絶海の孤島「対馬」の自然と文化を堪能する、大人女子のアドベンチャーツアー

その地理的環境により古くから大陸との結びつきが強く、世界と日本をつなぐ文化的な中継点をになってきた長崎県・対馬。近年では蒙古襲来を扱った海外ゲーム『ゴースト・オブ・ツシマ』のヒットもあり、歴史的な観光スポットとしても注目を集めていますが、意外や知られていないのがアウトドアフィールドとしてのポテンシャルです。独自の地質や生物相が織りなす野性味あふれる風景をたずねて──「顔の見える食卓作り」をテーマに日本各地の食文化を発信している”旅する料理人”の三上奈緒さんが対馬を巡ります。

2023.02.28

Jun Kumayama

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ヒトツバタゴにいざなわれ

ナンジャモンジャの異名をもつヒトツバタゴ

「わたし、この直前まで岐阜県の中津川から郡上、名古屋と移動してきたんですけど、名古屋城に『ヒトツバタゴ』という木が生えていて、実は木曽川沿いと対馬にしか自生していない珍しい木だと知ったんです。『え、これから対馬に行くんだけど』と、まるで呼ばれたような気がしました」

そう話すのは、「顔の見える食卓作り」をテーマに、海山川などのフィールドに野外キッチンをこしらえ、食を通じた全国各地の風土や生産者の魅力を発信している三上奈緒さん。

右から旅する料理人・三上奈緒さんと、お友達の金田悠さん、川合沙代子さん

そんな“旅する料理人”の三上さんが初めて訪れるのが、長崎県対馬(対馬市)。人口28,000人ほど、東シナ海と日本海をへだてる玄界灘に浮かぶ、日本で3番目に大きな島です。あらためて地図でその位置を確認すると、九州本土よりもむしろ朝鮮半島に近い同島。近いもなにも大昔は地続きだったわけですが、やがて縄文海進(最終氷期以降の縄文時代、温暖化により海面が上昇したこと)で離ればなれになった以降も大陸との結びつきは強く、世界と日本をつなぐ文化的な中継点を長年になってきた歴史があります。

ゆえに蒙古襲来(鎌倉時代)や朝鮮出兵(戦国時代)をはじめ歴史的エピソードは枚挙にいとまがないのですが、意外と知られていないのがアウトドアフィールドとしてのポテンシャル。対馬暖流が流れる豊かな海は、釣りはもちろんシーカヤックやSUPの穴場として知られています。また、その独自の地質や生物相が織りなす野趣あふれる自然のなか、登山やマラソン、サイクリングを楽しむことができるのです。かくいうYAMAPも同地の秘めたる可能性を感じ、対馬市との取り組みで大人向けのアドベンチャーツアーを設計したばかり。

文字通り、海から山までぞんぶんにアウトドアアクティビティが楽しめる対馬

今回はそのアウトドアアクティビティの数々を、三上さんとそのお友達が体験することに。果たして大人の女性に対馬はどう映るのか、2泊3日の模様をお届けします。

お肉はどこからやってくるのか──狩猟・ジビエ体験(daidai)

対馬で捕れたシカやイノシシの革製品で作るレザークラフトの購入、ワークショップも体験できるdaidaiオフィス。写真はシカの革で作られたケースなど

島の玄関口、対馬やまねこ空港へ着くなり向かったのが、対馬の中心・厳原(いづはら)の市街にある「daidai」のオフィス兼ショップ。もともと地域おこし協力隊として対馬に移住した獣医の齊藤ももこさんが、地域の悩みのタネであるイノシシやシカといった害獣を資源として活用することで人と野生動物が共存できる社会を目指したいという想いで、立ち上げた組織なのだとか。地域の猟師とdaidaiスタッフが狩った獣の肉は、食肉や加工品として販売。革もキーケースやアクセサリーとして販売するほか、レザークラフトのワークショップもおこなっています。

そんなdaidaiで体験できる対馬アドベンチャーは、ずばり「狩猟・ジビエ体験」。対馬の山々にわけいり、罠にかかった獲物を屠るところから鮮度の高いうちに食肉としてさばくまでを見学する、いわば食卓に並ぶお肉がどこから来たのかを知ることができるツアーです。

「対馬の規模を考えるとシカの場合3500頭程が適正なんですが、現在は人口より多い4万5000頭もいます。獣害は農業や林業だけでなく、生態系をも破壊し水産業にまで影響します。かたや狩猟の担い手は高齢化で60代以上が8割。そこをぼくらみたいな若者がちゃんと継いでいかないと」と危機感を募らせるのは、ガイドの武田竜典さん。

神妙なおももちで「止め刺し」の瞬間を見つめる

この日はシカがかかっているとのことで、厳原から車で30分ほどの山間部に向かいます。現場にはすでにベテランハンターの木屋繁義(77歳)さんと、シカの解体処理担当の松井優樹さん(71歳)が我々の到着を待っていました。11月とはいえ風のない山あいは日の光さえ差せばのどかなもの。檻に閉じ込められたシカは妙におとなしく、お二方の手際のよさもあり激しく暴れるでも派手に血が流れるでもなく、あっという間に止め刺しは終わったのでした。

獲物は、役所に届け出るため長さを計測して写真撮影したのち、2014年にリニューアルしたという対馬猪鹿加工処理施設へ。こちらで松井さんが見事な手さばきでシカを「もも」「背ロース」「肩ロース」と各部位にさばいていきます。この解体技術を松井さんは定年後の62歳から習得したというのですから驚きです。

ときに参加者は、皮剥ぎや解体を手伝うことも

「狩猟体験ツアーはいろいろあると思うんですが、止め刺しまでキチンと見せてくれるのは良いと思います。肉を食べるために、生き物を殺す必要があるのは当たり前のことなんですけど、つい忘れてしまいがち。刺激的だけど命をいただいている以上、きちんと知ることは大事ですよね」とは三上さんの感想。

対馬ではこの解体作業を中学生が授業で見学し、そのジビエもまた給食で供されるのだとか。対馬ならではの命の循環と豊かな暮らしを垣間見たツアーとなりました。

海の厄介者を食べて一掃──海遊記体験(丸徳水産)

「肴や えん」でいただいたイスズミのメンチカツ

続いて一行が訪れたのが、対馬を上対馬と下対馬にへだてる万関橋(まんぜきばし)のたもと、三浦湾・久須保浦(くすぼうら)にある丸徳水産です。同社は、対馬出身ながらダイバーとして県外で従事していた犬束徳弘さんが脱サラして始めた水産会社。養殖から加工、飲食店経営、さらには海洋保全活動まで、「対馬の海を守る」を社是に家族一丸で経営しています。

実はランチでお邪魔した「肴や えん」も同社が手がける事業のひとつ。そちらでいただいたメンチカツやすり身串は、海藻を食べ尽くし「磯焼け」という環境悪化をもたらす害魚の「イスズミ(そう介)」「アイゴ」を美味しくいただけるよう加工したもの。この「そう介プロジェクト」もまた同社の事業の一環ですが、今ではジビエ同様に学校給食に取り入れられているなど、少しずつ認知が高まっているのだそう。

漁船に乗り込み、万関橋を海から見上げることができる海遊記ツアー

そんな丸徳水産がプロデュースするのが「海遊記」と銘打った体験ツアー。海遊記では、漁師の仕事場である漁船に乗り込んで養殖や磯焼けの現場を見てまわるだけでなく、島に流れ着いた海洋ゴミ拾いや釣り体験までおこなうという、漁業見学とマリンレジャーを一度に楽しめる欲張りなもの。釣りでは8〜9kgのタイやヒラメがかかることもあるという社長の弁にどよめく一同。

長靴とライフジャケットを装着したら、いざ乗船。まずは観光名所でもある万関橋をくぐり抜けます。1900年、日露戦争のため旧大日本帝国海軍によって、西の浅茅湾と東の三浦湾のあいだを彫り抜かれた万関瀬戸。約40メートル幅の運河にかかる真っ赤なアーチ橋は現在で3代目だそう。

いけすには丸々と太った養殖サバが出荷を待つばかり

続いて向かったのは三浦湾に設置した同社のいけす。養殖されているサバは近隣の漁師から買い取っているという市場価値のない雑魚たち。それをしっかり育てて市場に出荷しているのだとか。息子の犬束祐徳(ゆうとく)さんがいけすにエサを投げ入れると、猛烈な勢いでサバの群れが食らいつきます。

しかしそのすぐ傍では磯焼けの現実も。海水温上昇によって棲みついたイスズミやアイゴによる海藻の食べ尽くしはもちろん、ウニの一種であるガンガゼによる被害も甚大で、1980年代に比べると対馬の水揚げ高は1/3まで激減しているのだか。また、例年漂着する海洋ゴミも5万8000平方mにもおよぶなど、海をめぐる深刻な現状を次々と目の当たりにします。

大物?のアイゴを釣り上げてご満悦の三上さん

最後はマグロのいけすを見学したのち、釣り体験。道具一式を用意してくれるだけでなく餌も仕掛けもすべてセッティングしてくれるため、ただ糸をたらすだけの大名釣りです。こんなのでいいのかな?と恐縮しつつも、釣り上げれば雑魚でも楽しいもの。残念ながらタイやヒラメの舞い踊り、とはいきませんでしたが、お三方も学びから遊びまで三浦湾を楽しみ尽くすことができたようです。

信仰心に守られてきた原生林──白嶽登山

低山ながらその山容ゆえ荘厳な雰囲気をかもす白嶽

対馬2日目は、古来より霊山として崇め祀られている白嶽(しらたけ・518m)への登山からスタートです。ガイドを担当するのは対馬観光物産協会の西護さん。NHK番組『ブラタモリ』の対馬編で案内人として出演した西さんは、対馬で生まれ育ち同島の自然を知り尽くした、自他ともに認める「変わり者」だとか。

なんでも答えてくれる西さん。まさに対馬の生き字引き

「白嶽は山全体が白嶽神社の境内なのですが、ざっくり行程を説明しますと登山口から途中にある鳥居までゆるやかな道のりで45分。そこから山頂まで距離は短いんですが急峻でもう45分かかって、合計1時間半で登れる山です。注目していただきたいのは植生で、鳥居までは人の手が入った人工林なんですが、そこから先は神域なので手つかずの原生林です」

というような調子で白嶽の植生にはじまり、地質、生きもの、歴史、山岳信仰、果ては日本人のルーツまで、三上さんはじめ女性陣の質問攻めにも次々と答えていきます。さっと登ってしまえば山頂まで1時間半程度の山ですが、解説ひとつひとつが興味深く、随所で立ち止まってしまうためなかなか距離が稼げません。

道中にはキウイの原種、シマサルナシも。思わず試食する三上さん

結局、山頂の雄岳にたどり着いたのは出発から2時間半後。後半には鎖場や岩場もあり、低山ながらアルパインクライミングのスリルもたっぷりです。山頂からの景色はさえぎるものが何もなく、対馬南部をぐるっと見渡せる大パノラマ。わずか標高500mちょっとの山とは思えないほどの眺望でした。

「信仰心の厚い地元の方はふだん山頂を踏むことはないと聞いて、やっぱりどこか恐縮して登りました」とは三上さん。「個人的には縄文時代が気になっているので、こうした手つかずの霊峰には縄文時代からの原生林が残っているのかも、という西さんの説は面白かったですね」とも。

山頂・雄岳も絶景ですが、途中の「岩のテラス」もおみごと

下山後は郷土料理の対州そば。タチウオの天ぷらが絶品!

慣れない山歩きにぐったり、かと思いきや、依然元気なお三方。

2日目の午後は「もっと対馬を知りたい!」とのリクエストから、ランチの後にアドベンチャーツアーのひとつ「万松院と清水山城跡」のハイクへとなだれ込んだのでした。

対馬人の気質をたずねて──万松院と清水山城跡

万松院、百雁木(ひゃくがんぎ)を登る

万松院は、対馬藩主・宗家の菩提寺として1615年に20代目善成が、父・義智を弔うために創建した古刹。室町時代から朝鮮と友好関係を結び、日朝貿易の恩恵にあずかってきた宗家ですが、一方で豊臣秀吉による朝鮮出兵やその後の徳川幕府による戦後補償なしの国交回復など、その地理的特徴から難題に翻弄され続けた立場でもありました。

ときには日朝双方をあざむきながらも両者から厚い信頼を得る。その証がそこかしこに残された万松院に、対馬人のしなやかさをうかがい知ることができます。

徳川歴代将軍の位牌が安置される万松院は、それほどまでに幕府からの信頼が厚かった証とも言われているとか

ハイライトはなんといっても132段の石段が続く百雁木。その先には宗家代々の墓所・御霊屋(おたまや)がひっそり。歴史のいたずらに振り回されながらも日朝関係を守りぬいた19代義智の墓が小ぢんまりとしているのに対して、息子・善成の墓が立派なところに哀愁が漂います。

対馬の玄関口、厳原を見下ろす

白嶽に百雁木と太ももパンパンではありますが、そのまま万松院のお隣にある清水山城跡に登ります。といっても、わずか標高210m。ここは、朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際に、豊臣秀吉の御座所として築かれた山城。一ノ丸、三ノ丸といった石垣からは厳原の町並みや港を見渡すことができます。

明け方には日本海からのぼる朝日も拝める清水山城跡。万松院とともに対馬旅行の拠点・厳原からもっとも近く手軽に楽しめるアドベンチャーツアーと言えるかもしれません。

郷土料理ろくべえに舌鼓──浅茅湾シーカヤック(対馬エコツアー)

波風が立ちにくく初心者に優しい浅茅湾

対馬旅のラストを飾るのは、対馬西岸に広がるリアス式海岸の浅茅湾(あそうわん)でのシーカヤックです。日本語で「溺れ谷地形」と呼ばれる複雑に入り組んだ、その沿岸距離は実に387km。この3日間で対馬南部をあちこち走り回りましたがどこまで行っても浅茅湾から逃れることはできず、まるでお釈迦様の手のひらで泳がされる孫悟空の気分です。

それはさておき、外洋の波風の影響を受けにくい地形ゆえに、初心者にとっても絶好のシーカヤックスポットとしても知られる浅茅湾。三上さんはガイドと同乗しましたが、もうひとつのタンデムカヤックには未経験の金田さんと川合さん2名で乗り込みました。

城山に向かうにつれ正面に石英斑岩の岩壁が迫ります

ツアーは美津島町箕形からスタートし、浅茅湾を北上。右手にそびえる城山をぐるっと周り、667年に築城された「金田城」へと上陸。その後、浅茅湾の入り口にある無人島・明礬島に向かいお弁当とともに郷土料理のろくべえをいただくという行程です。

初日に乗船した、パワフルな丸徳水産の漁船とは打って変わって、人力のシーカヤックは静かでのどか。水面との距離も近く、無心にパドルを漕ぐだけでマインドフルネスの境地にいたりそうなほどにチルです。

途中、城山に上陸し金田城を巡ります

あまりに透明度が高いため山々の濃い緑に染まった海は、よく目をこらすと巨大な牡蠣がそこかしこに。ついでに海の厄介者ガンガゼの姿も確認でき、ここでようやく「初日からの問題が繋がった」と一同。つまりは、山で増えすぎたシカやイノシシといった獣たちが植生を破壊し、土砂を海へと流出させることで(海水温の上昇とともに)海の生態系にまで影響を及ぼしている。海抜ゼロメートルから白嶽はじめとした山々を見上げることで、対馬が抱える課題が腑に落ちたようです。

とりわけ三上さんが激しく関心を寄せたのが、シーカヤックツアー、そして対馬アドベンチャーツアーの大団円を飾る無人島でのお昼ごはんでした。

ろくべえとおにぎり弁当。冷えた体に温かい汁物がありがたい。お弁当箱もゴミの出ない「わっぱ」とこだわりよう

対馬エコツアーの代表・上野芳喜さんが現地で調理した郷土料理ろくべえは、さつまいもを発酵させて作るうどん状の保存食。青カビを使って発酵をうながす製造方法は、世界中を見渡してもブルーチーズとろくべえだけとのことで、いかに希少な食文化であることがうかがえます。

味付けは、お雑煮にも似た具だくさんのすまし汁スタイル。上野さんの奥さんが手作りするという、わっぱ入りのおむすび弁当とともにいただけば、程よい運動の疲れと絶好のロケーションともあいまって最高のごちそうとなりました。

かなたに昨日登った白嶽。人工物も少なく古代から大きく景色を変えない浅茅湾は、遣唐使・小野妹子や防人(さきもり。奈良・平安時代の島の防備にあたった)が見たままの姿を今に伝えます

過去から学び、未来に活かす。対馬は日本の縮図

浅茅湾の北側、和多都美(わたづみ)神社から臨む夕焼け

最後に「ひとつひとつが個別のツアーのようでいて、実はこの3日間が楽しみながら学べるひとつのスタディツアーだったのかも」と三上さん。

その心は?

「普通の観光旅行だと対馬の良い面だけを見てまわって終わっちゃう。でも、こうして3日間かけて歴史から自然まで自分で体を動かして触れて、現地を知る案内人の方の話に耳をかたむけることで、土地への理解が深まるんだなと実感しました。みなさんがどんな思いで暮らしているのか。それを知ることは、先人の知恵をいただくことにも繋がると思うんですよね」

それもこれも単なるアクティビティではなく、送り手のメッセージやストーリーが入っているから体験としての厚みも違った、とも。

「国境とは、日本人とは、自然とは、いったい何だろう。大いなる歴史の延長線上にある今を生きる自分について、見つめ直す時間でした。

そして、ジビエ、磯焼け、海洋ゴミ、消えゆく伝統食といった課題は、日本の各地でも同様に起こっている事象です。これら地域課題に取り組んでおられる今回出会った方々の話には、胸が熱くならざるを得ません。

昨今は世界情勢も不安定であり、環境問題も深刻な時代ですが、過去から学び、未来に生かすヒントが、この対馬にはあると感じました思います。まさに、日本の縮図。

対馬は日本人として生まれたのなら、一度は訪れるべき土地だと思います」

●アクティビティ
狩猟・ジビエ体験(daidai)
海遊記体験(丸徳水産)
白嶽登山
万松院と清水山城跡
浅茅湾シーカヤック(対馬エコツアー)
上対馬サイクリング

原稿・写真:熊山准
モデル:三上奈緒、川合沙代子、金田悠

Jun Kumayama

WRITER

Jun Kumayama

WRITER

ライター/アーティスト。好きなものは山と旅とアート。ライフワークは夕焼けハント。アバターぬいぐるみ「ミニくまちゃん」でぬい撮り活動も。現在は、東京と沖縄の二拠点生活中。