘一さんが様々なトリビアを交えて綴る「山の鳥エッセイ」。第3回は、代表的な高山の鳥のひとつである「イワヒバリ」について、愛らしい写真とともに紹介していただきます。
山の鳥エッセイ #03/連載一覧はこちら
2022.07.30
大橋 弘一
野鳥写真家
【第3回 イワヒバリ】
英名:Alpine Accentor
漢字表記:岩雲雀
分類:スズメ目イワヒバリ科カヤクグリ属
イワヒバリは高山の鳥として代表的な存在のひとつです。本州中部や北部の高山に棲み、数は多くありませんが、岩場やハイマツ帯で姿を見かけます。冬はやや標高の低い場所に移動してきて越冬しますが、それでも亜高山帯に留まるものも多く「やはり山が好きなんだなー」と思わせられる生息状況を示します。
イワヒバリが一番イワヒバリらしいイメージに見えるのは、何と言っても夏の立山や乗鞍岳などの高山でしょう。日本の高山のシンボルであるライチョウとともに姿が見られ、人をあまり恐れないので見つければ至近距離からでもじっくりと観察・撮影ができます。野鳥をすぐ近くで見られることは特殊な例外を除いてなかなかないことですが、イワヒバリはその数少ない例外に該当します。人目を気にせず行動している鳥を双眼鏡も使わずにじっくり眺められる機会はじつに貴重です。
ですから、本当は野鳥初心者の皆さんに最初に観察をお勧めしたいくらいなのですが、実際には、鳥を見るためにいきなり高山へ行くのはハードルが高いようで、経験を積んでからと考える人が多いことがちょっと残念です。
イワヒバリを見かけた時に「あ、イワヒバリ!」と言うと、「ヒバリですか」という反応が返ってくることが良くあります。呼び名にヒバリと付いているのですから当然ですが、しかし、残念ながらこの鳥はヒバリの仲間ではありません。
じゃあ、何の仲間?
……答えは「イワヒバリの仲間」ということになります。
禅問答みたいで困惑されるかもしれませんが、じつは、ヒバリ類とは別の分類のイワヒバリ類というグループ(イワヒバリ科)があって、その代表格がこの鳥だということなのです。イワヒバリ科には日本ではイワヒバリの他にカヤクグリ(こちらも高山で繁殖する鳥です)とヤマヒバリという鳥の、計3種だけが生息しています。分類学で言えば小さなグループというわけです。
イワヒバリという和名は、たまたま最初に名付けた人が「山にいるけど、ちょっとヒバリに似ているかな」程度の気持ちで命名したのかもしれません。私はヒバリ類と似ているとは感じませんので、もう少し考えて名付けてくれたら誤解されずに済むのに…と思ってしまいます。
余談ですが、こういうケースはじつはよくあります。ツバメの仲間ではないのに「アマツバメ」、ヒヨドリの仲間ではないのに「イソヒヨドリ」、カラスの仲間ではないのに「カワガラス」等々です。初めて聞く名前の鳥に興味を持ったら、その語尾の種類の仲間なのかどうか図鑑などで確認することをお勧めしたいと思います。それだけでも鳥に関する知識がちょっと深まり、野鳥観察がぐんと面白くなるはずです。
さて、イワヒバリですが、私が初めて出会ったのは7年前の7月、立山・室堂平でのことでした。高山の生息環境に行きさえすれば撮れる鳥ですし、絶滅が懸念されるような状況でもないので、それほど積極的に早く撮らなければ…と願っていたわけではありません。しかし、私が住む北海道には生息していない鳥でもあり、高山にはそうそう気軽には行けないことから、立山に行くことが決まった時にはイワヒバリは是が非でも撮りたいと、気持ちが高ぶりました。
人をあまり恐れないことは知っていましたが、果たしてどれくらい警戒心が薄いのか、本当に近づいて撮れるものなのか不安に思いつつ、それよりもまず本当にイワヒバリに出会えるものなのかどうかという期待と不安が入り混じった気持ちで立山へ向かいました。
その時は室堂に2泊しましたが、初日にはイワヒバリを一度も見ないまま日没を迎えました。意外と難題なのかも、と思いましたが、気を取り直して2日目。あっけなくイワヒバリが見つかりました。聞いていたとおり、人への警戒心はゼロに近い状態で、かなり近づいて撮ることができました。
近くから見るイワヒバリは胴体の栗色と頭部の濃灰色の配色が美しく、小鳥と呼ぶには大柄な姿と相まって写真で見るよりも存在感があります。特に栗色の部分はただ栗色と言っていいのかどうか迷うほど色鮮やかで少し赤みがかって美しく、嘴の黄色いワンポイントがいいアクセントになっています。華のある雰囲気は、やはり日本の高山になくてはならない鳥だと改めて思いました。
その後は何度かイワヒバリを撮る機会がありましたが、どうも雪渓の近くで見ることが多いことに気付きました。岩のすき間や草の根元などでも虫を探しているようでしたが、雪渓の残雪の上にいる昆虫を食べる機会が多いためかもしれません。イワヒバリを探すには雪渓付近がひとつのポイントになると確信しました。
立山での出会いから数年。時代はコロナ禍となり、出かけることもはばかられる自粛ムードの中、イワヒバリにも、また他の多くの鳥たちにも会いに行けない悶々とした夏を何度か過ごすことになってしまいました。
しかし、コロナ対応も新しい段階となった今年、私は3回目のワクチン接種を機に、それまで自粛して我慢していた取材旅行を春から解禁することに決めました。そして、気になっていたイワヒバリとの再会も、この7月に果たすことができたのです。場所は、比較的行きやすい高山環境として蔵王山を選びました。
蔵王では、蔵王ハイラインで刈田岳(1,758m)の山頂付近まで車で行け、観光名所にもなっている御釜(五色湖)の周辺が探鳥地としても有名です。ここはイワヒバリのほかホシガラスやビンズイといった高標高地で繁殖する鳥たちの有数の観察地になっていて、6〜7月頃には野鳥観察を目的に訪れる人も多い場所です。時期は7月上旬、ちょうどイワヒバリの雛が巣立つ頃なので親子の様子が見られることに期待がふくらみます。イワヒバリが特に多いという蔵王連峰の主峰・熊野岳(1,841m)に向かう登山道”馬の背”を中心にその姿を探すことにしました。
しかし、いざ馬の背を歩き始め、熊野岳の避難小屋まで行ってもイワヒバリが1羽も見つかりません。
「本当にこの山にいるのだろうか…」不安な気持ちを慰めてくれたのは、足元にたくさん咲いているコマクサでした。植物に疎い私は蔵王がコマクサの名所だということを知らず、最初にコマクサを見つけた時には意外な発見!とばかりにうれしくなってしまいました。コマクサは、ご存知の通り「高山植物の女王」です。気品あるその姿に癒されつつ、イワヒバリ探しを続けました。
それにしても蔵王のコマクサ群落は見事です。熊野岳に至る岩礫地全体が群生地になっているイメージで、それはもう、あたり一面に咲いているといった感じです。私は、その群生地の様子を見て、イワヒバリの生息環境と重なることに気付きました。近くに雪渓も残っています。ここがイワヒバリの多い場所だということに合点がいくというものです。
もし、登山する人で鳥には詳しくないという人がいたら、イワヒバリはコマクサが咲くような高山の礫地に暮らす鳥だと説明するのもいいだろうと思います。そこに実際にイワヒバリが現れて、コマクサの花を背景にした写真が撮れたならと、絵になる組み合わせを夢想してしまいました。現実にはなりませんでしたが。
そういえば、インターネットで蔵王のイワヒバリを調べていた時「イワヒバリがコマクサの花を食べている」という内容の投稿があったことを思い出しました。「美しい花を食べないでー」というものでしたが、イワヒバリの食性は基本的には動物性で、おもに小さな昆虫やクモ類を食べます。草木の種子は食べることがありますが花を食べることはまずないはずですから、コマクサに食害を与えることはないでしょう。花びらを食べているように見えたのは花に付いた微小な虫を捕えていた場面を見誤ったものではないでしょうか。
そんなことをあれこれ考えながら歩くこと2時間。熊野岳山頂から引き返して来る時、待ちに待ったイワヒバリが眼前に現れました。口には何か虫のようなものをくわえています。そして、次の瞬間、右の方へ飛んだと思ったら、そこに雛がいました。くわえていた虫は雛に与えるためのものだったのです。
雛は、巣立ち後やっと数日を経過した頃でしょうか、あどけない顔に短い尾羽、そして幼い鳥の象徴であるピンク色の嘴。まだまだ親に食べ物をねだる甘えん坊と言った風情でちょこんと岩の上にたたずんでいます。
ここでも、やはりイワヒバリは私の姿には動じません。親鳥でさえそうなのですから、まだあまり活発に動けない雛はなおのこと、近づく私を見ても外敵とは思っていない様子で、あくびをしたり、居眠りしそうになったり…。あまりにものんびりしたその様子は拍子抜けするほどでした。
私は最初はある程度距離を置いて撮り、そして徐々に距離を詰めながら近づき、最後は至近距離からも雛の姿を撮影することができました。しかし、数メートルほどにまで近づいた時には、さすがに飛んでしまいました。
「ほう、キミもちゃんと飛べるんだね」とちょっと安心。逃げられた悔しさのような感情は全然湧いてきません。
飛んで行った方向を探すと、いました。別の岩にとまっています。そこへ、再び親鳥が虫を運んでくるではありませんか。ふと気づくと、その岩の下の地面には、同じような雛がもう1羽います。一緒に育った兄弟なのでしょう。親鳥の姿が近づくと、2羽の雛は口を大きく開け、翼をばたつかせて餌をねだります。親鳥は雛の口に虫を押し込むと、すぐまたどこかへ獲物探しに飛んで行きます。私はこうして、念願のイワヒバリの子育て(雛への給餌)のシーンを間近に見ることができ、そして撮影することができたのです。
*写真の無断転用を固くお断りします。