「草千里ヶ浜」のそばに柔らかな山容を見せる阿蘇五岳のひとつ「杵島岳」。阿蘇火山博物館から伸びる整備された歩道の先にあるのは、大鉢小鉢の火山口。大地の息遣いを感じながら阿蘇の美しい田園風景を楽しめる頂上からの展望は必見です。
2020.01.12
米村 奈穂
フリーライター
烏帽子岳から草千里ケ浜越しに杵島岳を望む
山に登った時に頂上から眺める別の山。次はその別の山に登りたくなるのは登山者の常。
阿蘇草千里ケ浜の後ろにそびえる烏帽子岳に登った際、草原を挟んで対をなすように佇む杵島岳(きしまだけ)に登りたくなった。なんなら、烏帽子岳を助走のように駆け下りれば、その勢いで登れるんじゃないかと思えるほど仲良く向き合っている。南外輪山に面している烏帽子岳に対し、北外輪山に面している杵島岳。ということは、烏帽子岳と杵島岳の両方に登れば、カルデラの南北の景色を確認できるはず。このでっかい阿蘇の全体像をなんとか掴めるかも…。そう期待しながら登った。
登山口は阿蘇火山博物館前の駐車場の一番奥から、草泊まりのレプリカの前を過ぎ遊歩道へ入る。「草泊まり」とは、かつて牧草を刈り取る期間に寝泊りをするためにススキで作られた野営小屋のこと。牧草地のある外輪山まで行き来する労力を軽減するため、かつての作業従事者たちは、この小屋に生活道具一式を持ち込み家族全員で作業にあたった。さながら、草で出来た阿蘇風テントである。
牛馬がトラクターに変わる時まで、「草泊まり」に寝泊まりをして草刈りをした。阿蘇の草原は人と自然の繋がりを伝える
山頂までは舗装された遊歩道が続き、まるで空に続くような道を見つめながら歩いていると日本画家、東山魁夷の「道」に見えてくる。この先にはどんな景色が待っているんだろう?しかし、これを登山と言っていいのか?そんなことを考えながら歩いていると、山頂直下は日光を遮るもののない木の階段となり、急登に息を上げながら登ると頂上へ到着した。真正面には噴煙を上げる中岳が迫る。山頂付近には大小二つの火口跡が。東側は直径が約500メートルあり「大鉢」と呼ばれる。
その大鉢の中に直径約150メートルの「小鉢」がある。月面を想像させるボコボコした山頂周辺。早くその縁を歩きたくなる。
舗装された快適な歩道
山頂から噴煙を上げる中岳の火口を望む
整備された道はここまで。ここから西回りで小さい火口の縁を一周する。入り口には「これより先は亀裂や崩落が発生しており大変危険です」という注意看板がある。稜線の両側は地震の影響で崩れている箇所が多々ある。尾根の中心をそれないよう注意して進む。見たかったのはこの先の北側の景色。注意箇所を過ぎると道は平坦になり、すぐ真下にお茶碗をひっくり返したような美しい円錐形の山というより丘が見える。阿蘇富士と呼ばれる米塚だ。軽石のような火山の噴石が積もってできたスコリア丘で、頂上のくぼみは噴火の跡。
山頂から一旦北西へ下り北面へ。鞍部から先は崩壊箇所が多い。要注意
以前は登れたが、現在は登山禁止の米塚。夕日に照らされた姿も美しい
米塚という名前は、阿蘇神社の祭神、健磐龍命(たけいわたつのみこと)が収穫した米を積み上げ山が出来たことからきているという伝承がある。山頂のくぼみは、人々に米をすくって分け与えた名残だとも。阿蘇に残る神話は、古代の人々が想像豊かに見ていた自然の姿を、今を生きる私たちに伝えてくれる。
丘の向こうには田園のパッチワーク、街並みも見える。さらにその奥には北外輪山の壁が立ちはだかる。振り返ると絶え間無く立ち上る噴煙。計り知れないエネルギーを蓄えた自然のすぐそばに人々の生活がある。人間も自然の一部なのだということを改めて感じる。
北側の景色に後ろ髪を引かれながら進むと、今度はおにぎりを三つ並べたような昔話にでてきそうな山が現れた。往生岳だ。立ち寄ればプラス1時間半。今回は立ち寄らずに大鉢を回って帰ろうとしたが、あまりの藪漕ぎに引き返す。後で地元の人に聞くと、大鉢の縁は特に夏は草が茂って歩きづらいとのことだった。ここは素直に杵島岳山頂に戻る。
下山時ふと顔を上げると正面に、先日登った優雅な烏帽子岳が見えた。この二つの山は、お互いの姿を山の上から確認しつつ続けて登るのが面白い。山容を目で見て、その形を足で辿り確かめる、これこそが阿蘇の中央火山群を登る醍醐味である。
3つの火口が仲良く並ぶ往生岳
米塚と同様、阿蘇富士と呼んであげたくなるように優雅に裾野を広げる烏帽子岳
阿蘇五岳の一つで、草千里ケ浜の北にそびえる。駐車場400円(阿蘇山上駐車場共通券)。駐車場の一番奥の先に続く遊歩道から道標に従い登山口へ。山行タイムは往復約1時間45分。山頂までは舗装された遊歩道と木の階段が続く。山頂から西回りで北面へ行くには崩壊箇所を通過するため、不安な場合は東回りでのピストンがおすすめ。大鉢の東側は藪漕ぎ箇所があり分かりづらい。駐車場を挟んで南側には阿蘇五岳の烏帽子岳が。時間に余裕があれば、合わせて登ると眺望の変化を楽しめる。
約80の源泉を有し、夏目漱石や種田山頭火、与謝野鉄幹、晶子などの文人も訪れた内牧温泉には、「町湯」と呼ばれる昔ながらの公衆浴場が点在する。100円~200円で入れるところもあり、違いを楽しみながら数カ所巡ってみるのもいい。
阿蘇インフォメーションセンター
0967-34-1600
草千里から、県道298号を阿蘇ファームランド方面へ向かう途中にある公園。夕方に訪れると西日に輝く草原が美しい。秋はススキ野原に。大きな駐車場とトイレがあり、東屋が点在しゆっくり過ごせる。阿蘇に名残惜しくなったらここでのんびりしてから帰ろう。
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