軽食や休憩場所を提供する安全基地として、登山者の行動を支えてくれる山小屋。さまざまな役割をもつ山小屋ですが、やはり最大の楽しみは宿泊。日帰り登山では得られない朝晩の山の情景はもちろん、小屋で過ごす時間は格別。著名登山ガイドの上田洋平さんに監修いただき、これから山小屋泊に挑戦してみようという方に向けたハウツーをご紹介します。
「山小屋泊・テント泊を楽しむコツとスキル|初心者のための基礎知識」記事一覧
2024.04.01
YAMAP MAGAZINE 編集部
山で宿泊する方法は、大きく分けて、「山小屋」か「テント」の2つ。ここでは、必要な装備が少なく、登山の経験が少なくても実践しやすい、山小屋泊の魅力をお届けしたいと思います。
日帰り登山では、遅くても夕方には下山することがほとんど。一方、山小屋泊であれば、夕方から夜、そして朝まで山で過ごせ、日帰りでは味わえない時の移ろいや自然の景観を楽しめます。
山小屋は登山の中継基地。日帰りで行くことのできる範囲は限られており、とくにアルプスでは数日かけて歩くルートも数多く存在します。山小屋に宿泊することで行動範囲が広がります。
自身でギアをそろえ、寒さや天候変化にも対応しなければならないテント泊と比べて、山小屋には滞在・就寝のための用意が整っています。もっとも手軽に山に滞在できる手段と言えるでしょう。
素泊まりのプランもありますが、山小屋ごとに独自に工夫したメニューを提供しているところもあり、せっかくなら食事付きがおすすめ。食事を目当てに山小屋泊を選ぶという登山者もいるほど。事前にどのような料理を出しているかチェックしてみるのもいいでしょう。
山小屋に泊まってみようと思ったとき、どのように予約をし、訪れたらいいのか疑問に思うでしょう。ここでは一般的な山小屋利用のプロセスやルールについてご紹介します。
基本的に山小屋は事前予約制。部屋数が限られていることと、食事などの資材の用意の関係上、宿泊者を把握しておく必要があるためです。山小屋のほとんどは電話で予約を受け付けていますが、なかにはオンラインのフォームやメールで申し込むところもあり、宿泊したい山小屋のウェブサイトをチェックしてみましょう。体調不良や予定の変更で行けなくなった場合は、分かり次第キャンセルの連絡を入れましょう。
一般的に、山小屋には15時を目安に到着できるようにコース設定するのが一般的。夕暮れになってからの到着は山行の安全面でもできれば避けたいところ。また18時以降は山小屋のスタッフは食事の準備に追われることも多く、忙しい時間に到着するのはNG。余裕をもってチェックインをし、部屋へ案内してもらいましょう。
山小屋についたら受付をして、部屋や施設の利用方法を案内してもらいます。トイレの場所や食事の時間などを確認するように。基本的にはチェックイン時に料金を支払います。現金のみの対応となっている山小屋がほとんどなので十分な現金と小銭を用意しておきましょう。一万円札は避け、お釣りのすくない千円札を多めに準備するのが鉄則です。
雨でレインウェアが濡れていれば脱いでから山小屋に入ります。またバックパックが大きかったり、汚れていたら一旦外に置いてから受付をするのがベター。シューズは泥で汚れていたら落としてから入ることを心がけましょう。
自分たちのグループで個室を利用する場合以外は、複数の登山者で1つの部屋を使用したり、二段ベッドが連なるドミトリータイプで宿泊します。荷物を必要以上に広げすぎず、整理整頓を心がけたいところです。
ほとんどの山小屋では水が貴重なので、お風呂はありません。 ボディシートで体を拭いて着替えるという場合が多いです。着替えは、部屋もしくは更衣室で行います。なお、鉱泉が湧いている小屋などはお風呂に入れる場合もありますが、石鹸やシャンプーは基本的にNGなので、山小屋の指示に従いましょう。
夜は20時頃に消灯となる山小屋がほとんど。グループで宿泊するときは、ついつい騒いでしまいたくなることもありますが、夕食を済ませて就寝の準備をして早めに休んでいる登山者もいることをお忘れなく。会話は控えめにし、夜間にトイレに行くときも足音を立てないよう静かに歩きましょう。
山頂でご来光を見たい、次の目的地が遠いので早く出なければならないときも、他の宿泊者に配慮しましょう。早ければ2〜4時に出発するケースもあり、まだ寝ている登山者の睡眠を妨げないよう細心の注意を払って準備をし、山小屋を出発しましょう。就寝前にパッキングをしておくのがベター。早朝に大きなアラームを鳴らしたり、ガサゴソするのはNGです。スーパーのビニール袋を開け閉めする音なども、静けさの中では意外に目立つものです。
行動食のパッケージや飲料のボトルなど、山で出たゴミは持ち帰りましょう。山小屋で購入したものは引き取ってくれることがほとんどですが、ヘリコプターや歩荷で下ろすことになるので、自身で持ち帰るとよいでしょう。
1泊2日の小屋泊登山で必要な装備についてご紹介します。無積雪期の日帰り登山での装備を基本に、プラスしておきたいアイテムをピックアップしてみました。
山小屋泊では主に30L前後のものが便利。基本装備に加えて防寒着や着替えなどを携行する必要があるため、日帰りよりひとまわり大きめのサイズが必要です。
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日帰り登山でも安全のために防寒着を持っていくと思いますが、山での朝晩の冷え込みに備えて、対応する防寒着を携行しましょう。ちなみに夏であっても、アルプスの3000m近い標高ではダウンジャケットが必要です。滞在する山小屋の最低気温を事前にチェックしておきましょう。
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下着やインナー、ベースレイヤーなどの着替え。汗をかいたり汚れたりしたときのために用意しておきましょう。
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行動はもちろん、滞在時の水分補給のためにも水筒やボトルを持っていると安心。湧水や浄水した水をもらえる(有料の場合もあり)ことがほとんどなので、詰め替えできるものを持っていきましょう。
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顔を洗ったり歯を磨いたりと、清潔に保つ衛生用品も必須。ただし山の上では石鹸や歯磨き粉は環境を汚染してしまうため、負荷がない、もしくは少ない山専用のものを選びましょう。
日本全国にはさまざまな山小屋が存在します。冒頭で紹介したように、泊まらなければ行けないルートがあったり、ご飯が美味しかったりと、山小屋のもつ魅力は多彩です。
山小屋を中継地点として捉えると、登ることのできる山の範囲がグッと広がります。とくに北アルプス、南アルプスなどの大きな山域では山小屋を活用するのがおすすめ。山の天気や登山道の状況などを聞いたりと、山小屋のスタッフや同じルートを行く登山者とコミュニケーションを取れるのも楽しいですよ。
山小屋のなかには、名物として親しまれている料理や、季節の食材を用いたこだわりの料理を提供していたりと、特色を持たせているところもたくさん。ご飯目当てに山小屋に泊まるのも楽しみのひとつ。
標高の高い場所、尾根や稜線の上に山小屋がある場合は、小屋からすぐに絶景が見られることも。ご来光はもちろん、雲海や早朝の空のグラデーションなど、小屋泊だからこそ体験できる景色があることは間違いありません。
山小屋としては珍しく通年営業。天狗岳を目指す登山者や北八ヶ岳を縦走するハイカーを支えています。薪ストーブや音楽コンサートなどゆったりとした滞在時間を楽しめたり、名物メニューが豊富なカフェも人気の理由です。
室内にはオイルランプが並べられ、クラシックな山小屋らしさを楽しめる北八ヶ岳の山小屋。白駒池からのアクセスも良好です。写真は高見石小屋の名物・あげパン。星空の解説や観察で夜の時間も充実、宿泊登山ならではの醍醐味を味わうことができます。
北アルプスの玄関口である燕岳近くに佇む、長い歴史を持つ山小屋。人気の縦走路・表銀座の山々をはじめ、槍ヶ岳など錚々たる名山を眺められる絶景も魅力です。山バッチや手ぬぐい、T シャツなど、オリジナルのお土産にも目移りしてしまうに違いありません。
尾瀬沼のなかに位置する山小屋。日帰りのハイカーが帰り、静まった尾瀬沼の景色を味わえるのは宿泊者だけの特権です。
南アルプス・北沢峠からほど近くにある山小屋。甲斐駒ヶ岳と仙丈ヶ岳の両方にアクセスしやすく、連泊して2つの山を登るのもおすすめ。
山は登ったり、歩いたりするのも楽しいものですが、「滞在する」のも醍醐味のひとつ。テント泊という手段もありますが、まずは山小屋を利用してみるといいでしょう。山小屋を使うからこその安全で快適な山行はもちろん、出会う人とのコミュニケーションも魅力です。
1979年2月10日生まれ。愛知県名古屋市出身、神奈川県藤沢市在住。2児の息子の父。
日本の山々だけでなく、海外の山々(アフリカ最高峰キリマンジャロ、南米最高峰アコンカグア)への登山経験を経て、2017年から富士山の登山ガイド。
2019年4月に日本山岳ガイド協会登山ガイドステージI資格、2022年4月に登山ガイドステージII資格を取得し、専業ガイドに。
山岳写真を撮るため、フルサイズ一眼レフ、ジッツォの三脚、雲台、標準ズームレンズ、望遠ズームレンズを担いだ登山も敢行。キャンプ、空手、筋トレ、旅行、読書、トレイルランニング、ギター、ゲームなど趣味多数。