標高や景色の良さだけが、山選びの基準にあらず──。日本の地質や登山の研究者である小泉武栄さん(東京学芸大学名誉教授)は、数百万年にわたるダイナミックな山容の変化を想像しながら登る「知的登山」を提唱する一人です。語ってくれたのは、日本列島で100万年後に起こるだろう「ヒマラヤ級の山脈の出現」など、山の誕生の歴史から未来を予測する「山容クロニクル」。「地質の違いが分かれば、山登りはもっと楽しい!」。登山者にも人気の山で解説してもらいました。
2022.11.07
米村 奈穂
フリーライター
東京学芸大学名誉教授。専門は自然地理学、地生態学。研究の枠を越えて、一般の人にもわかりやすい山の地質や登山の魅力を紹介している。
著書に『日本の山ができるまで』(A&F出版)、『山の自然学』(岩波新書)、『日本の山と高山植物』(平凡社新書)など多数。1948年、長野県生まれ。
── 小泉先生は、100万年後にヒマラヤ級の山が日本に出現するとおっしゃっています。つまり、日本でも成長を続ける山があるということですね。
小泉武栄さん(以下、小泉)
南アルプスの標高が変わったという話は、登山者であれば聞いたことがある人もいるはず。高くなり続けている理由は、南から本州に衝突してきた伊豆半島が、日本列島をいまだに押し続けているからです。
そもそも、伊豆半島に押された山がどうなったかというと、カタカナのハの字のように真ん中で割れてしまいました。西側の縦長のかたまりが南アルプスになって、東側の横方向に伸びた山は、金峰山(2,599m)や雲取山(2,017m)のある奥秩父(関東山地)になりました。ちなみに、その割れた間にできたのが、甲府盆地です。
その衝撃は玉突きのようにどんどん波及し、遠くは兵庫の六甲山地まで影響しているんですよ。
── 南アルプスは、どれぐらいのペースで伸びているのでしょうか。
小泉
南アルプスが伊豆半島からの圧力を特に強く受けており、横から押されて中心の杭が出るように山が隆起しています。南アルプスは年に4mm〜5mmほどのスピードで隆起しています。つまり、南アルプスは計算上、1年で4mm、100年で40cm、100万年後には4,000m伸び、およそ7,000mになります。
ただ、伊豆半島が衝突して南アルプスが隆起し始めたのが100万年前。4mmずつ隆起したなら、4,000mになっているはずですよね。その間に山が崩れたり削られたりで1,000mくらい下がったと考えられます。同様に考えると、100万年後には6,000mくらいになるかと。
ヨーロッパのアルプスを凌ぐかもしれない山が、この日本に誕生すると考えただけでワクワクしてきませんか? ちなみに、中央アルプスも年2〜4mmほど伸びています。
── そのときに人類がどうなっているのかわかりませんが……ヒマラヤ級の山が日本に出現すると考えるのは夢がありますね。ただ、日本の山は現時点で、高くても3,000m級止まり。これには理由があるのでしょうか。
小泉
簡単に言うと、まだ日本の山が3,000mまでしか伸びていない、発達の途上ということなんです。南アルプスが隆起を始めたのが100万年前なのは、さきほど述べた通り。もう少し古い北アルプスでも、約250万年前。
ヒマラヤ山脈は5,000万年前、ヨーロッパのアルプス山脈が4,000万年前。それに比べると日本の山はかなりの若さです。
── 南アルプスは伊豆半島の衝突に起因していますが、北アルプスはどうやってできたのですか。
小泉
200万〜300万年前、北アルプスの下で火山活動が起こりました。火山活動が起こると、地下にマグマが溜まってきます。マグマというのは軽いんですね。軽いので地下にあると浮力が働いて、浮いてきます。材木が、水中から上がってくるような感じですね。
つまり、地下のマグマが上がってきて、大地が隆起したものが北アルプス。マグマがそのまま噴火したものが、登山好きの皆さんがあこがれる穂高連峰で、176万年前にできました。ただ、現在の北アルプスは、年1mmほどしか隆起していません。
── そもそも急峻な北アルプスと比べ、南アルプスがゆったりとした雄大な山容なのはなぜなのでしょうか?
小泉
南アルプスはまだ侵食が進んでいません。北アルプスは、氷河の影響も強く働いて、山の芯に近いところまでガリガリ削られています。南アルプスはまだ100万年しかたっていないので、隆起したときに「縁」は削られているけれど、「真ん中」はまだ残っている。だから肉付きのいい山なんです。
南アルプスでは、すごい険しい岩場ってあまりないですよね。北岳は岩場もありますが、てっぺんはチャートという硬い岩石でできているので、特殊な形状になりました。
頂上付近に岩峰のある甲斐駒ヶ岳(2,967m)や鳳凰三山は、花崗岩の山なので削られやすく、岩盤が出ています。鳳凰三山のオベリスクは割れ目の少ない花崗岩なので、残っているんですね。
── 100万年後の話をしてきましたが、この南アルプスで小泉先生が好きなのが、高山植物が豊かな仙丈ヶ岳(3,033m)とのことです。ご自身も登山をしていて、ある変化に気づいたそうですね。
小泉
山に登るときに植物を見る人は多いですが、その下にある地質まで詳しく見ないのはもったいない! 僕ら研究者は、地質を見ながら、同時に植生も観察して歩いています。平均的なコースタイムの2倍かかっても足りないぐらいです。
数年前の8月に仙丈ヶ岳に行った際、カール上の3つあるピークのうち、一番左のピークに差し掛かると、急に景色が変わったんですよ。それまでは枯れた芝状態だった植生が、急に花いっぱいになりました。地質の研究者には、ピンときましたね。「これは蛇紋岩のせいじゃないか」と。
そもそも、花崗岩とか玄武岩とか、岩の名前はいろいろありますが、そんなに覚えられるものではないと思うので、白いか、黒いかぐらいで判断するのでOKです。ただ、黒っぽい蛇紋岩というのは、ぜひ覚えておいてほしい!
── 蛇紋岩という名前がインパクト強く、忘れにくいですね。
小泉
蛇紋岩は、その名前の通り、蛇のような紋様が入った岩石。地下のマントル(地面下の地殻と地球の中心にある核との間にある層)が、断層の影響で地上に出てきたものです。地下深くから出てきたものなので、マグネシウムやニッケルなど、動物にとっても、植物にとっても有害な重金属を含んでいます。
ここがポイントなんですね。
── 有害とは、どういうことなのでしょうか?
小泉
外からくる普通の植物は育たないけれど、長い歴史の中で、毒への耐性を獲得した植物が出てくるのです。もうほかに行き場所がない、そこでしか生きられない弱い立場の植物が、たくさん蛇紋岩に集まってきた結果というわけですね。
岩手の早池峰山(1,917m)のウスユキソウはその代表です。他にも尾瀬の至仏山(2,228m)のオゼソウや、谷川岳(1,977m)のホソバヒナウスユキソウ、北岳(3,193m)のキタダケソウなど、固有種が多いです。特に、北岳には、「キタダケ〜」と名のつく植物が約12種類もあり、固有な植生を誇る山です。
つまり、本来は植物が育ちにくい蛇紋岩地には、環境のいい場所から追い出された弱い植物が集まる。一つひとつの種が弱いため、ひとつが支配的にならず、異なる種が育ちます。だから植生が豊かになるんですね。
── 地質的に日本ならでは変化がある山として、飯豊連峰をあげてもらいました。標高はそこまで高くないのに高山植物が豊富なのはなぜでしょうか?
小泉
日本の山のなかでも、飯豊山(2,105m)はものすごく風が強い場所です。夏でも北西の風が稜線を吹き上げます。私が行ったときにも、小屋を出て5分も歩けないことがありました。それほどの強い風で山が削られていくんです。
── 風で地面が削られていくことがあるのですね。
小泉
その風で削られた山肌に帯状の砂礫地ができ、その「空き地」に本来であればもっと高い場所にある植物が飛んでくるという、植生のおもしろさがあります。
風で削られた帯の数がどんどん増えることで、山が荒れるように思われがちですが、逆に飛んできた種によって豊かな植生がつくられます。しかし、時間が経つとイネ科の植物が繁殖し、元の草原に戻っていきます。これを繰り返しているのが飯豊連峰の特徴です。
小泉
風で山の地面が削られ、豊かな植生をつくるのは、日本の山だけにおきる現象と考えられます。なぜかというと、日本の山は、世界で一番、風が強いのです。木曽駒ヶ岳の上に風速計を設置したことがありますが、翌年にプロペラが吹き飛んでいて驚いたこともあります。
なぜ日本の風が強いのかというと、考えられるのは、偏西風の影響。偏西風はヒマラヤ山脈にぶつかって北と南に分かれます。その分かれた偏西風が合流する場所が日本。
冬になると、2つの合流した偏西風に加え、シベリア寒気団が流れてきて、ときにヒマラヤ高地並みの風が吹く山があるわけです。
── 続いては、北アルプスの白馬岳(2,932m)についてです。
小泉
白馬岳の山名の由来は、雪解け時季の山肌に、田植えの代掻き馬の形が出てくること。ということは、山の地面が黒くないと、この馬の形が浮き出てきませんよね。
白馬三山は、白馬岳と、白馬鑓ヶ岳(2,903m)、杓子岳(2,812m)。スキー場のある八方尾根あたりから見ると、白馬鑓ヶ岳や杓子岳は白っぽいのですが、白馬岳だけが黒っぽく見えます。それは、海底の奥深くにあった泥岩や粘板岩、砂岩でできているからですね。
── 逆にほかの2山が白く見える理由は何でしょうか。
小泉
白馬鑓ヶ岳と杓子岳は、流紋岩(りゅうもんがん)という細かくて砕けやすい岩石からなり、この岩が白いことが、ふたつの山が白っぽく見える理由です。さらに、流紋岩でできた山にはザラザラした斜面ができ、そういう砂礫地を好むのが、登山者から人気の高山植物、コマクサです。黒っぽく見える場所には、コマクサは生えません。
流紋岩の成分は、花崗岩と一緒。花崗岩の山といえば、さきほども出た甲斐駒ヶ岳が知られていますね。お墓やビルの外壁に使われている岩といえば、もっとわかりやすいでしょうか。
流紋岩と花崗岩の違いはシンプル。地下深くで固まり、粒の粗いのが花崗岩。地表に溶岩として出て固まると流紋岩になります。白馬鑓ヶ岳と杓子岳で見られる白い岩はほぼ流紋岩です。
山の色に注目することはあまりないかもしれませんが、色の違いは植生などの様々なことに波及してきます。色の観点から山を見てみると面白いですよ。
── 白馬岳というと大雪渓のイメージですが、地質学的に先生も興味をそそられるコースはどこでしょうか。
小泉
白馬岳から北に伸びる雪倉岳(2,611m)への縦走路です。雪倉岳から望む白馬方向は大景観。旭岳(2,867m)や清水岳(2,603m)、小蓮華尾根も見えて、非常に多彩な景観が広がっています。
地質が変わると植生も変わるのが、非常に面白い。白馬岳と比べて地味ではありますが、雪倉岳には蛇紋岩もあるし、氷河がつくった池もあって、地面の模様を見ながら歩くと面白いところです。
── 小泉先生が一押しする貴重な地質の山として、新潟・妙高の火打山(2,462m)をあげていますが、どのようなところが貴重なのでしょう?
小泉
火打山は名前から火山と思っている人が多いのですが、実際は堆積岩(既存の岩石が風化・侵食されてできた砂や泥、火山灰などの粒)の山。周囲には妙高山や焼山などの火山が多いですが、火打山だけが成り立ちが異なるんです。
周辺には火口跡が湿原になった場所がいくつもあって、非常に綺麗な景色が広がっています。この湿原は火山学者の見解では、溶岩が流れてきて、せき止められてできたというものですが、僕らの考えでは小さな火口だと思っています。
一番驚いたのは火打山の山頂周辺です。火山と関係のない堆積岩の山ですから、地質図でもそうなっているんですが、山頂付近に登ると、火山ではないのに、火山性の岩がゴロゴロ転がっていて妙なんです。わかりやすく言うと、火山である富士山の頂上についたら、火山とは関係のない、普通の河原にあるような岩が落ちているぐらいの違和感です。
── 頂上で少しだけ噴火ということがあり得るのでしょうか?
小泉
溶岩が流れたりするような大きな噴火ではなく、小さい水蒸気爆発が起こって、その辺に溶岩のかけらを撒き散らしているんじゃないかと推察しています。シャンパンのコルクがはじける様子をイメージしてもらうと良いかもしれません。直径50cmくらいの場所が火山性の岩で、その周囲が堆積岩という妙な場所です。
そこまで推定して、下山して最新の地質図を調べてみると、山のてっぺんは、マグマが冷えて固まった火成岩に変わっていた。多分調べた人も困ったと思います。堆積岩の山のてっぺんに火成岩の一種である安山岩が転がっている。これは大変珍しいことです。
── 先生は全国各地の山を登りながら、いろいろな発見や研究の気付きを得ているのですね。
小泉
北アルプス最深部の雲ノ平でも面白いつながりを発見したことがあります。我々が雲ノ平山荘に泊まって周辺を調査するというと、山荘のご主人が喜んでついてきたんです。その際ご主人から「山荘の周辺は雨が降ると湿原が氾濫して荒れやすいけれど、それはなぜか」と質問されました。
たしかに、雲ノ平は湿原があって綺麗なところですが、湿原をよく見てみると、表面には泥炭、その下には火山灰がたまっていたんです。
その灰は、7300年前の大規模噴火によって、屋久島の北にある硫黄島から飛んできた鬼界カルデラのもの。それらが薬師岳や雲ノ平にたまって、風化して粘土になっていたのです。そうすると水を通さなくなり、上の層では泥炭が水をため、雨が降ると一帯にあふれてしまうんですね。
── 山の中で感じる「なぜか」を調べると、いろいろ山の歴史がわかってくるのですね。
小泉
そうですね。結局、雲ノ平の綺麗な湿原の景色を作ったのは硫黄島から飛んできた軽石でした。7,300年も経つと、風雨にさらされてガラス質だった灰が粘土になっていた。そうすると、上に泥炭ができやすい池塘(高層湿原の池)もたくさんできるんですね。
鬼界カルデラの灰はアカホヤといって、真っ赤に近いような色の軽石です。大きな噴火の灰は特徴があって見れば分かります。自然界には、そういう風に思いがけないつながりがあるんです。まだまだたくさん見落としがあると思います。
「なぜ?」という感覚で山を見るとこんなにいろんなものが見えてきます。プロとかアマチュアとかは関係なく、山が好きな人がその気になって見れば、見つかるんですよ。自分で「なぜか?」を問いかけて、答えを見つけてほしいですね。
稜線の強風も、切り立ったやせ尾根も、すべてが長年かけてきた自然現象。そう考えると、登山時に悩まされる悪天候や悪路もつらいだけではなくなるかもしれません。登山とは、計りしれない年月をかけて自然がつくり出した大地を、自分の足で一歩一歩踏みしめて歩くこと。目線をいつもより足元にも向け、風景の謎解きをしながらゆっくり歩くのも山の楽しさと実感しました。
イラスト:ヤマガスキナダケ
監修:小泉武栄