YAMAPをはじめとした登山地図GPSアプリに表示される国土地理院の地形図。さまざまな強みがありますが、何といってもずば抜けているのが、等高線によってその場所の起伏が驚くほど精密に描かれていることです。地図読みやコンパスワークのための知識を、4回にわたって紹介するシリーズ、第2回は、その等高線によって、山の地形がどのように描かれているかを、実例とあわせて紹介します。
地図読みマスターへの道|記事一覧
2023.05.28
YAMAP MAGAZINE 編集部
複雑怪奇と考えがちな山の地形ですが、実は意外とシンプルに分類が可能です。湖沼・噴気孔・凹地など“地面が陥没している場所”を除けば、イラストの通り「ピーク(山頂)」「コル(鞍部)」「尾根」「谷(沢)」「尾根と谷の間の斜面」の5種類の地形のみ。
そして現在地周辺の起伏を確認することで、自分がどの地形にいるかも容易に把握することができます。
これら山の地形のミニチュア版ともいえるのが、握りこぶしです。
・指の付け根の骨の出っぱり=ピーク(山頂)
・その間の凹んでいる部分=コル(鞍部)
・指自体=尾根
・指と指の間=谷(沢)
どうでしょう…? 山の地形が、少しでも身近に感じられるようになりましたか?
それでは、等高線(25,000分の1地形図の場合は10m間隔で表記される)から山の地形を把握する方法を紹介していきます。
こちらは、トップ画像にもなっている北高尾山稜(中央自動車道を挟んで高尾山の北側に連なる山並)の地形図です。写真画像では、ピーク(山頂・盛り上がっている場所)がいくつも続いていますね。
このピークを地形図の上で特定するポイントは、“等高線が輪っか状に1周して閉じている”場所を探すことです。輪っかに囲まれた場所は、すなわちそれより高い場所がないピークの証なのです。
このように北高尾山稜の登山ルート周辺だけでも、実に12か所ものピークがあることがわかります(ルートから外れた場所にも複数のピークがあります)。〇〇百名山などの著名な山であろうと、無名のピークであろうと「登りきって・下りはじめる」山頂部分は、このように描かれるのです。
こちらは中央アルプス・木曽駒ヶ岳(2,956m)・中岳(2,925m)・宝剣岳(2,931m)が掲載された地形図です。それぞれの山頂周囲の輪っかの形や大きさに注目してください。
木曽駒ヶ岳・中岳は輪っかが大きく、すなわち山頂部が広くなだらかであることを表しています。宝剣岳は輪っかが小さく狭く、すなわち険しい山頂であることがわかります。写真を見れば一目瞭然。木曽駒ヶ岳・中岳はなだらかな山頂、宝剣岳は尖った山頂ですね。
周囲よりひときわ高くなっているピークは、発雷時には落雷を受けるリスクが高いので、無理な登頂や長時間の滞在は避けましょう。北アルプス・槍ヶ岳(3,180m)山頂直下の槍ヶ岳山荘には雷探知警報機が設置されており、登山者へ注意を促しています。
◯◯山・◯◯岳・◯◯峰などひと目でピークであることがわかる場所もありますが、以下のような地名もピークを表しています。
【丸】大蔵高丸(小金沢連嶺、1,781m)、檜洞丸(ひのきぼらまる、丹沢山塊、1,601m)など
【頭】オジカ沢ノ頭(谷川連峰、1,840m)、トーミの頭(浅間外輪山、2,309m)など
【ドッケ・ドッキョウ】芋木ノドッケ(奥多摩、1,946m)、高ドッキョウ(静岡、1,133m)など
【森】二ッ森(白神山地、1,086m)、瓶ヶ森(かめがもり、石鎚山系、1,897m)など
【塚】腰切塚(富士山の側火山、1,496m)、米塚(阿蘇山の側火山、954m)など
【ヌプリ(アイヌ語で山を指す)】カムイヌプリ(摩周岳の別名、857m)、ニセコアンヌプリ(ニセコ連峰、1,307m)など
この他に【嵓(くら・ぐら)】も尾瀬・燧ヶ岳(ひうちがたけ)の柴安嵓(しばやすぐら、2,356m)・俎嵓(まないたぐら、2,346m)などピークを指す場合もありますが、大蛇嵓(だいじゃぐら、大台ヶ原)や俎嵓(谷川連峰)などの岩壁に名付けられるケースの方が一般的です。
ピークやその周囲の等高線を見ることで、山の形を把握することも可能です。八ヶ岳北部の蓼科山(2,531m)は地形図で見ると、ピークを中心に同心円状に等高線が広がっています。開聞岳(鹿児島県・924m)もきれいな同心円状の等高線で描かれていますが、こうした山は円錐形の形であることが想像できます。
実際に蓼科山を見れば一目瞭然、諏訪富士の別名にふさわしい秀麗な円錐形をしていますね。自分が好きな山や姿が美しいと感じた山が、地形図でどう描かれているか、確認してみるのも楽しいですよ。
こちらもトップ画像の北高尾山稜の地形図で、コルを指したものです。基本的にはピークとピークの間を探せば見つかりますが、中でも両隣のピークから連なる輪っか状の等高線が接して、ひょうたんのようにくびれている場所となります。
コルは実際の景観ではさらに明瞭で、ある山を下って隣の山に登り返す”いちばん低い場所”がコルとなります。写真は八ヶ岳最高峰・赤岳(2,899m)を下りきって中岳(2,700m)に登り返す場所にある中岳のコルです。
両側のピークに当たった風が流れ込むコルは、必然的に風が強くなりがちです。下りきって登り返すという地形から、休憩に利用されることも多い場所ですが、風が強い時には着替えたウェアやレジャーシートなどを飛ばされないように注意しましょう。
◯◯のコルという名前がついていない場所であっても、以下のような地名はコルを表しています。
【乗越(のっこし)】飛騨乗越(北アルプス・槍ヶ岳と大喰岳の間のコル)、乗越浄土(中央アルプス・宝剣岳と中岳と伊那前岳の間のコル)など
【キレット】大キレット(北アルプス・南岳と北穂高岳の間のコル)、八峰キレット(北アルプス・五竜岳と鹿島槍ヶ岳の間のコルで最低鞍部の地名は口ノ沢のコル)など
【タルミ(弛・垂水)】三条ダルミ(奥多摩・雲取山と三ッ山の間のコル)、大弛峠(おおだるみとうげ、奥秩父・国師ヶ岳と朝日岳の間のコル)など
甲州街道(国道20号線)の東京都と神奈川県の境になっている大垂水峠(おおたるみとうげ)も、小仏城山と南高尾山稜の間にあるコルです。
かつて日本国内に無数の国境があった時代、国と国との境の多くは山で隔てられていました。高い場所(ピーク)よりも低い場所(コル)を通って隣国に行く方が容易であったため、一部の例外を除いて“峠”もコルやその付近に多く存在しています。
旧甲州街道で武蔵国(現在の東京都)から相模国(現在の神奈川県)へ向かういにしえの旅人は、景信山(かげのぶやま、727m)と小仏城山(670m)の間のコル・小仏峠を越えていました。
こちらは高尾山(599m)の稲荷山コースを登っている時に出会う下り階段です。このように「登っているのに下る区間がある」「下っているのに登り返す区間がある」という経験はありませんか。もちろん地形図で等高線が輪っか状になっていれば、そこが小さなピークであることがわかります。ただしこの場所に輪っかはありません。
これは隠れピークといって、ピークとコルの標高差が10mに満たないため起こる等高線が輪っか状にならない事象です。隠れピークを見つける方法はいくつかありますが、おすすめなのは直近にあるコルを探すこと。上の地図のように、等高線がコルの法則通りひょうたんのようにくびれていますね。この隠れコルのくびれを付け根に、等高線がわずかでもふくらんでいる場所、それが隠れピークとなります。
そもそもなぜ、ピークの等高線はふくらんでいるのか、コルの等高線はくびれているのか。次に紹介する尾根と谷を知ると、理解できます。
写真は日本三大急登のひとつとしても有名な、谷川岳・西黒尾根です。地形図では、尾根はピークを起点として、標高が高い方から低い方に向かって、指もしくは半島のように等高線が張り出しています。
地形図で見ると、ピークであるトマノ耳を起点に右方向へ、清水トンネル上部へ向かって等高線が張り出しているのがわかりますね。トマノ耳からは南に天神尾根、西に上越国境稜線の尾根も派生しているため、ピークがふくらんでいるのです。
写真は南八ヶ岳の山小屋・赤岳鉱泉へ向かう北沢コースです。地形図では谷(沢)は標高が低い方から高い方に向かって、尾根よりもいくぶん鋭く等高線が張り出しており、その終点はコルとなります。斜面両側からの谷に浸食されるため、コルの等高線はくびれているのです。
地形図で見ると青い沢に沿って右方向へ、赤岳鉱泉に向かって等高線が張り出しているのがわかりますね。また、北沢の上にあるピーク・峰の松目とその右側にある2,528mピークの間のコルがくびれているのも確認できます。
尾根と谷の特徴としてもうひとつ挙げられるのが、以下の法則です。
・尾根は標高が高い方から低い方に向かって枝分かれする(支尾根・枝尾根)
・谷(沢)は標高が低い方から高い方に向かって枝分かれする(支流)
写真に写っているオジカ沢ノ頭〜川棚ノ頭の東側と天神尾根の間の地形図で、尾根と谷をなぞるとよくわかります。
この法則から、尾根を歩く登山コースでは、下りで間違った支尾根に進んでしまっての道間違い、谷(沢)沿いを歩く登山コースでは、登りで間違った支流に進んでしまっての道間違いのリスクがあることを念頭に置いて、行動する必要があります。
また尾根では、強風による低体温症、谷(沢)では増水による水難事故など、地形によって発生するリスクの種類も変わってきます。
こちらは北アルプス・白馬岳(2,932m)から見た杓子岳(2,812m)と白馬鑓ヶ岳(しろうまやりがたけ、2,903m)の写真です。稜線の右側(西・富山県側)がなだらかで、左側(東・長野県側)が急斜面になっています。
地形図で見ると写真とは逆になりますが、稜線の左側にあたる西斜面は等高線の間隔が広く(まばらな状態)なだらかに、稜線の右側にあたる東斜面は等高線の間隔が狭く(密な状態)急になっています。25,000分の1地形図の場合、等高線の間隔が1mmなら斜度22度、2mmなら斜度11度となり、斜面の傾斜がわかるのです。
また、等高線と登山道の関係でそのコースの傾斜もわかります。
・北西側から杓子岳に登るコースは等高線に対して直角なので、急な登山道
・杓子岳から南西側へ下るコースは等高線に対して斜めからジグザグなので、ややゆるやかな登山道
・杓子岳に登らない西側の巻道コースは等高線に対してほぼ並行なので、平坦な登山道
このように、地形図から登山ルートの地形や傾斜、登山道のキツさをあらかじめイメージできるようになることが、地図読みマイスターになる大きな目的なのです。
最後に奥多摩・川乗山(川苔山・1,363m)を川乗谷から登頂するコースを例に、どのような地形を歩くかをイメージしてみましょう。
・A区間:谷(沢)沿いを歩く
・B区間:斜面の南側をトラバース(横断)して歩く・途中で沢をまたぐ
・C区間:谷(沢)沿いを歩く
・D区間:尾根上を歩く
このように、歩く予定のコース沿いの地形の変化をあらかじめイメージしておくことが、安全登山にはとても重要。歩いている場所がイメージと違う地形であれば、道間違いをした可能性が高いと気付くことができるからです。
地図読みの中でも特に重要なのが、今回紹介した“等高線から山の起伏を立体的に把握する”ことです。すぐには難しいかも知れませんが、さまざまな地形図を見ることで、楽しみながらこのスキルを身に付けてください。
執筆・素材協力・トップ画像撮影=鷲尾 太輔(登山ガイド)