コロナ禍による行動制限が3年ぶりになかった2022年の夏山シーズン。自粛ムードからも解放されて、全国の山も賑わいを取り戻しつつありましたが、山小屋を利用する登山者の数は以前のレベルには戻っていないといわれています。そこでYAMAPでは、奥多摩、奥秩父、そして八ヶ岳の3軒の山小屋経営者による緊急座談会を実施。それぞれの山小屋が抱える現状の問題などについてお話をうかがいました。
トップ画像:山間に建つ三条の湯(novnobさんの活動日記より)
2022.11.16
YAMAP MAGAZINE 編集部
座談会にご登場いただいたのは、雲取山の中腹にある「三条の湯」の木下浩一(きのした ひろひと)さん、八ヶ岳の「双子池ヒュッテ」・「蓼科山荘(たてしなさんそう)」の米川佳子(よねかわ よしこ)さん、そして「金峰山小屋」(きんぽうさんごや)の吉木真一(よしき しんいち)さんです。世代も課題も違う3人の座談会を通じて、2022年の山小屋のリアルに迫ります。
ー新型コロナの感染者数も徐々に減ってきましたが、山小屋にお客さんが戻ってきた感触はありますか?
木下:春は、少しお客さんが戻ってきた感じはありましたけど、夏以降は天気が悪くてキャンセルが多発しました。トータルでは、コロナ以前に戻ってはいませんね。
吉木:うちも木下さんと同じで、6~7月までは割と良かったんですけど。8~9月は天気にやられちゃって、去年よりお客さんが減りました。
米川:私たちは蓼科山荘と双子池ヒュッテの2軒を経営しているんですけど、日帰りの方が増えた印象があります。双子池ヒュッテにはテント場があるのですが、コロナ禍で予約制にし、去年はキャンセル待ちが出たこともありました。しかし、今年はお天気がよくなかったこともありますが、テントも小屋も、宿泊の方は多くはなかったです。
ーお客さんが戻らないのは、コロナの影響が今も大きいからなんでしょうか?
吉木:今年のような悪天続きだと、天気のせいなのか、コロナの影響を引きずっているからなのかは、わからないです。
木下:やはり、コロナの影響が長引いている感じはしますね。現在おこなっている宿泊の人数制限は、このまま続いていくと思われるので、それに対応できるように山小屋も変わっていかなくてはと思っています。コロナが収まったとしても、以前のような利用者数は見込めないでしょう。
吉木:山小屋サイドも、以前はお客さんを詰め込み過ぎていた部分があると思います。頭と脚を逆にして、すし詰めにして寝るような。でも今は、ひとつの布団にひとりで寝ていただいても余裕があるようにしています。だから、お客さんにはとっては良かったんじゃないでしょうか。ただ、宿泊料金は以前のままでは厳しいので、値上げをせざるをえない状況です。
米川:うちではコロナが始まったときに、感染症対策費という形で宿泊費に1,000円をプラスさせていただきました。今はコロナも落ちついてきたのですが、物価や燃料費が高騰しているので、元の値段に戻すのは難しくなってしまいました。
木下:うちも料金を1,000円値上げしたんですが、収入が安定した感じはないですね。
吉木:米川さんのところはスタッフさんが多いから、大変だと思うんですが、いかがですか?
米川:現在、スタッフは4人なのですが、人件費も確保して働く方の権利もきちんと守るようにしています。ただそうすると、スタッフが休む間に働けるのは自分と夫だけなので、ハイシーズンはキツイ部分もあります。幸いなことにうちは大丈夫ですが、他の山小屋さんでは人員不足で困っているとも聞いています。
木下:うちもスタッフを募集しているけど、なかなか集まらなくて大変です。72年前に創業してから今まで小屋を閉めたことはなかったんですけど、留守番をしてくれる人が見つからなかったので、今年初めて小屋に鍵をかけて下に降りました。個人的には山小屋を閉めることは、駄目だと思っているのですが…。
吉木:昔から、登山者のインフラとして山小屋はいつでも開けておかなきゃっ、ていう思いはありますよね。
木下:遭難などのトラブルがあったときの対応は山小屋の使命だと思うんですけど、それもできなくなってしまいそうです。山小屋を閉めなければいけない日が出てきたっていうのは、そういう時代になったのかなとも思います。
米川:八ヶ岳の一部の山小屋では人手不足が深刻で、来年以降は定休日を設定するっていう話も耳にします。
木下:山小屋が定休日を設けることは、今後は登山者のみなさんにも承知してもらわないといけないですね。
吉木:うちも、20年以上前はシーズン中は無休で開けていました。しかし、小屋はほとんど僕ひとりでやっているので10年以上前から予約制にして、お客さんがいる日だけ小屋を開けるようにしたんです。そうすることで、なんとか自分の自由な時間が取れるようになりました。
ー登山道を整備するのもマンパワーが必要だと思うんですけど、人手不足で支障は出ていないのでしょうか?
木下:私たちの小屋は幸い助っ人が何人かいるので、今のところは大丈夫です。
吉木:うちは予約制にしているので、お客さんがいない日を「今日は、登山道整備の日」と決めて遠出したりしています。
木下:小屋の営業日に登山道整備は精神的にキツイよね。
吉木:力仕事した後の小屋での食事の支度は、大変ですね。でも、実は僕、登山道整備が好きなんですよ。チェーンソーを持って歩いたりとか。この前も大弛峠(おおだるみとうげ)から甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)の方まで整備したんですけど、国師のタルっていうところに倒木が多いと聞いたら、俄然ヤル気が出てきて(笑)。木下さんも好きだと思うんですけど、いかがですか?
木下:うちは谷間の小屋で、石垣を積む作業があるんですが、意外と好きですね(笑)。
米川:八ヶ岳の場合、山小屋のみんなで集まって登山道整備をすることもあるんですが、人手不足で出てこられない小屋もあります。そうすると来てくれた方に負担がかかってしまう現状もありますね。
吉木:登山道整備って、昔からの慣習で山小屋がやっているところがほとんどですが、本来なら国立公園や国定公園は行政がやるのが当たり前だと思うんですよね。最近は、ボランティアを募って登山道整備をされているところも多いようですが、国立公園などは申請と事務処理が大変なんですよ。予算や期間に縛りが発生したり。声をかけたらボランティアの方も集まってくれると思うんですが、手続きが面倒なので僕自身が動いた方が手っ取り早い部分もありますね。
ー今年は、コロナ禍で体力不足のまま山に来て、遭難する登山者のニュースをよく聞きました。お三方の山ではいかがでしたか?
木下:登山者の絶対数が少なかったから、遭難が多いという感じではなかったです。
吉木:うちも多くはなかったですが、体力不足が事故につながった部分はあると思います。ある程度お年をめされた方は、ブランクがあるとキツイんじゃないでしょうか。八ヶ岳ではいかがでしたか?
米川:主に年配の方で「こんなに時間がかかると思ってなかった」とおっしゃる方が多かったです。先日も1時間のコースタイムのところを3時間かかって歩いてこられた方がいました。日帰りの予定だったのですが、帰れなくなったので宿泊されましたね。私もそうですが、通常でも年を重ねると体力が衰えていくと思いますので、コロナ禍でトレーニング不足でしたら、そこを踏まえて、現時点での体力に見合った計画を立てていただけたらと思います。
吉木:僕も40歳半ばを過ぎて、体力が落ちてきたのを実感しています。若い人もそうですが、年配の方は体力の過信をせず無理だけはしないでほしいです。
木下:その一方で、年配のテント泊の方が増えている印象もありますね。道具もどんどん軽くなっているので、そうした新しい道具も積極的に取り入れて長く安全に山を楽しんでくれればと思います。
ーいろいろと山小屋の現状をうかがってきましたが、何か登山者の方に伝えたいことはありますか?
木下:先ほどから申し上げているように、現在の来客数では山小屋を維持していくのも厳しい状況なので、まずは「三条の湯」を利用していただきたいというのが本音です。うちは、良質な温泉として登山者の方から高評価をいただいているので、山で疲れた身体をゆったりと癒してほしいですね。季節としては、新緑や紅葉の時期が人気なのですが、個人的には12月がおすすめです。空気も澄んで眺望も抜群ですし、雪もそんなに多くなく、お客さんも少ないので、静かな山旅を満喫していただけると思います。
吉木:僕も木下さんのところに遊びに行ったことがあるんですが、本当にいい温泉ですよ。米川さんのところも、双子池のロケーションがすごくいいから、心からくつろげます。おふたりの小屋に比べたら、うちは何もないです(笑)。でも、金峰山の山頂に五丈岩という岩があるんですが、あれはぜひ一回見ていただきたいですね。富士山と五丈岩が並んだ景色は、本当に絶景です。そして、うちから三条の湯まで縦走して、最後にお風呂入ってから帰ってもらえたらと思います(笑)。
米川:私も、金峰山小屋に毎年のように通っているんですが、アットホームないい山小屋ですよね。三条の湯は、12月にぜひ行きたいです! うちの小屋は、蓼科山や北横岳といった有名な山の山間部にあって、静かでゆったりと過ごせる場所なのかなと思います。とくに双子池は、季節だけじゃなくて天気や時間、風の流れなどよって表情が刻々と変わってきれいなんですよ。八ヶ岳の大自然を感じられるので、みなさんに見ていただきたいです。
吉木:おすすめの季節ってありますか?
米川:お客さんが多いのは紅葉の時期なんですけど、最近は年末年始など冬も営業を始めました。うちは八ヶ岳の中でもかなり雪深い場所になるので、登山というよりもスノーシューやかまくら作りなど雪遊びを存分に楽しんでいただきたいです。
ーほかにも、うちの山小屋に泊まったらこんな楽しみ方があるということについて教えてください。
木下:オレは音楽が好きなので、小屋に色々な楽器を置いているんですよ。ギター、ウクレレ、バイオリン、フルート、クラリネット、電子ピアノなんかがあります。もし楽器を演奏できる人は、小屋に着いたら音を出していただきたいですね。私もヘタですけど演奏するので、お客さんと一緒にやれたらうれしいです。
あとは、食事に関しては自分で仕留めたシカの肉をローストするなどして小屋で出しています。雲取山でもシカの食害のダメージが深刻になってきたので、15年前に狩猟免許を取得して提供を始めました。シカ肉を食べることで、生命をいただくこと、山の環境を守っていくことをお客さんにも一緒に考えてもらう機会になればと思っています。
米川:私自身が山小屋に泊まるのが好きなので、うちの小屋にもぜひ泊まって欲しいんですが、何がいいとは言えないんですけど…。
吉木:双子池ヒュッテは、食事がすごくいいじゃないですか!
米川:ありがとうございます(笑)。4年前からフランスのレストランに勤めていたシェフの方に食事をお任せしているので、美味しいと思います。また、今年からその方に教わったベルギーワッフルをお出ししているんですが、生地から手作りしているのでかなりおすすめです! 保存の関係で、週末だけしかお出しできないんですけど。
吉木:うちは、年末年始にも小屋を開けていて、昔ながらの豆炭を使ったこたつを暖かくしてお待ちいたしています。正月の朝は、お雑煮とかおせちも出しますので、初日の出を見た後にゆっくりとお酒でも飲みながらくつろいでください。冬の厳しいけど美しい山と暖かい小屋を満喫してもらえたら、うれしいです!
3軒の山小屋経営者による緊急座談会、いかがでしたか? それぞれの山への思いが伝わってきたのではないでしょうか? いままで「いつも日帰りばかり」「山ではいつもテント泊」という方も、この秋冬は思い切って山小屋に泊まってみませんか? きっといつもと違う登山の楽しみが見つかるはずです。
三条の湯HP
*三条の湯では、山小屋で働いてくれるスタッフを募集中とのこと。やる気のある方は連絡してみては?(2022年11月現在)
出演:三条の湯・木下浩一さん、双子池ヒュッテ・米川佳子さん、金峰山小屋・吉木真一さん
取材・原稿:大関直樹