憧れの雪山に行くのためのステップアップ方法を登山ガイドが伝授【山登り初心者の基礎知識】

白銀にきらめく冬山の写真を見て、「いつかは、雪山に登りたい」と憧れを持っている方も多いことでしょう。春から秋にかけての無積雪期はそれなりに山に登っている人でも、挑戦するにはハードルが高いのが雪山登山。今回は雪山に挑戦したいという人のためのステップアップ方法をおすすめの山・コースとともに紹介します。

2023.01.06

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

雪山登山を安全に楽しむキーワードは「防寒対策」「雪上での歩行技術」

雪山ならではの白銀の世界(撮影:鷲尾 太輔)

真っ青な空と真っ白な峰々のコントラスト、樹氷・霧氷・シュカブラなどの造形……。雪山登山には、他の季節にはない魅力にあふれています。とはいえ凍傷・低体温症や、凍った斜面からの転滑落、そして雪崩などリスクが高まるのも事実。同じ山でも冬はぐんと難易度が上がります。

今回は入山者が比較的多い雪山を紹介しますが、防寒対策を考慮したウェアやグローブ・帽子などのアイテムは必須。加えてアイゼンを装着しての着実な歩行技術やピッケルワークを身に付ける必要もあります。まずはどんなアイテムや技術が必要かを、チェックしていきましょう。

防寒対策を考慮したウェア・小物・登山靴

ハードシェルとも呼ばれる雪山用のアウターシェル(撮影:鷲尾 太輔)

基本的に氷点下の気温での行動となる雪山登山、ウェアの選択は特に重要です。ハードシェルとも呼ばれる雪山用のアウターシェルは厚みがあり、レインウェアが果たす防水に加えて防風の役割も発揮。風が強くなりがちな雪山においては欠かせません。

逆に急な登りなどでは暑さを感じることも。発汗による身体の濡れは、他の季節以上に低体温症のリスクが高まります。ベースレイヤー(肌着)は保温性だけでなく吸湿速乾性を重視しましょう。

雪山用のアウターグローブ(撮影:鷲尾 太輔)

こちらは雪山用のアウターグローブ。内部に雪が侵入しないよう履き口部が二重構造になっているだけでなく、腕に巻く紛失防止用のバンドも付属しています(別売りの場合も)。このバンドはアウターグローブを外しての細かい作業中に、強風に飛ばされて紛失しないため。アウターグローブなしの状況になれば、手指がすぐに凍傷のリスクにさらされてしまいます。他にも凍傷になりやすい耳を保温するニット帽など、小物類のチョイスと使用方法にも配慮が必要です。

登山靴はアイゼンを装着できるしっかりした冬山用のものを(撮影:鷲尾 太輔)

手指や耳と同様に凍傷のリスクが高いのが足先、登山靴は防水性だけでなく断熱材による保温性も大切です。いわゆる3シーズン用の登山靴では足が冷えてしまうばかりでなく、雪上歩行に必要なアイゼンがきちんと装着できない場合もあります。

▼参考記事

冬山装備の服装のコツ「レイヤリング」で快適登山 冬山装備に必須の道具、アイゼン・ピッケル・冬山登山靴を解説

 

雪上歩行のためのアイテムと技術

アイゼン・ピッケルを使った雪山の登降(撮影:鷲尾 太輔)

雪山登山というと写真のようなアイゼン・ピッケルを使った歩行をいきなり実践したくなりますが、まずは“雪の上を歩く”という行為自体に慣れることが大切。滑りやすい雪山で「転ばない」ためのフラットフッティング(つぼ足)という歩き方を、アイゼンを履かずに実践してみましょう。この歩き方をしっかり身に付けることが、アイゼンを装着した状態での雪上歩行を安定させることにつながるのです。

▼参考記事

雪山の基本、ノーアイゼンの歩行技術をマスターしよう

 

アイゼンを装着した登山靴とピッケル(撮影:鷲尾 太輔)

フラットフッティングをマスターしたら、いよいよアイゼン・ピッケルを使っての雪上歩行。登り・下り・トラバースなど登山道の状況や斜度によって、アイゼンの全ての爪を雪面に押し付ける歩行技術、前爪だけで急斜面を登る歩行技術など様々な歩き方があります。

また、爪が長い12本爪アイゼンは、雪面から露出した岩や枝・パンツの裾や反対側の足に爪を引っ掛けて転倒することも。アイゼンを装着しての歩行中は、集中力を切らさないことも重要です。

ピッケルを正しく使おう(撮影:鷲尾 太輔)

ピッケルも同様に、誤った使い方をすれば自分や近くの登山者を負傷させる凶器になりかねません。まずは自分に合ったピッケル選びと、紛失防止のバンドでの身体への装着から。その上で、登りと下りで変わる持ち方はもちろん、ピック(上部の細く尖ったほうの刃)・ブレード(上部の幅広の刃)・スピッツェ(下部の先端)それぞれの役割と、様々な使い方をマスターしましょう。

▼参考記事

冬山装備・アイゼンの選び方と使い方 冬山装備・ピッケルの選び方と使い方

 

それでは、具体的なステップアップの方法とおすすめの山・コースを順を追って見ていきましょう。

Step1|ゆるやかな地形の雪山でフラットフッティング・軽アイゼン歩行を体験

入笠山から望む八ヶ岳連峰(撮影:鷲尾 太輔)

まずは比較的ゆるやかな傾斜の山で“雪の上を歩く”ことに慣れることから始めましょう。フラットフッティング(アイゼンを履かずに登山靴を雪面にしっかり押し付ける)での歩行や、軽アイゼン(6本爪程度)での歩行を体験します。

6本爪の軽アイゼン(撮影:鷲尾 太輔)

吹き溜まりなどでバランスを崩すこともあるので、2本セットのトレッキングポールにスノーバスケットを装着して使用すると良いでしょう。

雪山の場合は登山口までの道路が凍結していることもしばしば。スタッドレスタイヤだけでは対応できない状況もありうるので、自動車でアクセスする人は特に注意が必要です。

Step1 におすすめのゆるやかな地形のコース

車山肩バス停-霧ヶ峰 往復コース
ゴンドラ山頂駅発着|入笠山往復コース

Step2|短時間行動の高山でアイゼン歩行を実践

北横岳から望む八ヶ岳連峰(撮影:鷲尾 太輔)

続いては日帰りで行動時間の短い標高2,000mを超える高山にチャレンジしてみましょう。以下に紹介する山は軽アイゼンで登頂可能と言われていますが、実際は積雪・凍結の状態によってはしっかりしたアイゼン(12本爪程度)の方が心強い場合も。アイゼンを履いての歩行は通常よりも脚力が必要で、爪を引っ掛けて転倒する事故も多発しています。

左から12本爪アイゼン(アイスクライミング用)、12本爪アイゼン、6本爪軽アイゼン

また低温によりスマートフォンのバッテリーが急激に低下することも多いので、予備バッテリーの携行はもちろん、必要以上に取り出さない配慮も必要になってきます。

Step2 におすすめの短時間行動のアイゼン歩行ができるコース

山頂駅発着|北横岳往復コース
車坂峠-車坂山-黒斑山 周回コース

Step3|長時間行動の高山でアイゼン歩行とピッケルワークを実践

冬の谷川岳(撮影:鷲尾 太輔)

同じ日帰りでも行動時間が長く標高差も大きな高山では、さらなる体力が要求されます。傾斜がきつい斜面ではピッケルも的確に使いながら、バランスを崩さずに登降する必要も。当然ながらリスクも高くなるため、体力・天候・時間などに応じて引き返すことのできる往復コースをおすすめします。

上から3本は縦走用。一番下のピッケルはアイスクライミング用。シャフトが大きく曲がっていて、ピックの形状がかなり鋭い

Step3 におすすめの長時間✖️アイゼン・ピッケルで歩くコース

剣ヶ峰山-武尊山 往復コース
天神平駅発着|天神尾根・谷川岳往復コース

Step4|山小屋に宿泊しての雪山登山

西天狗岳から東天狗岳に向かう(撮影:鷲尾 太輔)

中腹にある山小屋に宿泊することで、登頂できる山の範囲はぐんと広がります。小屋入り(チェックイン)するタイミングは、暖炉やストーブが焚かれた山小屋のありがたみを、他の季節以上に実感する瞬間です。

冬季も営業している赤岳鉱泉。赤岳や硫黄岳への登山で利用しやすい(nikoさんの活動日記より

ただし、多くの山小屋は冬季休業、営業しても年末年始や予約者がいる時だけという施設も多くあります。ここでは通年営業している山小屋が多い八ヶ岳のコースを紹介します。

Step4 におすすめの山小屋泊ができるコース

中山峠-西天狗岳 周回コース(黒百合ヒュッテ泊)
美濃戸登山口-硫黄岳 往復コース(赤岳鉱泉泊)

Step5|ゴールデンウィークには北アルプスへ

八方尾根から望む唐松岳(撮影:鷲尾 太輔)

例年12月〜2月頃のいわゆる厳冬期は、ベテラン登山者も容易には寄せ付けないのが北アルプス。気温が上がり比較的天候が安定する3月下旬以降から徐々に登りやすくなり、ゴールデンウィークには営業する山小屋も増えてきます。ここまでのステップを経た上で、雪山初心者が最初に北アルプスにチャレンジするならば、この春山シーズンとなります。

ゴールデンウィークの燕山荘テント場(燕岳、ジュニアさんの活動日記より

ただし可能であれば無積雪期に登ったことのある山・ルートのチョイスが賢明。急激に気温が上がった日などは雪崩のリスクもあります。またこの時期の雪山は紫外線が強く、雪目(電気性眼炎)防止のためにサングラスも必携です。

Step5 におすすめのゴールデンウィークに目指したい北アルプスコース

唐松岳 八方尾根 往復コース
中房温泉-燕岳 往復コース

雪崩のリスクを回避するために

雪山登山者に人気の宝剣岳(中央アルプス)直下に広がる氷河地形・千畳敷カールも雪崩が頻発する場所(撮影:鷲尾 太輔)

ここまで紹介してきた低体温症・凍傷や転倒・滑落は、レイヤリングの工夫や正しいアイゼン歩行・ピッケルの使用で防止できますが、雪崩だけはこれらをもっても太刀打ちできない雪山特有のアクシデントです。

一般的には斜度が30°〜50°程度で樹木が生えていない斜面や、そこで発生した雪崩の通り道となるカールなど谷筋の地形が雪崩のリスクが高いと言われています。とはいえ雪崩が絶対に起こらないという場所は、雪山には存在しません。

雪崩のリスクが高い場所を通過するルートを避ける、新雪が大量に降った直後や気温が急激に上がった日など雪崩が起こりやすい気象条件の時は入山を避けるなど、まずは雪崩に遭わないための計画と判断が重要と言えるでしょう。

「慎重に・安全に」が雪山のステップアップの大原則

雪山初心者は、雪山経験者や登山ガイドと一緒に登るようにしたい(撮影:宇佐美 博之)

春から夏にかけての無積雪期の山の場合は、突然の雨に降られたり、荷物を重たくしすぎて疲れた失敗などが経験値としてたまり、自身のステップアップにつながっていきます。

ただし雪山登山だけは別物。悪天候の雪山は、暴風雪による低体温症やホワイトアウトによる道迷いなど、遭難リスクが一気に高まる危険地帯です。特に雪山登山初心者は、快晴無風でなければ入山しない、もしくは引き返すというくらいの慎重なスタンスで行動するようにしましょう。

また、雪山の経験者と一緒に登るようにしたり、余裕を持ったコースタイムで計画したり、夏との違いを強く意識して行動する必要があります。

▼併せて読みたい雪山の基礎知識

どんな雪山を選ぶべき? 雪山初心者の心得

 

無理なく着実なステップアップで、憧れの山に一歩一歩近づいていく過程……。安全で快適な登山を楽しむためにも、実践してみてください。

トップ画像=きっしゃんさんのモーメント投稿より
執筆・素材協力=鷲尾 太輔(登山ガイド)

YAMAP MAGAZINE 編集部

YAMAP MAGAZINE 編集部

登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。