山にはいろいろな野鳥が暮らしています。その種類は標高や植生などの環境によって異なり、季節によっても変化します。バードウォッチング歴50年、野鳥写真歴30余年という大橋弘一さんが、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを綴る連載「山の鳥エッセイ」。第1回は、目にも鮮やかな“幸福の青い鳥”「ルリビタキ」について、愛らしい鳥たちの写真とともに紹介していただきます。
山の鳥エッセイ #01/連載一覧はこちら
2022.03.30
大橋 弘一
野鳥写真家
【第1回 ルリビタキ】
英名: Red-flanked Bluetail
漢字表記: 瑠璃鶲
分類: スズメ目ヒタキ科ルリビタキ属
青い鳥は人気があります。「幸福の青い鳥」と呼ばれ、見れば幸せになれると信じている人が多いからかもしれません。これはもちろん、メーテルリンクの童話『青い鳥』が多くの子どもたちに愛され、誰もが知る物語になったためでしょう。
青い鳥は、日本でいえばオオルリ、コルリ、ルリビタキが御三家ではないでしょうか。オオルリとコルリは夏鳥で春から秋までしかその姿が見られませんが、ルリビタキは日本で一年中見ることができます。ただし、繁殖期と越冬期では、いる場所が異なります。
夏には亜高山帯で子育てをし、よく通る美しい声でさえずるので登山者たちに親しまれています。冬は、低山帯から平地にまで降りて来て、時には住宅地の公園などにも姿を現し、多くの人々にとって身近な鳥となります。そのためルリビタキは冬の鳥だと思っている人が多いかもしれません。
雄は全体的に目の覚めるような鮮やかな青色で、これこそ見ただけで幸せな気持ちになる「幸福の青い鳥」です。青だけでなく、脇の辺りにはオレンジ色も見え、その配色がまた絶妙です。
私が初めてルリビタキに出会ったのは、もう30年以上も前、北海道へ移住した年の4月下旬のことでした。
札幌郊外のとある森の中の湿地を歩いていた時、1羽の小鳥が木道の脇の木の枝にとまって私を見つめていることに気付きました。それはまぎれもなく、子どもの頃に図鑑で見たルリビタキでした。真っ青な衣装の鮮やかさとともに、そのクリッとした黒い瞳に、私は一瞬で心を奪われてしまいました。
発見した時は20mほど離れていたと思うのですが、私はあわててカメラを構え、1度シャッターを切って少し前進。また1度シャッターを切って再びゆっくり前進。これを繰り返して10mほどの距離まで近づき、超望遠レンズで十分アップで撮れる近さににじり寄りました。それでもルリビタキは私を警戒する様子もなく、しばらくの間じっとしていてくれたのです。そのお陰で、初めての出会いにもかかわらず素晴らしい撮影機会となりました。
やがて、ルリビタキは湿地に降りて何か食べ物を探す様子を見せた後、飛び去りました。私の心には青い色の鮮やかさの余韻と、この上ない充足感が残りました。“青い鳥”、ルリビタキは本当に幸せを与えてくれるのだと実感した出会いでした。
私が初めてルリビタキを見た4月は、多くの鳥たちにとって「渡り」という移動の季節です。春の渡り期は、越冬地から北の繁殖地へ向かって旅している最中なのです。
ただし、ルリビタキのように国内で越冬し繁殖もする鳥の場合は、北へ向かう水平移動の要素よりも標高の高い場所へ移動する垂直移動の要素が強いかもしれません。もちろん、実際は水平か垂直かという単純なものではなく、両方の要素が複雑にからみ合い、さらに地形や植生、気温変化、気象など様々な要因を見極めながら移動しているはずです。
ルリビタキは全長14cm。スズメほどのほんの小さな鳥の1羽1羽がそういう渡りの能力を備え、的確な時期に的確な目的地に向かって正確に移動していくことには驚きを禁じ得ません。我々人間にはとても真似のできない計り知れない能力だと思います。
春の渡りのルリビタキが目指す目的地は亜高山帯の針葉樹林です。本州ならシラビソやコメツガなど、北海道ならエゾマツやトドマツなどの鬱蒼とした針葉樹林で繁殖するのです。そういう森では、5月下旬頃から8月頃まで、ルリビタキの涼やかなさえずりがあちこちから聞こえてくるものです。
そのような繁殖地に向けて旅している個体を、札幌で4月に、私は見たことになるのでしょう。
ルリビタキにとって、北海道という場所は国内ではちょっと特殊な位置付けなのではないかと思います。
夏は大雪山系や日高山脈などの針葉樹林で繁殖するのは当然ですが、では札幌などの低地で冬に見かけるかと言えば、そういうことはまずありません。札幌などでルリビタキが見られるのは春と秋に、ほぼ限られるのです。
私の想像ですが、本州方面で越冬した個体の一部は北へ向かって移動し、そして津軽海峡や太平洋側から北海道に入り、例えば函館や苫小牧からは陸路を北上しながら大雪山系を目指すものと考えられます。ですから、移動の中継地に当たる札幌などでは春は4月下旬、遅くても5月初旬までしか姿を見ることはないのです。彼らはさらに北上して5月中旬には大雪山系の繁殖地にたどり着いているはずです。
札幌周辺ではルリビタキが見られる期間は1、2週間ほどですが、1個体がそんなに長くいるはずはありません。彼らにとっては早く繁殖地へ着き、有利に繁殖活動を進められる良い場所を確保することが重要ですから、1、2週間の間に順次個体が入れ替わっていると考えられます。
逆に、越冬地へ向かう秋の渡りの時期には、例えば函館山が10月のある時期に「全山ルリビタキで埋め尽くされる」と言われるほど多くの個体が立ち寄ります。が、やはりその時期は長くは続かず、数日遅れただけでルリビタキの姿を見なくなってしまうのです。
北海道でのルリビタキの季節性は、低地では旅鳥(渡り途中に出現する鳥)であり、山地では夏鳥(繁殖する鳥)ということになります。越冬期を除いて、ルリビタキの渡りは、北海道においては水平要素と垂直要素の移動の縮図が見られると言っていいのではないでしょうか。
東京など関東に暮らす友人たちと話していると、ルリビタキとの遭遇は冬の楽しみになっていることがよくわかります。冬枯れの森や林で、美しい青い鳥はひと際目立つ存在になっているに違いありません。
類縁関係にあるジョウビタキと冬の暮らし方は似ていて、1羽でなわばりを構え、ひっそりと孤独に過ごします。食物の得られにくい冬季、単独で暮らすことが彼らの生存戦略になっているのです。冬にはもちろんさえずらず、「ヒッヒッ」とか「カッカッ」という地鳴きの声を出すのみです。この声がジョウビタキのそれと酷似するうえ、飛んできて杭などにとまった瞬間に尾羽を細かく震わせる動作もジョウビタキにそっくりです。
ある年の冬、私は、栃木県のとある森林公園を歩いていてヌルデの木に鳥が頻繁にやって来るのを見つけました。しばらく観察していると、ツグミやシロハラ、ヒヨドリなどが飛んできて実をついばんでいきます。ジョウビタキも来ていました。
ヌルデなどウルシ科の木の実は鳥たちの好物です。一説には25種類以上もの鳥がこの実を食べるそうです。見た目は茶色くておいしそうには見えませんが、鳥たちを引き付ける何かが備わっているのでしょう。もしかしたら、ルリビタキも…と、期待がふくらみました。
果たして予測は的中し、30分ほど待っていたら思った通りルリビタキもやってきてくれました。ただし、それは青くない雌タイプの個体でした。
雌タイプとは、頭からの上面がオリーブ色で、ルリビタキの特徴である青い色は尾羽にわずかに見られる程度の個体を言います。雌の成鳥がこの色なのですが、雄でも若いうちは同じような色をしているため、正確には「雌または若い雄」ということになります。見た目だけでは正確な区別はできません。
つまり、雌、と言い切ってしまっては間違いかもしれないので、ルリビタキに限っては”雌タイプ”という用語を使うのです。冬の森でヌルデの実に来ていたルリビタキは、この雌タイプでした。
ちなみに、雄のルリビタキが青い羽色になるまでには、生まれてから3年以上かかると言われています。人間の世界では未熟者のことを”青二才”と呼んだりしますが、ルリビタキの世界では、青く美しい姿が大人の男の象徴なのです。
時々、経験の浅いバードウォッチャーの中には「ルリビタキを見たけど雌ばっかり」とか「ルリビタキは雌が多くて雄は少ないですね」などと言う人がいますが、実際には雄を見ていてもそれが若い個体だった場合、雌だと思い込んでいる可能性が高いでしょう。
再び北海道の話です。
大雪山旭岳の山麓、標高400mほどの所に旭岳源水公園があります。北海道の最高峰である旭岳の伏流水が長い年月をかけて自然に濾過された清冽な水が絶え間なく湧出する場所です。源水から流れ出る細い清流には苔むした石がいくつも転がっていて幽玄な雰囲気を醸し出しています。
この旭岳源水の清流が、じつは、知る人ぞ知るルリビタキの名所なのです。例年5月初旬のゴールデンウィークの頃、数多くのルリビタキがここに現れます。清流沿いの遊歩道はわずか300mほどの長さしかありませんが、時期をはずさなければ、その区間だけでも5、6羽もの雄のルリビタキに遭遇できるのです。まだ雪の残る山間の清流を何羽もの青い鳥が行き交い、舞い降りる光景はこの世のものとは思えないくらい美しいと感じます。
北海道ではルリビタキの繁殖地となっている亜高山帯針葉樹林は標高約1,000mから1,700mくらいの間です。旭岳源水公園から標高1,000mの地点までは距離にして10km足らず。標高にして600mほどです。ルリビタキは、春の渡りの目的地まであとわずかの、最後の休憩地としてこの美しい場所を選ぶのでしょうか。
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