「スーパー登山部」というバンド|楽器を歩荷して北アルプス・標高2,832mで奏でる自由な音楽

「スーパー登山部」というユニークな名前のバンドを知っていますか?

2023年に結成され、名古屋を拠点に活動しているこのバンド。ポップス、ジャズ、レゲエなど、多様な音楽の要素を盛り込みつつ物語性のある楽曲を変幻自在に奏でる彼らは、結成一年目にして600人規模のホールでワンマンライブを行うなど、高い音楽性が評価され大躍進を遂げています。

2024年8月には、日本最大級の山小屋である白馬山荘(2,832m) でのライブを予定している彼ら。誰もが気になるバンド名の由来や山への思い、白馬山荘でのライブなどについて、鈴鹿山脈の名峰・竜ヶ岳(1,099m)を歩きながらお話を伺いました。

トップ写真:(左から)梶祥太郎(Ba)、Hina(Vo)、小田智之(Key)、いしはまゆう(Gt)、深谷雄一(Dr)

2024.05.17

吉玉サキ

ライター・エッセイスト

INDEX

名もなきバンドが「スーパー登山部」になるまで

──スーパー登山部が結成された経緯を教えてください。

小田:僕は愛知県にある「長久手市文化の家」という文化施設で契約アーティストとして活動していて、その役職を卒業する2024年3月に施設内の大きなホールでコンサートをやることが何年も前から決まっていたんです。

キーボードの小田智之。この日は88鍵のキーボード「Roland A-88MKII」を担いで歩いた

そのコンサートでは、バンドに加えて弦楽器とかも入れて豪華なパフォーマンスをやりたいとずっと考えていました。そのためには、まずバンドを組まなきゃいけない。

以前からミュージシャン仲間だったベースの梶さんと「バンドやりたいね」と話していたこともあり、2023年の頭くらいにメンバーを集めはじめました。

長久手市文化の家森のホールで行われたワンマンライブ『2024年登山の旅 Vol.1』の様子

──他のメンバーには、小田さんと梶さんが声をかけたんですか?

小田:はい。バンドを組むことを決めたとき、まず最初に思い浮かんだのがボーカルのHinaちゃんです。Hinaちゃんは大学の後輩なのですが、在学時はあまり絡んだことはなくて、卒業後に先生つながりで知り合いました。

彼女の歌声をはじめて聴いたとき、「こんなに素敵な声の持ち主が身近にいたんだ!」と感銘を受けて、それから何度かお仕事をお願いしていたんです。

彼女の声は感情に訴える力があるのですが、それを感覚でやっているのではなくて、曲と向き合って考え抜いて、解像度高くコントロールできるところがすごいと思います。

スーパー登山部の顔である唯一無二のボーカリストHina

▲ Hinaさんのボーカルが際立つ、しっとりとした名曲「ITAI」

ギターのいしはまくんは素敵な音楽を創る顔なじみの音楽仲間で、ドラムの深谷さんは中村佳穂バンドでも活躍している雲の上の存在でした。でも、みんなの音楽が好きだから絶対に一緒にやりたいと思って、ダメ元で声をかけたら幸運なことにみんな快くOKしてくれたんです。

──バンド名は当初から「スーパー登山部」だったんですか?

小田:最初はバンド名が決まっていませんでした。名古屋で初めてライブに出演するとき、ライブハウスの方から「バンド名をつけてください」と言われて……。

そしたら深谷さんが、LINEのグループ名が『スーパーバンド』だから、スーパーを残して『スーパー登山部』はどうか」って言って。みんな、それに賛成しました。

──「登山部」という言葉が出てくるということは、みなさん登山が趣味だったんですか?

小田:いえ、僕は趣味で登山をやっていて、山岳会にも所属してますが、僕以外のメンバーはまったく登山をしたことがありませんでした。でも、僕がよく山の話をしていたからみんな興味はあって、「近いうちに5人で登りたいね」って話していたところだったんです。だから、「バンド名にしたら登らなきゃいけなくなるけど、本当にいいの?」ってみんなの目を見てちゃんと確認しました(笑)。

2023年1月初顔合わせ(リハーサル)のときの写真(写真提供:小田智之)

──それでユニークなバンド名になったんですね。そのときはすでに、山で音楽活動することを想定していたのでしょうか?

小田:僕の中では、「山と音楽を絡めた活動ができればいいな」という思いはちらっとありました。でも、当時の他のメンバーは登山未経験だったし、実際に登ってみたら全然ハマらない可能性だってある。だから音楽はともかく、山についてはあまり期待しすぎないようにしていました。

──小田さんは、前から鍵盤ハーモニカを山で吹いていたそうですね。

小田:もともと山が好きで、作曲に煮詰まったとき、近場の低山に登ってリフレッシュしていたんです。

あるとき、なんとなく思い立って鍵盤ハーモニカを持って登って山頂で演奏してみたら、音を出した瞬間に山の空気がガラッと変わるような、不思議な感覚を味わいました。

たまたま近くにいた人も「すごくいい演奏だった」と感動してくれて……。山の中で味わう音楽って、奏でる側にとっても聴く側にとっても特別なものなんだなと気づきました。

笠が大好きだという小田さん

今でも鮮明に覚えている、槍ヶ岳の夜明け

──小田さんが登山を始めたきっかけについて教えてください。

小田:もともと父が登山をやっていて、小学生のときに富士山に連れて行ってもらったんです。そこで見た景色や空気が忘れられなくて。それで、大学生になってからは自分で登るようになりました。

──印象深い山はありますか?

小田:大学3年生の夏に登った北アルプスの槍ヶ岳(3,180m)です。夜明けがすごく印象的でした。月が西側にすっぽりと隠れると同時に太陽が東側から出てきて、自分が天体の中に存在していることをはっきりと実感しました。こんなにも美しい自然を360°のパノラマで体感したのが初めてだったので、圧倒されて……。あのときのことは今でも鮮明に覚えています。

小田さんが撮った槍ヶ岳からの景色(写真提供:小田智之)

──そういった山での体験は、音楽活動にも活きているのでしょうか。

小田:直接活きているかはわかりませんが、僕の中では、山と音楽ってどこか似ているんですよね。山で出会う人たちが仲良くなりやすいのって、山という共通の「好き」があるからだと思うんです。

音楽も同じで、音楽好き同士は共通の「好き」でコミュニケーションを取れる。それってすごく本質的なことだと思います。

▲“好きをやめない”という歌詞が出てくる代表曲「風を辿る」

それに、音楽も登山も、ルーツが「信仰」である点が共通していますよね。だからスーパー登山部は、音楽の神様も山の神様も、どちらも味方につけたいと思っています!

スーパー登山部の音楽は定義できない

──小田さんが音楽を好きになったきっかけを教えてください。

小田:幼稚園の頃から音楽教室に通っていたんです。クラシックの練習は嫌なときもあったけど、大好きなゲームの曲をピアノで弾くのは好きでした。インターネットから楽譜を探したり耳コピしたりして好きなゲームの曲を弾いているうちに、ピアノ自体が楽しくなってきて、いつの間にかクラシックの練習にも前向きになっていました。

──好きこそ物の上手なれですね。

小田:ですね。なので、僕の音楽にはゲームやアニメの影響があると思っています。そのせいか「ストーリー性を感じる」と言われることが多いのですが、基本的には自由に好きなように作っています。僕なりにストーリーや意味は込めてるけど、聴く人の自由な解釈に委ねる感じですね。聴いた人の想像力が豊かに掻き立てられたらいいなぁ、とは思っています。

『2024年登山の旅 Vol.1』ではストーリー性ある素晴らしい演出が行われた

──影響をうけたアーティストはいますか?

小田:さっきあげたアニメ的なところだと菅野よう子さんですね。それと、ジェイコブ・コリアーさんというグラミー賞もとったアーティストがいるのですが、彼の型にハマらないスタイルにはとても影響を受けていると思います。

──確かにスーパー登山部は特定のジャンルで定義はされない印象を受けますね。

小田:以前、メンバーで自分たちの音楽を一言で表すと?という話をしたことがありました。でも、定義しなくていいのかもという結論になりましたね。バックグラウンドや好きな音楽はみんな違うしそれぞれ個性的だけれど、何故か奇跡的なバランスでまとまっているのがスーパー登山部なので。(笑)

それこそ、山や自然も自由だし不規則なものだし、自分たちもそれに倣っていけたらなと思ってます。

5人での最初の登山は木曽駒ケ岳

──小田さん以外のメンバーが登山デビューしたときの話を聞かせてください。

小田:みんなで山に行こうねと言いながらも、5人全員の予定がなかなか合わなかったので、最初の数回は2人か3人、行ける人だけで近場の低山で足慣らしをしました。

初めて5人で登ったのは木曽駒ヶ岳(2,956m)でしたね。これも雨で何回も延期して、4度目の正直でやっと行けたんですけど、下山の時に雷が鳴って雹が降って……。「絶対メンバーの中に雨女か雨男がいるよね!」って話をみんなでしました。でも、すごく楽しかったです。

木曽駒ヶ岳の活動日記
https://yamap.com/activities/25741042

木曽駒ケ岳でみんな山を好きになってくれて、次に登ったのが八ヶ岳の天狗岳(2,646m)。夜は黒百合ヒュッテに泊まって、ゆったりとした素敵な時間を過ごしました。

──みなさん、初めての登山はどうでしたか?

Hina:めちゃくちゃしんどかったです。私は他のメンバーほど体力がないので、ちょくちょく「疲れました!」って挙手してみんなを休憩させました(笑)。

小田:Hinaちゃんは生まれながらのシティガールなので、山からは最も遠いタイプでしたね。虫も大嫌いなのでよく山で叫んでいたんですが、最近は叫ぶことが減ったと思います。

Hina:成長してます(笑)。

いしはま:僕はもともと散歩が好きで、曲を作ったり考えごとしたりするときは平気で3時間くらい歩くんですよ。だから「登山も得意かもしれん」と思ってて。実際にやってみると、最初は筋肉痛が辛かったけど、ひたむきに歩きつづけるのは向いてるなと思いました。

ギターのいしはまゆう。スーパー登山部のロゴを始めグッズやフライヤーなどのデザインも担当するマルチクリエイター

:僕は天狗岳の下りでヘロヘロになって、みんなから「おじいちゃん」と言われました(笑)。

ベースの梶祥太郎。名古屋のほとんどのアーティストを支える、親しみやすいが謎多きベーシスト

深谷:僕はたぶんみんなの中で一番山にハマりましたね。今では背負子も持っていて、一人でもよく登っています。スーパー登山部のYAMAPアカウントを更新しているのも実は僕です(笑)。

ドラムの深谷雄一。中村佳穂BANDやBialystocksといったバンドでも叩く超一流のドラマー。写真のドラムはTATONKAの背負子「LASTENKRAXE」にジョイントさせたオリジナル歩荷仕様。

──みなさん、山の魅力を知ったんですね。小田さんは、ソロで登るのとメンバーと一緒に登るのとでは、どういった違いを感じますか?

小田:一人のときは、「今日は修行だ!」と決めて走ったり、動画を撮影しながら登ったり、テーマを持たせている気がします。

一方でみんなで登るときは、「山に触れる」という意識が強くなりますね。登山は「自分と山との対話」だけど、仲間と登るときは「山を通じた仲間との対話」も発生する。仲間と共感しあうことで気づくこともたくさんあるし、ソロ登山以上に山に触れている感覚があります。

あの日、僕たちはひとつの頂に立った

──2024年8月2日には北アルプスの白馬山荘でライブがありますね。前代未聞なイベントだと思うのですが、このライブはどういう経緯で決まったのでしょうか。

小田:昨年、僕が一人で白馬山荘に行ったんですね。そしたらレストランに電子ピアノが置いてあって、「ご自由に弾いてください」と書いてあったので好きに弾いていたんです。そしたらそこにいた人たちが集まってきて、次々とリクエストをくれて大盛り上がりでした。

──どんなリクエストがあったのでしょう?

小田:ユーミンやジブリ、YOASOBIの『アイドル』やクラシックなどです。

そうやってピアノを弾いていたら、白馬山荘のスタッフの方とお話する機会があって、「ここでライブをやれたらいいですね」という話題になりました。当時は「僕以外のメンバーはまだ白馬に登れないだろうから、僕個人でライブをやれたらいいな」と思っていたんですが、気づいたらみんなで登ることになっていましたね。

──今回のライブは本格的なセットでやると聞きました。例えばドラムセットとかはどうやって運ぶんですか?

小田:山の上で演奏するために、新しいドラムセットを購入しました。バスドラムが薄かったり分解できたりするので、背負子に括って持っていくことができるんです。

白馬山荘までの歩荷を想定して、山に行くときは歩荷トレーニングをしています。バンドで所有する背負子はいつの間にか3つになりました(笑)。

小田さんによるとメンバーの荷物はHina12kg、小田23Kg、いしはま16kg、梶16kg、深谷18kgとのこと

ただ、今回ありがたいことに白馬山荘さんが全面的に協力してくださることになっていて、アンプやスピーカーはヘリコプターで運搬する予定です。今後、ヘリが使えない場所でライブをやることになったら、アンプも自分たちで歩荷していくと思います。

──スーパー登山部のファンの方は、登山をやっていない方も多いのでしょうか?

小田:初ライブで客席に「登山やってる人?」って質問したら、手を上げた人は2、3人でした。だけど、最近は増えてきています。ファンの方が僕らに影響を受けて登山を始めたり、もともと登山をやっている方が僕らに興味持ってくれたり。

実は最近登山者調査アンケートをとってみたんです。思った以上にみんな登山に興味があって嬉しかったです。

──「登山未経験だけど白馬山荘のライブに行きたい」というファンの方もいるかもしれませんね。

小田:まさに、いつもライブに来てくださる方が「白馬のライブに行こうと思ってます」と言ってくれました。

でも、白馬ってそれなりに大変な山だと思うんですね。標高差1,600mといえば、富士山の吉田ルートの5合目から山頂までと同じ。決して誰でも簡単に登れる山ではないので、無理はしないでほしいです。

──白馬山荘でのライブへ向けて、意気込みを聞かせてください。

小田:今回のツアーは、はじめ名古屋・東京・白馬山荘の順に回る予定でした。よく東京・名古屋・大阪で「東名阪」って言うんですけど、今回我々は「東名山だ!」と言っていました(笑)。最終的には大阪でもライブもやることになり、「東名阪山」でトラバース(※)することになりました。

※スーパー登山部は「ツアー」のことを「トラバース」と呼ぶ。

調べてみても過去にそういうツアーをやった人はいなくて、前例がない中でどうしたら成功させられるのか、本当に未知数。だからこそ楽しいし、やりがいがあると感じています。

──未踏の山に登るような挑戦ですね。

小田:それこそ今年の3月に行ったライブも、結成1年目にして600人が入るホールでやるということで、僕らにとっては本当に大きな挑戦だったんです。不安だったけど、たくさんのお客さんに来ていただいて、ライブを成功させることができました。

ライブ当日まで、コツコツとした地道な努力を積み重ねました。お客さんに声かけしたり、ライブに向けて音源を用意したり、その日だけのアレンジを作って練習したり……。その過程が、すごく登山に似ていたんです。

あの日、僕たちはひとつの頂に立った。だから次は、白馬の頂に向かって進んでいます。

──今も登山の途中なんですね。最後に、今後の目標を教えてください。

小田:バンドとしては、フェスに出て音楽シーンでどんどん活躍していきたいです。山の活動としては、いつか涸沢でフェスをやりたいですね。紅葉シーズンに色とりどりのテントの中で演奏できたら最高。あとは、燕山荘でアルペンホルンとセッションしたいです。

最終的には、本物のトラバースツアーというか、山岳地帯を縦走しながらいろんな山小屋を回ってライブするのが夢。今は、メンバーみんなで夢の頂に向かって登っている途中です。

写真:小寺 晴雄(instagram)

スーパー登山部の白馬山荘ライブを見にいくガイドツアー 5/24(金)に受付開始!

8/2に白馬山荘で行われるスーパー登山部のライブを見に行きたい!でも白馬山荘までは少し不安がある…。そんなスーパー登山部ファンのために、YAMAP TRAVELにてガイド付きのツアーを実施予定です。

詳細はこちら
https://travel.yamap.com/events/view/244

スーパー登山部 1st EP Release Traverse

2024年6月30日(日) 【東京】下北沢 BASEMENTBAR
2024年7月6日(土) 【愛知】名古屋 JAMMIN’
2024年7月12日(金) 【大阪】心斎橋 CONPASS
2024年8月2日(金) 【長野】白馬岳山頂直下 白馬山荘

スーパー登山部リンク集
https://lit.link/superclimbingclub
スーパー登山部のYAMAPアカウント
https://yamap.com/users/3303542

吉玉サキ

ライター・エッセイスト

吉玉サキ

ライター・エッセイスト

北アルプスの山小屋で10年間働いていたライター・エッセイスト。著書に『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』がある。通勤以外の登山経験は少ない。