烏帽子岳登山 カルデラの真ん中で生きてる山を体感する|阿蘇の登山ガイド#02

阿蘇を代表する観光地「草千里ヶ浜」から歩いて約1時間で登頂できる「烏帽子岳」。阿蘇五岳の中でも気軽に登れる山として、多くの登山者に愛されています。馬や牛が放牧されるのどかな草原と、その地底深くで鼓動する火山の息遣い。阿蘇が持つ2つの魅力をたっぷり堪能できる「烏帽子岳」の登山について、紹介します。

2019.12.04

米村 奈穂

フリーライター

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草千里ケ浜と烏帽子岳


草千里ケ浜の後ろにそびえる烏帽子岳。小さな池は火口の跡

とにかく風の強い日だった。車を出た瞬間、帽子もジャケットも地図も、何もかも吹き飛ばされる。九州を代表する景勝地、阿蘇の草千里ケ浜はそんな風の洗礼をも楽しんでいるかのように、風にクルクルと吹かれてキャッキャと笑う観光客であふれていた。

ここは周囲を外輪山の壁に囲まれた、東西約18km、南北約25kmの巨大な阿蘇カルデラのど真ん中。草千里ケ浜は、そのまた真ん中に、直径1kmの草原が広がる窪地で、中央には古墳のような丘がこんもりと盛り上がり、その両側に小さな池が二つ、周囲を馬が優雅に歩く牧歌的を絵に描いたような場所だ。高いのか?低いのか?へこんでいるのか?なんだか頭がこんがらがる不思議なこの地形は火山が作り出したもの。小さな丘は吹き飛ばされた溶岩ドームの名残で、草原や池は火口の跡なのだ。

登るのは、この草千里ケ浜を前庭のように携えて後ろにそびえ立つ烏帽子岳。阿蘇カルデラの中央に並ぶ火山群、阿蘇五岳の一つで、山の表層部分は草千里ケ浜の火口から噴き出た軽石が降り積もりできたといわれる。その成り立ちは、2016年の熊本地震によって山の表面が剥げ落ちたことにより明らかになった。優雅に広げた裾野からすっと伸びる山容は、草原ののどかな風景に自然の雄大さを加えている。


草千里ケ浜の中央にある吹き飛ばされた溶岩ドームの一部、駒立山

阿蘇火山博物館から烏帽子岳山頂へ

まずは阿蘇火山博物館前の駐車場に車を止める。観光客のほとんどは、吸い寄せられるように正面に広がる草千里ケ浜の草原に向かう。彼らに背を向け、西へ向かって少しだけ車道を歩くと、大きくカーブしているガードレールの内側に案内板と登山届BOXが見える。ここが登山口だ。草原の中を通っても取りつけるが、草千里の火口の縁をなぞるように山へと続くこの道は、登山者しかおらず静かで、烏帽子岳と火口池を一緒に写真に収められるのがいい。ここから草千里ケ浜の西を回り、南にそびえる烏帽子岳に登り、東回りで下る周回ルートをとる。

看板の先の広い道を進むと、草千里ケ浜の中央にある丘、駒立山に登っている人の目線と同じ高さになり手を振ってみる。ススキも池も山も、何もかもキラキラ輝いている。しばらくすると、牛馬が出ないように「開放厳禁」と書かれたゲートが出て来る。ここで、草千里ケ浜からの道と合流するようだ。

「悪路注意」という看板が出てきたところから、やっと山登りらしくなる。山頂直下は急な木の階段が続き、一気に山頂へ。


ススキをかき分けて進む。最初は歩きやすいなだらかな道が続く


草千里の火口の縁をなぞるように歩いていく。遠くに北外輪山の西端が見える

山肌を染めるミヤマキリシマ

5月中旬頃、山頂付近の尾根はミヤマキリシマのピンク色に染まる。ミヤマキリシマは九州の火山に自生し、火山活動により他の植物が生育できなくなった環境に分布する。火山地帯に生息する植物はけなげでたくましい。霧島を訪れた植物学者、牧野富太郎により発見され「深山に咲く」ことから名付けられた。山頂付近で這うように茂る低木は、登山者の行く手を阻み、春でなくとも存在感がある。

烏帽子岳山頂からの景色

山頂からは北に阿蘇五岳の一つ杵島岳、南に外輪山の山々を望む。山並みの中に、風力発電の白いプロペラが回っている。さっきまで目の前にあった草原や火口池は、まるでジオラマのようで、その中を歩く小さな人間を目で追う。東には活発に活動を続ける中岳が噴煙をあげている…、はずだったが雲の中。西には「立野火口瀬」が見える。

立野はカルデラをぐるっと囲む外輪山の唯一の切れ目。もともと外輪山には切れ目がなく、カルデラの中は湖だった。度重なる地震により一部が崩れて谷ができ、水が外へ流れ出た。カルデラで蓄えられた水はこの谷を流れ有明海へと注がれた。こんな神話も残っている。阿蘇神社の祭神でもある健磐龍命(たけいわたつのみこと)が外輪山の一部を蹴破って湖の水を抜き、稲作ができるように開拓しようとした。その際に尻餅をつき「立てぬ」と言ったことからこの土地が「立野」と呼ばれるようになったとか。火山が作り出した不思議な大地の魅力は、山の上から見ると理解が深まる。下から眺めるだけではもったいない。


南側の斜面は大きく崩れていた。阿蘇の山々では地震の傷跡があちこちに見られる

生きている阿蘇を感じる

下山路は東回りで下る。ホコリを被ったような登山道の案内板を見て、先ほどから感じていたムズムズとした鼻の違和感の正体が分かった。火山灰だ。東に見えるはずの中岳がない。あるのは、雲なんだか噴煙なんだか、どちらか分からないグレーに埋め尽くされた空ばかり。草千里から登り、中岳の火口から湧き上がる噴煙を見ながら下る「THE阿蘇登山」を期待していただけに、ややがっかりしながら歩いていると、急にガスが上がり始め、中岳の火口に続く道路が白く浮き上がってきた。

しかし、雲は晴れたはずなのに空はまだグレー。やはりグレーの正体は噴煙だった。確かに雲に比べると灰色が濃く、どことなく重そうな感じがする。雲と噴煙の違いを考えることなんて、そうない。だからこれも「THE阿蘇登山」。大地も空も、いつもとちょっと違って面白い。観光客を送り終えた夕方の草千里ケ浜に下りてくると、馬たちが放たれていた。

夕日に照らされた烏帽子岳。絶え間なく噴煙を上げる中岳。誰もいない草原。人の姿が消えた途端、人気の観光地はまるで原始の世界に戻ったように見えた。阿蘇は確かに生きていた。


火山灰が付着した看板。風向きなどにもよるようだが、気になる人はマスクをして登ろう


ガスが晴れてきて、阿蘇山上広場が見えた。中岳の火口はその真上だが、噴煙に覆われている


草千里ケ浜では、馬に乗って草原を周遊できる。夕方になると馬が放たれ、より牧歌的な風景に

烏帽子岳(1336.7m)

阿蘇カルデラの中央に並ぶ火山群、阿蘇五岳の一つで、草千里ケ浜の南にそびえる。駐車場410円(阿蘇山上駐車場共通券)。登山口には阿蘇火山博物館やレストラン、展望台などもある。山行タイムは往復約2時間。山頂直下がやや急で、雨天時などは足元に注意が必要だが、特に危険な箇所はない。駐車場を挟んで北側には阿蘇五岳の杵島岳がそびえる。時間に余裕があれば、合わせて登ると眺望の変化を楽しめる。

下山後のお楽しみ

阿蘇火山博物館

阿蘇の火山の歴史、大地の不思議を展示や映像で学べる。熊本地震後に追加された展示も興味深い。受付では登山のアドバイスもしてくれる。売店で販売している「阿蘇山立体地図」は地形を把握するのにお勧め。
入館料:一般¥880 小学生¥440
営業時間:9:00~17:00(最終入館16:30)
住所:熊本県阿蘇市赤水1930-1
TEL:0967-34-2111

地獄温泉 清風荘

江戸時代から湯治場として栄える。敷地内に源泉と冷泉が湧く、全国的にもめずらしい温泉。熊本地震後の土砂災害で大きな被害を受けたが、2020年4月、4年振りに「すずめの湯」の営業を再開。水着や湯あみ着を着用して入浴する混浴。
入浴料:一般¥1200(貸バスタオル付き)/中学生~大学・専門学校生 ※学生証提示 ¥1000(貸バスタオル付き)/小学生¥600 ※湯浴み着の販売あり。※元湯・仇討の湯(仮)オープンまでの料金(10月中旬オープン予定)。10月中旬以降は要問い合わせ。
営業時間:10:00~17:00(最終受付16:00)
定休日:火曜日(祝祭日の場合は営業)
住所:熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2327
TEL:0967-67-0005

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。