山と里、人と野鳥の物語|佐渡の人々が模索する自然との共生

新潟県の沖合に浮かぶ佐渡島。島の最高峰は、花の名山として多くの登山者で賑わう「金北山(1,172m)」です。2024年7月には「佐渡島(さど)の金山」が世界文化遺産に認定され、今、最も注目を集める観光地のひとつとなりました。

そんな佐渡島では、「未来に残したい草原の里100選」にも選ばれたドンデン高原の草原の保全が、地元の人々の手で続けられています。また、山だけでなく里の環境保全にも力を注いでおり、特別天然記念物の野鳥・トキと共生する島づくりを農業から創造しようとしています。

島の人々が模索し続けてきた「人と自然の共生」。そこには、日本全国で問題となっている「山の保全」を解決するヒントが隠されていました。今回の記事では、地元の方々にお話をお聞きしながら、佐渡の美しい山と里がどのようにして守られてきたのか、紐解いていきたいと思います。

2024.08.27

池田 菜津美

ライター

INDEX

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地元の人々に愛されるドンデン高原の芝草原

ドンデン高原に広がる芝草原。かつては稜線一面が広大な芝草原だったが、だんだんと縮小し、今では離れ小島のように点々と残るだけになった

最初にお話を伺ったのは、佐渡島で「ドンデンファンクラブ」を結成し、芝草原の手入れにたずさわる俵建さんと、佐渡トレッキング協議会の会長を務め、佐渡山歩ガイドクラブで佐渡の山を案内する塚本八重子さん。お二人からは、ドンデン高原の歴史や保全についてお話いただきました。

塚本さん ドンデンの芝草原を残すことは、私たちにとって「仕事」じゃないんですよね。
俵さん そうなんですよ。梅雨時に田んぼをほったらかして、みんなで「どうしてドンデンの草刈りなんてしてるんだろうね〜」とか言いながら手入れをしている。仕事じゃなくて、やりたいからやっている感じ。
塚本さん かなり前になりますが、雑誌で「ドンデンは日本一の草原」と紹介されたことがありましたよね。
俵さん そうそう。かつては牛馬の放牧に加え、たくさんの人が山道や草原の整備に携わっていた。
塚本さん 今では考えられないくらい広大な芝草原だったんです。
俵さん 島内の各集落から相当の人数が集められて、整備に携わっていたはず。放牧は農業を手伝ってくれる牛馬の飼育に欠かせない行為だったし、ドンデン高原に隣接するアオネバ渓谷は峠道として使われていて大佐渡の東と西をつないでいたし、山を整備することは生活に直結していたんだろうね。

毎年、ドンデンの草刈りに参加している俵さん(左)。「ドンデンは花もたくさん見られる場所で大好きなんです」と語る塚本さん(右)。大佐渡の山並みを背景に

ドンデン高原の芝草原は、古くから人の手で維持・管理されてきたもの。その歴史は古く、記録によると平安時代初期には林間放牧が始まっていたとか。

江戸時代には総延長120kmの大垣で囲み、毎年2,000頭もの牛馬を放っていたため、稜線付近には広大な草地が形成されていたそうです。昭和のはじめごろまでは牧歌的な風景が広がっていましたが、1950年代後半から牛馬の頭数が減少し、半自然草原の面積は急速に縮小。

2015年には、ついにすべての放牧が中止されてしまいます。このままではドンデン高原の草原が失われてしまう、その景観を守りたいと2004年に結成されたのがドンデンファンクラブ。地元の登山愛好家や登山ガイドたちの集まりで、芝草原の手入れを行っています。

こういった草原の減少は、佐渡島に限ったことではありません。全国各地で同様の事態が発生しており、その理由のひとつが、農業の近代化だと言われています。機械化が進み、化学肥料の利用が増えたことで、農業のパートナーとしての牛馬、肥料としての厩肥(うまやごえ・家畜の糞尿とわらによる肥料)がいらなくなり、放牧地が利用されなくなってしまったのです。。

きれいに手入れされた芝草原。放っておくとススキや低木がどんどん入ってきて、芝草原が小さくなってしまうのだそう

塚本さん 今は、ドンデンファンクラブや佐渡トレッキング協議会の人たちで、何とかドンデンの草刈りをやっているけど、牛馬の放牧に比べたらパワーが足りないですよね。
俵さん 牛馬は日常的に草を食べてくれるけど、ぼくらの草刈りは年に1回。今年の草刈りは15人くらいで、草刈りと登山道の整備をやりました。8時30分からはじめて12時30分まで。約4時間でやっと2ヘクタールくらいかな。やはり牛馬の力がほしいよね。でも、佐渡トレッキング協議会が、この作業をまとめるようになって、少し手間賃が出るようになって助かった。
塚本さん そうなんですよね。ちょっとだけだけど、やっぱり手間賃が出せるかどうかは重要。若い人たちにも参加してもらいやすくなるし。登山道整備の中心となってくれている佐渡山歩ガイドクラブの人たちは、30〜40代くらいで、移住者が多いのも特徴。

ドンデンファンクラブと佐渡山歩ガイドクラブによる草刈り作業の様子(写真提供=俵建さん)

俵さん 佐渡が好きで住み着いた人たちだから、佐渡への愛情が厚くて積極的に参加してくれる。彼らは佐渡以外の場所も知ってるから、佐渡の魅力もよくわかってるんだと思う。昨年、ドンデンが「未来に残したい 草原の里100選」に選ばれたでしょう。その報告も兼ねて、若い登山ガイドさんを誘って市長に会いに行ったんです。このガイドさん、牛を飼っていて、いつかはドンデンで牛を放牧したいと考えていて。市長にそのことをお話したら善処しますとのことで。
塚本さん ドンデンに牛馬が戻ってきたらうれしいですね。
俵さん もともとドンデンは1000年以上も前から牛馬の放牧が行われていた場所なのに、今はまったくのゼロになってしまった。このままでは草原が衰退するだけでなく、そこにあった文化も忘れ去られてしまう。1頭でもいれば草原を守るためのシンボルになるし、観光のとっかかりにもなる。ゆくゆくは放牧で草原を維持できたらありがたいですよね。それにね、ドンデンの景観を残したい理由のひとつに、子供たちに楽しんでもらいたいというのもある。遠足とかで子供たちが草原を走り回っているという話をときどき聞くけど、うれしいよね。こんなに広い草原はなかなかないし、めいっぱい遊んでほしいな。

草原が里をうるおす水源になっている

ドンデン高原の芝草原から見下ろす国中平野

ドンデン高原は大佐渡山地の中央あたりに位置し、南西の方向へ佐渡島の最高峰・金北山への稜線が続きます。

佐渡島は、カタカナの「エ」を左に少し回転させたような形をしており、北側の大佐渡山地と南側の小佐渡山地が、島民の8割が暮らすの国中平野を囲むように位置しています。里と山が近いのが特徴です。

俵さん そもそも、ぼくはドンデンは山じゃないと思ってた。里の延長にあるものというイメージ。里と山が近いというのを実際に体現しているのがコハマナスだよね。
塚本さん ハマナスとノイバラの交雑種ですね。ドンデンでもよく見る。

コハマナス(とと子さんの活動日記から)

俵さん ハマナスは海辺にいる植物。それが山の上でノイバラと交雑できた理由は、人や牛が運んだからと言われていますよね。コハマナスは特に峠付近に多いですし。
塚本さん 山が身近な存在で、人の手が頻繁に入っていた証拠ですね。
俵さん あと、この草原は島で暮らす人々の水源にもなっていて、そういう意味でも里と切り離せない。水源は森が担うイメージがあると思うけど、じつは草原のほうが雨水をため込む力があるとも言われているんです。森は木々が水を吸い上げて蒸散する量が多いから、草原よりも水の涵養機能が小さいんだって。たしかに草原の近くには清水があることが多いし、ドンデン池も大きくなったり小さくなったりはするけど、一度も枯れたことがないしね。

大佐渡の麓にはいくつもの湧き水があり、今でも農業用水や生活用水として利用されています。その中でも佐渡一の水量を誇るのが箱根清水。国中平野の北端にあり、どんな渇水でもかれたことがないと伝えられている湧き水です。こうした湧き水は大佐渡山地、ドンデンの芝草原のめぐみであり、里の米づくりや農業、生活をうるおしています。

「箱根清水は佐渡の清水のなかでも、個人的にはいちばんうまいと思う!」と俵さん

豊富な湧き水が佐渡のおいしい米を育てる

俵さん ドンデンがもたらしてくれる湧き水は、佐渡の米づくりにも欠かせません。佐渡は酒もおいしいし。
塚本さん うちは麹屋を営んでいるんですが、かつては佐渡のいたるところに麹屋がありました。でも今はずいぶん減ってしまって10軒くらいの麹屋さんや味噌屋さんがある程度かな。昔は、つくった米を麹屋さんに預けて麹にしてもらって、それぞれの家で手前味噌をつくっていたんです。麹屋さんがたくさんあったということは、それだけ米づくりが盛んだったということ。

塚本さんが営む「塚本こうじ屋」は江戸時代から続くお店で、息子さんで12代目となりました。現在は味噌づくりも行っていて、「特上味噌」や「極上味噌」には佐渡産のコシヒカリ米麹を使用しています。

塚本こうじ屋の味噌樽。「味噌は塩分がとれて、山のおやつにぴったりですよ。野菜と一緒に持ち運んでいるお客さんもいます」と塚本さん

塚本さん いいお米を使うと、味噌もおいしくなるんです。豊富な湧き水でつくられた佐渡の米はとってもおいしい。
俵さん ドンデンだけのことを言えば、山と米づくりをつなぐものがもうひとつ。ずばり草刈り機だと思っていて。
塚本さん そういえば田んぼの畦で草刈り機を使ってますね。
俵さん 佐渡ではトキのために減農薬の米づくりをしているでしょう。雑草の処理は草刈りをするしかない。なので、みんな草刈り機や刈払い機を持っているんだよね。だから、ドンデンの草刈りをするときに「草刈り機必須」としても、みんな普通に参加できるの。
塚本さん おいしい米づくりのための草刈り機が、ドンデンの草原を支えているなんて思いもよらなかった(笑)。
俵さん 佐渡では、山も里も海も川も、ぜんぶ身近なところにある。自然だけじゃなくて、お寺や神社、祭りなど、文化もいたるところで感じられる。佐渡に来たら、有名な観光スポットだけを見に来るのではなくて、ぜひおもしろいものを探しに来てほしいですね。

「佐渡のいいところは山と里が近いこと」と俵さん。ドンデン高原ロッジのテラスにて

環境にやさしい米づくりで人とトキが共生する島へ

国中平野の田んぼと小佐渡山地。国中平野は佐渡の米づくりの中心地

俵さんと塚本さんの話の中にも出てきた佐渡の米ですが、そのおいしさの背景には、一度は絶滅した特別天然記念物の野鳥・トキの存在があります。

田んぼで見つけたトキ。数羽群れになって、田んぼの中で食べものをついばんでいた

かつては日本各地に生息していたトキですが、明治時代以降数を減らし、1980年代からは中国と日本で協力してトキの保護・繁殖が試みられていました。2003年に日本産のトキはついに絶滅してしまいましたが、佐渡では繁殖に成功していた大陸のトキを2008年に放鳥し、現在では約500羽以上にまで回復しています。

こうして佐渡にトキが戻ってきたのは、人々がトキと共生するために試行錯誤を続けてきたから。その過程を、米農家の斉藤真一郎さんにうかがいました。

「トキがいる佐渡の風景が好き」と語る斉藤さん。約50ヘクタールの農地で米や野菜をつくる

斉藤さん トキがいなくなってしまった理由の1つ目は、人による乱獲。2つ目は農業。昭和30年くらいから強めの農薬が使われるようになって、餌となる生き物が減ったり、汚染された生き物を食べたトキが農薬中毒になったと言われています。そして、3つ目は農業の大規模化。人が管理しやすいようにコンクリートのU字溝が増え、田んぼのまわりに生きものが減ってしまったんです。

米づくりに農薬や化学肥料を極力使わないという取り組みは、トキの食べものを増やすことが目的でした。佐渡市では2007年、「朱鷺(トキ)と暮らす郷づくり認証制度」を立ち上げ、化学合成農薬と化学肥料を地域基準より50%以下にすることや、冬も田んぼに水を残し、生きもののすみかをつくる「ふゆみずたんぼ」などの取り組みを行っています。ただ、米を作るだけでなく、生きものが住む場所としても田んぼを大切にしていこうとしているのです。いくつかの要件を満たした米は、佐渡産米ブランド「朱鷺と暮らす郷」として認証されます。

トキの食べものは、田んぼのカエルやドジョウと言われていますが、じつは虫もたくさん食べています。とくに夏場の中干し以降は田んぼに水がなくなるため、虫がいないとトキのエサが足りなくなってしまいます。虫を増やすには、畦の草刈りをするのがいい。草が堆肥になり、ミミズやバッタが増えていくんです。

斉藤さんの田んぼの畔には豊かな生き物の営みが観察できた

斉藤さん 2000年代に入り、行政と民間が力を合わせて、トキをシンボルとした取り組みをという話になりました。自分も、2001年から仲間と「佐渡トキの田んぼを守る会」をつくり、無農薬の田んぼをはじめました。

でも当初は「人の食としての安心安全の農業」という考えはあったものの、「生きものにとって安心安全な農業」という考えはまだ広まっていませんでした。生きものにとってよい農業は手がかかりますしね。2008年にいよいよトキが野生復帰され、うちの田んぼにトキが飛んできたのはその3年後の2011年。トキを殺した農業から、トキを生かす農業へ変わっていくのだと感慨深かったです。

トキの未来は佐渡の未来でもある

斉藤さん 2023年、野生に生息するトキの数は532羽にまで増えました。最近ではカラスよりトキの方がたくさん見られると言う人もいますね。トキがいることが当たり前になりつつあるのですが、じつは2022年から2023年で、初めて減ったんですよ。営巣林内の過密化が原因と言われていますが、里山の環境の変化も影響しているようにも思えます。

というのも、少しずつ認証米が減ってきているんです。認証米は減農薬で手入れも大変なのに、収穫量は通常の8割ほど。農薬や化学肥料に頼らない分、収穫量も不安定なので、諦めてしまう米農家さんもいるんです。

認証米を栽培している斉藤さんの田んぼ。広大な国中平野の真ん中にある

斉藤さん 認証米に必要な「生きものを育む農法」も簡単ではありません。田んぼと水路を行き来できる「魚道」の設置や、田んぼの脇に「江(え)」という湿地状の深みを設けるなど、手間がかかります。でも、こうした取り組みでトキを守っていくことが、田んぼを守っていくことにもつながると思っています。おいしい米をつくることが佐渡の未来だとしたら、トキの未来は佐渡の未来も担っているんです。

里と山は密接につながっていて、米づくりも例外ではありません。米づくりには山から流れてくるおいしい水が欠かせません。近年よく言われることですが、佐渡でも山が荒れてきています。山の手入れを行わなければ、植林した木は細く長く成長してしまい、台風や雪で折れたり、雨で根こそぎ流れてしまう危険性が増加します。結果、水源としての森が機能しなくなるんです。農家の人々も山に気持ちを向けなくてはいけないのですが、人不足で田んぼを維持するので精一杯なのが現状です。

「この田んぼアートは認証米制度をPRするために始めたもので、今年で7年目。デザインは毎年違って、地元の小中学生や専門学生、給食で認証米を食べている島外の小学生から公募したこともあります」

斉藤さん なかなか山の手入れまでは行き着かないのですが、山へ思いを馳せる機会はたくさんあります。4月ごろになると、金北山の山頂直下に「種まき猿」と呼ばれる雪のもようができます。腹をすかせた猿が人里に降りてきて村人から食べものをもらったお礼に、種まきの時期を教えてくれているという伝承が残されているんです。

「種まき猿」が溶けてくると、トキが10羽くらいはばたいているような形に見えて。やはり佐渡はトキとともにあるんだなぁと思うんです。

5月ごろ、田んぼに水が入って、大佐渡が水鏡に写る様子は本当に美しいと思います。佐渡は「山・森・川・田・海」が景色的にも水流的にもつながっています。みなさんも山から下りてきたら、佐渡の山と田んぼが織りなす景色や、山の水が育んだおいしい米をぜひ味わってください。

国中平野に広がる田んぼと大佐渡山地。撮影中、雲の中から金北山の山頂が顔を出してくれた

佐渡島の美しい山と里は、地元の人たちの手によって守られてきたもの。そして、どれもが佐渡島にとって欠かせないものです。みなさんが佐渡島に訪れるときはぜひ、山から望む里の風景や、草原がもたらす清らかな湧き水、トキが舞う里の景色、人とトキが共生することで生まれたおいしい米など、いたるところで輝く佐渡島の魅力をじっくりと楽しんでください。

もっと佐渡のことを知りたい方は下記記事をチェック

原稿:池田菜津美
撮影:西條聡
協力:佐渡市、ドンデンファンクラブ、佐渡山歩ガイドクラブ、サンフロンティア佐渡(株)、佐渡トレッキング協議会

池田 菜津美

ライター

池田 菜津美

ライター

子供向けの自然科学の本や、図鑑の編集などを行う。子供の頃から外遊びが好きで、山菜採りや野鳥観察、雑草探しに興じていた。現在は自宅裏の神社で鳥&昆虫を愛でるのを日課とし、近所の自然公園へぶらりと植物探しに出かけることも。今も昔も相変わらず、生き物の暮らしや生態に感心しながら、それとのふれあいを楽しんでいる。著書に『飼育員さん教えて!みんなどきどき動物園』『飼育員さん教えて!みんなわくわく水族館』(新 ...(続きを読む

子供向けの自然科学の本や、図鑑の編集などを行う。子供の頃から外遊びが好きで、山菜採りや野鳥観察、雑草探しに興じていた。現在は自宅裏の神社で鳥&昆虫を愛でるのを日課とし、近所の自然公園へぶらりと植物探しに出かけることも。今も昔も相変わらず、生き物の暮らしや生態に感心しながら、それとのふれあいを楽しんでいる。著書に『飼育員さん教えて!みんなどきどき動物園』『飼育員さん教えて!みんなわくわく水族館』(新日本出版社)、『ときめくヤマノボリ図鑑』(山と溪谷社)など。