計画したスケジュール通りに下山する──。これが登山の理想ですが、経験豊富な登山者であっても、道迷いや不測のけがで予定通りに下山できないことがあります。その日に下山できなかった場合の対処法のひとつが、ツェルト(簡易テント)やエマージェンシー・シート(ブランケット)によるビバーク(緊急露営)。体力を温存して生還の可能性を高めるためにも、知っておいてほしい知識です。
2023.12.29
鷲尾 太輔
山岳ライター・登山ガイド
道間違いに気付かないまま進んでしまうのが、道迷い。基本的には「正しい登山ルートまで戻る」ということがベストな方策です。
もちろん、急斜面を誤って下り、引き返すほうがむしろ危険な場合は例外。ただし、こうした危険箇所に差し掛かった時には、その段階で道間違いに気が付くことが多いはずです。
YAMAPなどの登山地図GPSアプリを使用している場合は、間違って進んでしまった軌跡を忠実に戻れば、正しいルートに復帰できます。下山中は登り返すことになるのでおっくうですが、これが鉄則。やみくもに山麓をめざして下るのは、危険な行為です。
とはいえ、正しいルートへ戻ることによって余計な時間がかかり、下山前に日没を迎えてしまうことはあり得ます。ほかにも、疲労や捻挫などの負傷で歩行ペースが遅くなり、日没前に下山できなくなることも。
どんなに綿密な登山計画や準備をしていても、このように予定通りに下山できず、山中で日没を迎えてしまう可能性は、皆無とはいえません。
山頂でご来光を見るために夜明け前から歩き始める富士登山などを除いて、原則として夜間の登山は安全面から望ましくありません。ヘッドランプの明かりだけを頼りに行動し続けることは、さらなる道迷いや滑落などを誘発します。
こうしたリスクを考えると、夜間は無闇に行動せず、一定の場所で一夜を過ごし、翌朝に明るくなってから行動を再開する方が安全な場合も。この行為は「ビバーク(緊急露営)」という言葉で表現されます。
ビバークする場合には、当然ながら予定通りの日時に帰宅できないので、登山計画書を共有した家族や友人にその旨を連絡する必要があります。
この場合に行動の軸となるのが、以下の2つの条件。
①YAMAPなどの登山地図GPSアプリや地図から、現在地を把握できているか
②携帯電話が利用可能か
両方の条件を満たしていれば、家族・友人に無事ではあるがビバークをする旨と、翌日の下山予定時刻などを連絡しましょう。
現在地を把握できていても、携帯電話が圏外で通話可能なエリアへ移動する前に日没を迎えてしまうようなら、ビバークの準備を優先します。
翌朝に行動を再開して電話がつながった場合には、家族・友人が救助要請をしていたかも、あわせて確認してください。自力で下山が可能であれば、救助要請を取り下げる必要があるからです。
道迷いして現在地も把握できていない場合、自力で正しい登山ルートに戻ること自体が困難になります。携帯電話がつながるのであれば、家族・友人への連絡よりも前に、まずは救助要請を行いましょう。
事前に登山計画書を提出していれば、記載した予定ルートや通過予定時刻から、ある程度まで捜索範囲の絞り込みが可能です。
ちなみに、YAMAPでは「遭難者情報提供依頼フォーム」から、家族や友人が登山計画やユーザーのログを調べるように依頼でき、警察、救助機関にその情報提供をしています。
それらの記録がわからない場合でも、会員制捜索ヘリサービス「ココヘリ」に加入して発信機を携行していれば、速やかな位置の特定につながります。
現在地が把握できず、携帯電話も圏外の場合は、そのままビバークしかありません。心配した家族・友人から救助要請が行われているか、捜索・救助活動がスムーズに進行するかを願うしかないというパターンです。
きちんとした登山計画書の作成、提出と、家族・友人への共有が重要な理由は、ここにもあります。
▼参考記事
登山計画書(登山届)の作成でリスクを減らす【山登り初心者の基礎知識】
ビバークする場所の選定や準備は、暗くなってからでは困難。救助を要請しても、原則として捜索・救助活動は夜間には実施されず、翌朝からの対応となります。
日没時刻を把握しておき、遅くとも1時間前にはビバークの判断をするのが理想です。
YAMAPプレミアム限定の機能ですが、到着時刻予測をオンにしておくことで、下山予定時刻が日没時刻を過ぎるか否かを確認できます。
▼参考記事
YAMAPプレミアムユーザー向け機能「到着時刻予測」とは?
その日に下山できない場合、ビバークせずに風雨をしのげる山小屋や避難小屋で一夜を明かすことが理想。ペースダウンで正しい登山道をたどれていれば、こうした建物が見つかる場合があります。
営業している小屋があれば、事情を話して予約なしに宿泊できないか相談してみましょう。寝具や食事の提供がない無人の避難小屋も、こうした事態に備えて設置されていることもあるので、活用してください。東屋やトイレであっても、風雨をしのぐという点では心強い存在です。
営業期間・時間外の山小屋や茶屋に無断で立ち入ることは、不法侵入となるのでNGです。このような行為をしないと生命に関わるような状況の登山にチャレンジするのであれば、建物に頼らずにビバーク装備は携行しなければなりません。
道迷いで登山道から外れている場合はもちろん、正しい登山道上でも建物が見つからなければ、ビバークするしかありません。まずは風が強い山頂・尾根上や、崩落の可能性がある崖・増水の可能性がある沢の近くを避け、なるべく平坦で風雨が弱まる森の中など、ビバークに適した場所を探しましょう。
ビバークの場所が決まったら、なるべく快適に一夜を明かすシェルターを準備します。洞窟や岩小屋のような天然のシェルターが見つかればよいのですが、都合よくいかないケースが大半です。
ビバークにもっとも適したアイテムがツェルト(簡易テント)。防水・防風性があり、テントよりもコンパクトに収納できるので、日帰りの登山でも携行しておきたい装備です。
ツェルトがなければ、サバイバルシート(エマージェンシーシート)を身体に巻きつけて一夜を明かすことになります。保温性・防水性を兼ね備えているので、低温や濡れによって引き起こされる低体温症から、最低限は身体を守ってくれます。
サバイバルシートすらなければ、ダウンジャケットの上にレインウェアを羽織るなど、保温、防風、防水に優れた衣服を着込むしかないでしょう。もちろん、ツェルトに比べると、快適さも安全性も低下してしまうことは、いうまでもありません。
ツェルトとは、ポール(支柱)がないテントのこと。テント型に自立させることはできません。もちろん、被るだけでも、サバイバルシートよりは遥かに快適に過ごせます。
けれども、せっかくならばテント型にして快適な空間を確保したいもの。この際に支柱として利用するのが、トレッキングポールです。もし設営地の両側に樹木があれば、代わりに支柱にできます。
ツェルトを設営するために必要なアイテムは、以下の通り。
・ツェルト本体
・トレッキングポール2本(樹木があれば不要)
・ペグ8本(樹木があれば4本)
・張り綱4本(樹木があれば2本)
今回、張り綱は長さ3mの細引き(切り売りで購入できる細いロープ)を自在結び(長さを調整できる結び方)にしたものを使用します。
ただし、自在結びはかなり難しいロープワーク。写真のように、登山用品店で販売されている自在金具付きの紐を使用してもOKです。
まずはツェルト本体を地面に広げます。ツェルトを収納していたケースは、風に飛ばされたりして紛失しないよう、ポケットやザックの中にしまっておきましょう。
続いて、ツェルト底部の四隅にあるループにペグを通して、地面に打ち込みます。この時にペグは深く打ち込まず、仮固定するイメージで軽く打ち込んでおきましょう。
ツェルト底部の四隅に、ペグを打った状態。地面へ長方形に横たわっています。
ツェルト天井部にあるループに、トレッキングポールを通します。トレッキングポールは上下逆さまにして、石突き部分をループへ通しましょう。
トレッキングポールと地面が触れている場所を頂点として、二等辺三角形となる位置に、さらに2本のペグを打ち込みます。
2本の張り綱を、トレッキングポールに引っ掛けて連結します。自在結びしてある方とは逆の末端を、ループ状に結んで通してください。
2本の張り綱の自在結びしてある方を、先ほど打ち込んだ2箇所のペグに通します。
2本の張り綱を短く調整してピンと張ることで、トレッキングポールを自立させます。
ツェルトの反対側も同じ手順で、2本のペグ・張り綱を使ってトレッキングポールを自立させます。
天井部分にたるみがあるようであれば、最初に打ち込んだ底部のペグを外側に移動して、今度はしっかりと深く打ち込みます。
反対側も含めた底部の四隅をこのように調整することで、天井部分がピンと三角形になり、内部のスペースが広くなります。
これで、ツェルト設営は完了です。2〜3人用の大きめのツェルトには、底部や屋根の中央にもループが付いているものもあります。横風であおられるようであれば、ここにも予備のペグや張り綱を通して、より風への抵抗を強くすることもできます。
両側に樹木がある場合は、まず樹木にスリングを引っ掛けてカラビナ(金属リングの固定具)を通しておきます。スリングやカラビナを持っていなければ、予備靴紐などでも代用可能です。
天井部分のループに、自在結びしてある方とは逆の末端を通して結び、連結します。写真ではダブルエイトノットという結び方で連結していますが、どんな結び方でもOKです。
先ほど樹木に設置したカラビナに、張り綱の自在結びしてある方を通して、樹木とツェルトを連結します。あとは長さを調節して張り綱をピンと張ることで、ツェルトの天井部分が三角形になり、きれいに設営できます。
ツェルトには屋根と壁がありますが、床はありません。レジャーシートを敷いたり、秋〜冬であれば落ち葉を集めてじゅうたんのようにして、地面からの冷気をなるべく遮断しましょう。もちろん、ツェルトの中で防寒着を羽織ったり、エマージェンシーシートを身体に巻き付けて暖をとるのも効果的です。
酸欠状態になるので換気に配慮する必要はありますが、ツェルトの中でバーナーを点火すると、あっという間に暖かくなります。また、保温性のある水筒に熱湯を入れておけば、身体の内側からも暖めることができますよ。
今回のケースのように予定通りに下山できなければ、山の中で翌日まで、あるいは捜索・救助されるまでの数日間を過ごすことになります。ツェルトでビバークすれば、少なくとも安全な居住空間は確保されますが、必要なものはこれだけではありません。
街灯もなく、漆黒の闇に包まれる夜の山。ヘッドランプやポケットランタンの明かりがあれば、不安感を少しでも和らげることができます。道迷いやそれに伴うビバークなどの「緊急事態」では、自分自身がパニック状態に陥らないことも重要です。
また、お弁当や行動食だけでなく、ビバーク期間中に栄養補給するための非常食や十分な水分がなければ、ツェルトの中にいても健全な身体機能を維持することは不可能です。
YAMAPなどの登山地図GPSアプリによる位置情報の把握や、家族・友人との連絡、そして救助要請にも必要な携帯電話を常に使用できるようにするために、モバイルバッテリーの携行も、現代の登山では必須といえるでしょう。
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不注意や登山計画の不備、もしくは人智を超えた自然の脅威。いつどこで山岳遭難の当事者になるかは、誰にも予測できません。登山においても、自然災害と同じ心構えで万が一の備えをしておくことが、無事に帰宅するために必要不可欠なのです。
執筆・素材協力・トップ画像撮影=鷲尾 太輔(登山ガイド)