美しき日本固有種、ヤマドリ|大橋弘一の「山の鳥」エッセイ Vol.2

山にはいろいろな野鳥が暮らしています。その種類は標高や植生などの環境によって異なり、季節によっても変化します。バードウォッチング歴50年、野鳥写真歴30余年という大橋弘一さんが、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを綴る連載「山の鳥エッセイ」。第2回は、日本全土に分布しつつも、その美しき姿をなかなか写真に収めさせてくれない日本固有種「ヤマドリ」について、貴重な写真とともに紹介していただきます。

山の鳥エッセイ #02/連載一覧はこちら

2022.05.18

大橋 弘一

野鳥写真家

INDEX

【第2回 ヤマドリ】
英名:Copper Pheasant
漢字表記:山鳥
分類:キジ目キジ科ヤマドリ属

文字通りの山の鳥

雄は全長約125cm。そのうち80cmほどを尾が占める

その名にふさわしい、文字通りの“山の鳥”です。キジと共に日本を代表するキジの仲間で、キジが里の鳥であるのに対し、この鳥は山の中に棲むから山鳥と、人々は古くから言い習わしてきたのだろうと考えられます。

本州から九州にかけて、山地の森に棲み、鬱蒼と茂った暗い林内にいることが多い鳥です。要するに見通しがきかない場所にいて、加えて性質は臆病で警戒心が強いため、じっくりと姿を見る機会はなかなかありません。林道を走行中にチラッと見かけて車を停めても、次の瞬間、薮の中に消えていた…。そんな出会いが大半で、普通は写真に撮ることは困難な鳥なのです。

これまで、私は長野県の蓼科高原や滋賀県の伊吹山、大阪府と奈良県にまたがる金剛山などでそのような悔しい経験を重ねてきました。いずれも標高は数百メートルから1000メートル程度の場所です。図鑑には標高1500メートル以下の山地の森に棲むと書いてあります。蓼科では走り去るヤマドリをペンションの窓からかろうじて1度はカメラに収めることができたのですが、慌てたせいかピンボケでとても見られる写真ではありませんでした。

ヤマドリは、体が大きく、特に雄は尾が非常に長いことが特徴です。色も赤銅色で派手ではないのですが目立たないわけでもありません。数も、決して少なくはなさそうです。けれど、なかなか撮影はできない。野鳥を撮るカメラマンにとっては、ヤマドリの撮影はなかなかの難題なのです。

重要な日本固有種

国内に広く分布する日本固有種4種。上左からセグロセキレイ、アオゲラ。下左からカヤクグリ、ヤマドリ

なかなか撮れないとなると一層思いが募ります。私は、いい状況でヤマドリを撮ることを30年来願い続けてきました。徹底的に生息地を調べ、徹底的に対策を練れば撮れるチャンスはあるはずですが、他にも同じように撮りたい鳥がたくさんいて、ヤマドリだけのために時間を取ることができないまま歳月が過ぎてしまったのです。

ただ、私がヤマドリをきちんと撮りたいと願っていたのは、撮りにくい被写体への挑戦という気持ちのほかに、ヤマドリの撮影に対して強い使命感があることも大きな理由でした。それは、ヤマドリが日本固有種だからということなのです。

日本固有種というのは、この広い地球上で日本にしか生息していない鳥のことで、現在、ヤンバルクイナやルリカケスなど計11種が該当するとされています。ただし、11種のうち7種は限られた離島にのみ生息する鳥で、一般にはなじみが薄いと思われる鳥です。

これに対して残る4種はセグロセキレイ、アオゲラ、カヤクグリそしてヤマドリで、これらは日本の国土の広い地域に分布しています。つまり、多くの日本人にとってなじみ深い鳥たちと言えるでしょう。

日本の鳥そのものを広く知ってもらうだけでなく、鳥を通して日本の文化や歴史の一側面を伝えることを大きなテーマとして活動している私にとって、日本ならではの鳥といえる日本固有種は非常に大切で、中でも上記4種を最も重要視しているのです。

異常に強い縄張り意識

私に近寄って来たヤマドリ。決してフレンドリーなのではなく、侵入者を追い払おうという意識で攻撃するタイミングを見計らっている

しかも、ヤマドリは尾の長さが特徴的なため、長いことを形容する言葉として古くから歌に詠まれるなど、奈良時代から歌人に親しまれてきた歴史があります。文化の側面からも日本になくてはならない鳥なのです。

こう考え、ヤマドリは日本ならではの鳥の中でも最上位に位置する固有種と思うに至りました。言わば、日本の鳥のトップ・オブ・トップです。私のライフワークを語るうえで欠かせない最重要種なのです。ですから、しっかりした写真は不可欠であり、例えば図鑑などに使えるカットはもちろん、著書や講演会などでヤマドリを広く伝えるためにどうしてもその写真を撮らなければならない。これが、私のヤマドリ撮影に対する使命感の意味です。

ですが、前述したとおり、ヤマドリをきちんと撮ることは至難の業です。そこで、どうするか。ひとつだけ、実現させる手段があるとすれば繁殖期、それに特定の雄が異常な縄張り意識を持つ場合があるので、その時を狙うことだと考えました。

繁殖期の鳥の縄張り意識というものは、雄の鳥が同じ種の雄に対して防衛するケースがほとんどです。たとえば多くの小鳥たちは雄がさえずることによって、自分のつがい相手の雌を他の同種の鳥に取られないように防衛するわけです。自分の縄張りに入って来た雄を侵入者とみなして容赦なく攻撃し、撃退します。

ところが、ヤマドリの場合は、侵入者を排除する意識が必要以上に強く、同じ種の鳥だけでなく、他の動物や我々人間に対しても攻撃してくる場合があるのです。

初撮影の念願かなう

地上を歩いたり走ったりすることが多いが、このように枝にとまることもある

こうした行動は、人間から見れば、人を恐れず、人が近づいても逃げるどころか近づいてくるフレンドリーな行動に見えてしまいます。そのため、「妙に人慣れしたヤマドリ」が話題になることが数年に一度くらいあります。こういう個体に出会えれば、撮影はうまくいくはずだと、私は考えたのです。

しかし、そういう異常に強い縄張り意識を持つ個体が、どこに、いつ出現するか。これは、もう情報を待つしかないことです。

そこで私は、ヤマドリの情報があったら是非教えてくれるよう、全国の野鳥関係者に常日頃からお願いしています。数年前には、そういう個体が出現したことを知ってあわてて駆け付けたことがあったのですが、時すでに遅し。私が行ったのは7月のことで、繁殖期を過ぎ、その場所にはもうそのヤマドリはいなくなっていました。情報に接するのが遅かったのです。

顔のアップ。目の周囲の赤い部分は皮膚の裸出部だ

同じ失敗を繰り返さないためには、できるだけリアルタイムで情報を得られるようにしなければなりません。友人たちとの情報交換が何より重要だと痛感しました。

そんな努力が実ったのか、昨年、ある友人から“フレンドリーなヤマドリ”の情報が届きました。4月上旬のことです。フレンドリーになったヤマドリはおそらく2、3か月は縄張りを防衛しているはずです。すぐ行けば間に合います。こう計算し、その現場へ急行したのは当然のことでした。

こんな経緯があって、苦節30年。憧れ続けたヤマドリとの対面を、昨年ようやく果たすことができたのです。

ヤマドリの攻撃

尾が長すぎてなかなか先端まで入りきらない。このように体を曲げてくれた時が尾の先まで入れて撮るチャンス

ただ、ヤマドリは自分のテリトリーを守るために侵入者を排除しようと近寄って来るのですから、下手に近づくと攻撃されて怪我をすることになりかねません。彼らの攻撃は、侵入者に飛び掛かり、足の後ろ側にある蹴爪(けづめ)で蹴りを入れるやり方です。蹴爪は鶏などにもありますが、鋭く尖った頑強な突起で、その攻撃をまともに受けると結構深い傷になってしまいます。

しかし、実際に“フレンドリーなヤマドリ”に間近に対面してみると、思っていたほど攻撃的には感じられませんでした。現場には、ヤマドリを撮影しようと数人のカメラマンが集まっていて、常にヤマドリを取り囲むような状況だったためか、攻撃の標的を絞り切れなかったのかもしれません。それでも、私が行った日の前週には、通りかかったハイカーの女性が興味本位で近づき過ぎ、襲われてメガネが割れ流血騒ぎになったと聞きました。やはり注意が必要です。

特に低い姿勢で撮ろうとすると、自分の頭が容易に狙われそうで、怖く感じます。常に立った姿勢で撮ればいいのですが、写真のバリエーションを考えると、せっかくのチャンスだからローポジションからも撮りたいと思いました。そこで、襲われないようヤマドリの行動をよく見ながら注意してカメラを地面に置き、ファインダーを使わずバリアングルモニター(カメラのモニターを上下方向に回転させられるため、ローアングルの写真が撮りやすくなる)を見ながら撮影することにしました。その方法で私自身は襲われることなくいろいろなカットを撮ることができました。

意外だったのは、1日めの撮影を終えて帰ろうと帰途に就くと、なぜかヤマドリが付いてくるのです。まるで犬を連れて歩いているかのような気分でした。

しかし、付いてくるなよ、と思ってヤマドリを見た瞬間、私の顔の辺りまで飛び上がって蹴りを入れてきたのです! 私は思わず腕で振り払いましたが、一瞬、痛みを感じました。後で見たら上腕部に小さい傷ができていて、血が滲んでいました。おそらく爪が少しかすったのだろうと思います。蹴爪だったらもっと大きな怪我になってしまったことでしょう。

地面にカメラを置き、バリアングルモニターを見ながらローポジションで撮影

赤い十字架

枝から地面に飛び降りる瞬間。広げた尾は存在感抜群だ

そんな経験をしても、ヤマドリは美しい鳥だと思います。でも、一般には色鮮やかな鳥とはあまり呼ばれず、美しい鳥としてその名が挙がることも少ないのが現実です。しかし、それは実物を見たことのある人が少ないからではないでしょうか。

ある人が、初めてヤマドリを見た時の感動を話してくれたことがあります。山中で、谷底から突如飛んで現れたヤマドリがその人の頭上を飛び去った時のこと、短めの翼にとても長い尾のその姿はまるで空飛ぶ赤い十字架のようだったというのです。その色は単純な赤や朱色や紅色ではなく、赤銅色と言い切るのも違う、微妙なグラデーションが比類ない美しさだったそうです。

確かにヤマドリの翼は短くて丸みを帯びており、長距離の飛行には向きません。どちらかと言えば走るのが得意で飛ぶことは少ない地上歩行性の鳥です。けれども、ひとたび飛べば十字架のように見える……。

その体験談に、私はいたく感動しました。青空を背景に、大きな赤い十字架が悠然と飛び去る様子が目に浮かびました。残念ながら、昨年の取材では空を飛ぶ姿を見ることはできませんでした。いつかきっと、この目で見てみたいものだと、強く思っています。

尾羽の一部をアップで見る。造形の妙は芸術品の域に達している

*写真の無断転用を固くお断りします。


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大橋 弘一

野鳥写真家

大橋 弘一

野鳥写真家

日本の野鳥全種全亜種の撮影を永遠のテーマとし、図鑑・書籍・雑誌等への作品提供をメインに活動。写真だけでなく、執筆・講演活動等を通して鳥を広く紹介することをライフワークとしており、特に鳥の呼び名(和名・英名・学名等)の語源由来、民話伝承・文学作品等での扱われ方など鳥と人との関わりについての人文科学的な独自の解説が好評。NHKラジオの人気番組「ラジオ深夜便」で月に一度(毎月第4月曜日)放送の「鳥の雑学 ...(続きを読む

日本の野鳥全種全亜種の撮影を永遠のテーマとし、図鑑・書籍・雑誌等への作品提供をメインに活動。写真だけでなく、執筆・講演活動等を通して鳥を広く紹介することをライフワークとしており、特に鳥の呼び名(和名・英名・学名等)の語源由来、民話伝承・文学作品等での扱われ方など鳥と人との関わりについての人文科学的な独自の解説が好評。NHKラジオの人気番組「ラジオ深夜便」で月に一度(毎月第4月曜日)放送の「鳥の雑学ノート」では企画・構成から出演までこなす。『野鳥の呼び名事典』(世界文化社)、『日本野鳥歳時記』(ナツメ社)、『庭で楽しむ野鳥の本』(山と溪谷社)、写真集『よちよちもふもふオシドリの赤ちゃん』(講談社)など著書多数。最新刊は『北海道野鳥観察地ガイド増補新版』(北海道新聞社)。日本鳥学会会員。日本野鳥の会会員。SSP日本自然科学写真協会会員。「ウェルカム北海道野鳥倶楽部」主宰。https://ohashi.naturally.jpn.com/