山にはいろいろな野鳥が暮らしています。その種類は標高によって、また植生などの環境によって異なり、季節によっても変化します。低山から高山まで、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを、バードウォッチング歴50年、野鳥写真歴30余年の大橋弘一さんが様々なトリビアを交えて綴る「山の鳥エッセイ」。第5回は、神出鬼没でカメラマン泣かせと言われる「ハギマシコ」について、愛らしい写真とともに紹介していただきます。
山の鳥エッセイ #05/連載一覧はこちら
2023.01.19
大橋 弘一
野鳥写真家
【第5回 ハギマシコ】
英名:Asian Rosy Finch
漢字表記:萩猿子
分類:スズメ目アトリ科ハギマシコ属
今回のテーマはハギマシコです。漢字では「萩猿子」と書きますが、鳥に関心のある方でなければすんなりと「はぎましこ」とは読めないでしょう。この、ちょっと変わった和名の由来からご説明しましよう。
「萩」は、この鳥の翼の一部や腹、脇などのピンク色を萩の花に見立てたと言われています。一方、英語ではRosy Finchと言い「薔薇色の小鳥」を意味しますが、日本語名では花は花でも萩の花のイメージだというわけです。萩の花と言えば薔薇のように派手ではなく、何となく奥ゆかしい感じで和風イメージにぴったりです。
萩(マメ科ハギ属の総称)はおもにアジアに分布する植物で、ヨーロッパには野生種はないそうです。歴史をたどると、萩は『万葉集』で最も多く歌に詠まれている花であり、また奈良時代からの伝統である“秋の七草”のひとつにも数えられるなど、かなり古い時代から日本で愛されてきた花なのです。和風イメージなのも当然かもしれません。
それに対して薔薇はとても洋風なイメージですよね。紀元前の昔から薔薇は古代ギリシャやローマで栽培されていたとされ、以来、連綿と西洋社会で親しまれてきた花なのですから洋風だと感じるのは当然でしょう。ただ、その原種はアジア起源と言われ、日本の野生のバラであるハマナスもその一つだそうです。
そう考えると、この鳥の和名が薔薇に例えた名になってもおかしくはなかったかもしれません。しかし、昔の日本人は薔薇ではなく萩を選んだ…。このこと自体が日本文化を伝えているようにも思えてきます。
この鳥を、そんな萩の花の色に見立てて呼ぶようになったのは江戸時代からのことでした。江戸時代前期には「はぎとり(萩鳥)」「はぎすずめ(萩雀)」とも呼ばれていたことがわかっており、「はぎましこ」の名を含め、当時の人々にとってとにかく“萩色の小鳥”と見られていたようです。
一方、和名の下半分、「ましこ(猿子)」は、猿の古名「まし」「ましら」に由来する呼び名です。ニホンザルの顔が赤いことからの連想で、古くから赤い小鳥を「ましこ」と呼んでいたのだそうです。ハギマシコは赤というより濃いピンク色ですが、他の「ましこ」つまりオオマシコ、ギンザンマシコ、ベニマシコなどはいずれも雄が鮮やかな赤や紅色で、人目を引きます。ちなみに、「〇〇マシコ」と名の付く鳥は全てアトリ科で、赤系の色彩のほかに植物食である点も共通しています。
現代人の私たちは「赤いもの」と言って猿の顔を連想する人はまずいないと思いますが、昔はそれほど猿が身近な存在だったということなのでしょうか。
なお、ハギマシコの繁殖地はカムチャツカ半島や千島列島北部、ロシア東部などであり、国内では繁殖しない冬鳥とされています。しかし、北海道の大雪山系や利尻山などでは夏季に繁殖中と見られる行動が目撃されており(巣や卵は未確認)、国内でも少数が繁殖しているものと考えられています。
さて、このハギマシコは、図鑑などではその生息地について「冬の岩山」「岩場や崩壊地のある山地」「崖地」「斜面」といった言葉で説明されています。山地の林や平地の草地などで見かけることもありますが、ハギマシコの場合、崖や斜面に群れで現れることが多いのが他の鳥にはない一番の特徴だと思います。そのため、垂直な崖にもとまれるとも言われています。
ハギマシコの渡来地は全国的ですが、西日本では少なく、北日本などの積雪の多い山間部に多い傾向があります。主食は草のタネですが、普通、草は大雪が降れば積雪によって埋もれ、隠れてしまい、鳥が食べることができなくなります。
そこで、ハギマシコが食物確保のために考え出した方法が「崖や斜面を探す」ことでした。山地から海岸まで、切り立った場所やちょっとした段差のある場所、斜面やいわゆる崖は探せば意外とあるものです。垂直に近ければ冬でも雪が積もりません。しかも、そういう場所にもイネ科やタデ科の植物が根を張っていたりすることがあります。つまり、崖地や斜面は、ハギマシコにとって好都合な食堂のような場所だと言えるでしょう。
私は、野鳥撮影を始めたばかりの頃、ある図鑑に載っていたハギマシコの写真に感動した記憶があります。山梨県の三ツ峠山(1,785m)で撮影されたというそのハギマシコの写真は、翼や胴体の萩色はもちろん、後頭部の黄金色や顔の黒、嘴の黄色などが克明にわかり、渋い美しさが輝いているように見えました。この一枚の写真でハギマシコへの憧れが募り、それからというもの、まだ見ぬハギマシコを懸命に探しました。けれど、決して数の多い鳥ではないためか、簡単には見つかりません。崖や斜面を好む鳥であることを知ってからは、崖や雪の少ない斜面を探して車を走らせるようになりました。
撮影対象としてのハギマシコは神出鬼没で、“いつ、どこへ行けば撮れる”といった計算ができない鳥という印象があります。以前見かけた同じ場所へ行ってまた撮りたいと思っても、そこにはいないことがほとんどです。その半面、思いがけない場所に不意に現れることもあって驚かされますが、ただ、そういう時はカメラの用意ができていないことが多く、慌ててカメラを取り出しているうちに飛ばれてしまい、結局、飛び去る群れの後ろ姿を見送るだけになることがほとんどです。気まぐれで、マイペースな、カメラマン泣かせの鳥だと感じます。
そんな、ハギマシコを撮り逃がした悔しい思いは何度も経験していますが、20年ほど前の北海道・支笏湖での体験もそのひとつです。
その日、早朝からガイドブックの取材を精力的に行っていた私は、陽が西に傾いた頃、一日の撮影を終えてホッと一息つき、休憩のため支笏湖畔の恵庭岳(1,319m)を望む駐車帯に車を停めました。恵庭岳は支笏カルデラ外輪山の最高峰で、晴れた日には美しい山容を見せてくれます。私が車を停めた駐車場の周辺には崖があるわけではなく、まさかそこにハギマシコが現れるとは思いもしなかったのですが…。
駐車した車から夕景の支笏湖を眺めていると、近くのシラカバの木に10羽ほどの小鳥がとまっていることに気付きました。双眼鏡で確認すると、なんとハギマシコです。早く、カメラ、カメラ! しかし、一日の取材を終えたところで機材は全部カメラバッグの中。慌てて取り出し、超望遠レンズを取り付け…。そんなことをしているうちに、「ジュジュジュジュ」という独特な鳴き声を残して、ハギマシコは飛び去ってしまいました。
せめて、茜色に染まった景色を背景に、鳥のいる風景として短いレンズででも撮っておけばと悔やんでも後の祭り、でした。
逆に、一昨年の冬には、私にとって意外なうれしい出会いがありました。
ユキホオジロを撮る目的で、とある海岸沿いを歩いた時のことです。車を停めてから約1km歩いて海岸へ出れば、そこはユキホオジロの生息地です。ただ、そこから海岸線は5kmほども続き、そのどこに目的の鳥がいるかわかりません。海岸線の後背地にはハマニンニクの群落が続いており、そこへユキホオジロはやってくるのですが、相手は鳥ですから、いないかもしれません。
その日は、前日から雪が降り続き、相当な新雪が積もっていました。そんな雪を漕いで歩くのは大変なことで、撮影機材を担いで海岸線へ出るだけでも一苦労です。スノーシューがなければ歩き回ることなどできそうにない状況でしたが、それほどの積雪になっているとは思いもせず、あいにくスノーシューは持っていません。それでも、私は鳥に会いたい一心で雪を漕ぎ漕ぎ少しずつ進みました。
しかし、ユキホオジロは見つからず、疲ればかりが体に蓄積されていきます。さらにあえぎあえぎ1kmほど行った時、「ジュンジュン」という濁った声を発しながら数羽の小鳥が私の後方から現れ、私の頭上を追い越して行ったかと思うと、ほんの10mほど先の草にとまりました。この小鳥の群れがハギマシコだったのです。
ハギマシコがとまった草はシロヨモギで、すぐにその実をむさぼるように食べ始めました。これほどの積雪でも、50cm以上の草丈があるシロヨモギは、雪の上に草穂を出していたのです。
私は、その様子を無我夢中で撮影しました。ハギマシコはおそらく積雪の中、乏しい食べ物をあちこち探し回っていたに違いありません。きっと空腹だったのでしょう、私が至近距離にいても動じることなく、食べ続けてくれました。元来、人に対する警戒心がそれほど強くない鳥でもあり、そのことも撮影には好都合でした。
シロヨモギを鳥が食べている場面を見たのは初めてでしたので、ちょっと図鑑で調べてみると、この草は「海岸にある砂地や斜面に生える」多年草だそうです。斜面に生える、ということは、崖が好きなハギマシコにとってはおなじみの食物なのかもしれません。だとしたら、一直線にこの草に飛んで来て迷わず食べ始めたことにも合点がいくというものです。シロヨモギの国内分布は日本海側は新潟県以北、太平洋側は茨城県以北となっていますから、これもハギマシコの多い地域と重なります。
ハギマシコがそこでシロヨモギを食べていたのは十数分くらいだったでしょうか。もう少しいろいろな仕草を撮りたいと思っていた時、彼らは一斉に飛び、あっという間に姿を消してしまいました。山地や山麓で出会うことの多いハギマシコが、このような海岸にも出てくることを改めて実感した体験でした。
その日、結局ユキホオジロには出会えませんでしたが、ハギマシコの群れのお陰で充実した気持ちでフィールドを後にしたのでした。
<おもな参考文献>
菅原浩・柿澤亮三著『図説日本鳥名由来事典』(柏書房)
高野伸二編『山溪カラー名鑑日本の野鳥』(山と溪谷社)
真木広造・大西敏一・五百澤日丸著『日本の野鳥650』(平凡社)
吉田金彦編著『語源辞典動物編』(東京堂出版)
大橋弘一著『庭や街で愛でる野鳥の本』(山と溪谷社)
*写真の無断転用を固くお断りします。
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