山道を走っていくと、唐突に開けた台地に出た。そこには集落が点在し、まさに“天空の里”といった趣がある。周囲の山々は天然の広葉樹林で満たされ、赤黄に色づいた紅葉の美しさに思わずため息が漏れた。ここは岐阜県飛騨市にある“地図にない村”。この地にある8つの集落を総称して「山之村」という名で呼ばれている。
2024.12.19
ユーコンカワイ
アウトドアライター&グラフィックデザイナー
僕がこの地に足を踏み入れるのは去年7月以来2回目だ。前回は、飛騨市×YAMAPのコラボ企画で、山之村牧場と天蓋山(てんがいさん・1,527m)を結ぶ、「YAMAP新道」の整備ツアーに同行した。
当時、天蓋山へは牧場から1.5km南下した「山之村キャンプ場」からの登山道がメインルートだったが、キャンプ場の閉鎖に伴って利用者が激減し、地域の未来に暗い影を落としていた頃。
そこで地域活性の新たな目玉として、地元有志と飛騨市がタッグを組み、観光拠点の「山之村牧場」と天蓋山をつなぐ新道を開拓。その道の要所にYAMAPユーザーが階段・ロープ・看板などを設置していき、YAMAP新道が開通した。
その整備ツアーはただのボランティア活動ではなく、山之村の文化・風土・味覚、そして地域の方や地元小学生たちとの交流も存分に味わった感動的なツアーとなった。その後、その新道を利用して天蓋山と山之村牧場を楽しむ人が増え、地域の未来に一筋の光が差したのである。
そんな中、閉鎖していたキャンプ場に新たな管理者が見つかった!という嬉しい一報が入った。山之村キャンプ場の復活により、牧場〜YAMAP新道〜天蓋山〜旧登山道〜キャンプ場を丸っと楽しめる周回ルートの設定が可能となったのだ。まさに、山之村の未来を切り開く「天空の周回道」の誕生である。
そこで新たに企画されたのが今回のツアーだ。実際に天空の周回道を楽しみながら、その道中でYAMAP新道の未整備の危険箇所に階段を設置し、ロープを頑丈なチェーンに付け替えるという作業を行うことになったのである。
去年夏に来た時とは違う秋の雰囲気。広葉樹に囲まれ、木漏れ日が美しい山之村キャンプ場に到着すると、深呼吸するだけで「空気がうまい!」と思わずニヤけてしまうような心地よさに包まれた。
集合場所の「夕顔の駅食堂」では、ツアーに先駆けて飛騨市とYAMAPの共同イベントである「FORESTWORK FIELD」が開催されていた。今回もいきなり「到着!登山開始!さあ!整備、整備!」なんて野暮なことはせず、広葉樹の森の魅力を体感したり、山里の文化もバッチリ楽しむことから始めるのだ。
このイベントでは、「山採り苗」「薪づくり&たき火体験」「韃靼そば打ち」の三つの体験のほか、キャンプ場のご厚意で「テントサウナ体験」も行われた。
また、この日は特別に、岐阜県指定重要無形文化財である神事芸能「森茂獅子(もりもじし)」の舞が披露された。人間と獅子が激しい戦いを繰り広げ、一進一退の攻防の末に獅子を退治するというもの。そこからは、厳しい自然の地での、農山村民と山の獣との共存と攻防の歴史を垣間見ることができた。
まさに広葉樹の魅力と、高地の山里文化を凝縮したようなイベントだった。僕に至っては、テントサウナが気持ち良すぎて7セットも入ってふやけてしまったほど(笑)。
ととのいチェアで横になりながら、地元の小学生が焚き火で焼くマシュマロを食べに来て笑っている姿や、天蓋山から下山してきた登山者が立ち寄ってくれたりする姿を眺めては、「ああ、YAMAP新道誕生とキャンプ場復活で、山之村が確実に元気になってきているなぁ」と実感していた。
地域活性のためにYAMAP新道を作ってきた地元の方の思いや苦労も知っているだけに、ある意味「山之村も“ととのってきた”な〜」と感慨深い思いに浸ったのである。
キャンプ場にテントを張り終えたツアー参加者が続々と集合し、夜の親睦会がスタートした。参加者は老若男女、様々な場所から集った22名。思えばこのような大人数でツアーができるようになったのも、キャンプ場が再開してくれたおかげである。
ここで飛騨市役所まちづくり観光課長の竹田さんが登場し、飛騨の立地ならではの“滞在・ベースキャンプ型登山”の魅力をプレゼンしてくれた。飛騨はアルプスなどへのアクセスもよく、地域文化もディープなものが多いので、「登山だけじゃもったいない!麓の文化や食などの魅力とセットにした“山旅”にこそ真髄がある!」と感じさせる内容だった。
今回の山之村キャンプ場をベースにした周回コースは、まさにその“滞在型山旅”を体現するに相応しいものなのである。
やがて、お腹も空いたところで夕ご飯。ここでキャンプ場から提供されたのが、「神岡とんちゃん」だ。山之村がある神岡町は神岡鉱山で有名だが、これはその鉱山の労働者によって食べられていたパワーソウルフード。明日からの登山道整備に向けて、ここでしっかりとパワーを蓄えた。
食後は、キャンプ場の方が用意してくれたキャンプファイヤーで盛り上がる。なんだか林間学校みたいな気分になって、みんな少年少女の目に戻って(でも手にはしっかりビール 笑)、大きな火を囲んで談笑していた。
年齢も性別も住む場所も違う、今日初めて会った者同士でも、火を囲んで山の話をすれば一瞬で友達になれる。各々焚き火台を囲み、今まで良かった山の情報交換などで盛り上がっていた。炎に照らされた山好きたちの顔と柔らかい時間が、なんとも愛おしく感じた。
例えば、遠回りをせず、初日から登山道整備を開始することもできただろう。でも、まずはこの地の自然・歴史・食文化を体感して、その上で参加者同士が団結することの方がとても大切なことなのだ。
むしろ、この過程すらも“登山道整備”の一環といってもいい。登山道整備は仕事じゃなく、自然と地域への愛情を具現化する行為なのである。僕は満天の星を眺め、少しニヤけながら「そう、私は今、登山道整備の真っ最中なのである」と頷き、本日6本目のビールをプシュッと開けたのであった。
翌朝、朝食は贅沢に山之村韃靼そばをいただき、本日の行動食にと、地元の「りょうし食堂」さんが提供してくれたおにぎり(なんと松茸入り!)と手作りパン、そしてYAMAP提供のナッツ&フルーツミックスを携え、意気揚々と登山道整備へと出立した。
キャンプ場から山之村牧場までは1.5kmの舗装路を歩く。通常、舗装路歩きは退屈なものだったりするが、ここでは山の上とは思えない広い空と、日本昔ばなしに出てくるような光景を見ながら歩くことができる。なんとも心地のいいウォーミングアップとなるのだ。
登山口の手前の牛舎にて、牧場スタッフでYAMAP新道の開拓メンバーでもある地元ボランティアの加藤さんと再会。ここで去年同様、整備内容の説明と、整備に必要なもの(階段のステップ、チェーン、塩ビ管など)が参加者に配られ、各々バックパックに詰め込んでいく。
今回は人数も多いので4つのチームに分かれて作業を行う。広い登山道で、散り散りになってしまうが、そんな時にありがたいのがYAMAPの新機能『グループ位置共有』だ。これは登山中に同行者の現在地がわかるもので、ルート上のどこに誰がいるかが一目瞭然の便利機能。これで安心して別行動で作業を進めることが可能だ。
背中に塩ビ管を背負った異様な集団がYAMAP新道に吸い込まれていく。知らない人が見たら、時期的にハロウィンの仮装行列か何かと思ったかもしれない。
新道を進んでいくと、去年の整備ツアー時にYAMAPユーザーが設置した階段が出てきた。それを利用して、今年の参加者たちが急登を登っていく。
階段チームが危険箇所に到着すると、「ここ、滑りやすいから下山の人危ないよね」「ここにステップあったら皆さん嬉しいかも」などと協議し、登山者目線で設置場所を考えていく。場所が決まったらツルハシでステップを掘り、ドリルで杭用の穴を開け、階段用のプレートを設置し、土を被せて平らにしていく。
いいタイミングで一般登山者の方がみえて、「ありがとうね〜。おかげで楽に登れます」と、出来上がったばかりの階段を利用して登っていく。それを「どういたしまして!お気をつけて!」と言う参加者たちの顔は喜びに満ちていた。他者のために行う整備登山は、自分のために登る登山とは違った充実感が得られるのだ。
一方、古くなったロープから強固なチェーンへと張り替えるチームも各所で奮闘。これこそ1人では絶対無理な作業で、チームならではの共同作業となった。
ギリギリの長さでチェーンを繋ぐ際、「あと5センチ!頑張って、引っ張って!3センチ!1センチ・・・繋がったぁー!」となって、拍手喝采の一場面もあり、みんな運動会時の小学生のような無邪気な笑顔に。いい大人になってから仲間と共同作業で盛り上がれるのって、意外と貴重な体験なのかもしれない。これもまた登山道整備の醍醐味の一つである。
そしてこちらも、設置すぐのチェーンを伝って親子参加チームが登ってくる。
YAMAP新道がなかったら、この場所でのこの子達の笑顔もなかっただろう。そして今後も整備をしていかなければ、その笑顔を未来に繋ぐこともできない。地域の情熱から始まったたった一本の道は、今、確実に温もりの血流となって素敵な循環を産み始めていると感じた。
各所で作業をしながら山頂を目指す。標高を上げるごとに広葉樹は色づき、落ち葉のサクサクや、カツラの木やクロモジの香りなどを楽しみながら登っていく。
ここ飛騨市の森林率は驚異の「94%」で、しかもその中で広葉樹が占める割合は「68%」と全国屈指の豊富さだ。針葉樹に比べて森には適度に日が差し込み、ここ天蓋山にも豊かな植生と美しい森が展開している。
僕自身、飛騨に出会ってから森への考え方が変わった1人。広葉樹の魅力を知り、目線が変わったことで、山の楽しみ方も格段に豊かになっていったのだ。
天蓋山の山頂から旧道にてキャンプ場へと下山した。山之村をまるっと歩いた天空の周回道の終点に待ち構えていたのは、「りょうし食堂」さん特製の猪肉入りカレー!疲れた体に染み入る美味しさで、最高のご褒美フィナーレとなった。
山之村キャンプ場が復活したことで、このような素敵な周回が可能となった。これは確かに登山ではなく「山旅」であり、通常の登山では感じることのできない充実感を味わった。
遠く宮城県から移住し、このキャンプ場を管理することになった濱﨑さんは、「ここは本当に自然が濃くて綺麗。山之村の人たちは野菜とか持ってきてくれるし、車がパンクした時なんかもすぐに助けに来てくれたりして、本当に優しいんです。自然も含めて、村としてみんなが共存している感じがとても好きですね」という。
YAMAP新道が「血流」だとすると、麓のキャンプ場や牧場はまさに「臓器」の役割だ。これらが健全につながることで、地域は呼吸をし、血を通わせ、温もりと活気を取り戻していく。そして、街から来た登山者も、濱﨑さんをはじめ、地元の人との交流を経て山之村が好きになり、関係人口として通うようになる。この周回道が描き出す「円」は、やがて「縁」となって山之村を未来に繋いでいくことだろう。
今回の天蓋山以外にも、飛騨市には素敵な自然が多く点在している。その一つ一つに今回の山之村のような「物語」があり、地域の人と外から来るファンの人たちの「縁」がつながり始めている。
今回のレポートを読んで、「飛騨市って今まで行ったことなかったけど興味出た!私もその縁につながりたい!」という人や、「元々飛騨の山や自然が好き!気の合う仲間や地域の人と一緒に自然を楽しみながら守っていきたい!」という人もいることだろう。
そんな「つながりたい」人たちに向け、飛騨市さんから嬉しいお誘いが届いた。以下を読んでピンときた人は、ぜひ『山部(やまぶ)』の門を叩いてみよう!
飛騨市ファンクラブ『山部(やまぶ)』発足!
~ 自然・山歩き・登山好きの皆さん!飛騨市でつながろう! ~
飛騨市は『木の国森の国』を謳う岐阜県の北端にあって森林が94%を占める大自然に恵まれたまち。そんな飛騨市には、“岐阜の宝もの”に認定された「天生湿原、池ケ原湿原、深洞湿原」などの湿原をはじめ、比較的気軽に登ることができる天蓋山(1,527m)、安峰山(1,058m)、白木峰(1,596m)・小白木峰(1,437m)などの山々や、北アルプス薬師岳~黒部五郎岳間の稜線に位置する北ノ俣岳(2,662m)など、自然や山歩きが好きな皆さんのレベルに応じた非常にバリエーション豊かなフィールドが点在しています。
そこで飛騨市は、こうしたフィールドを活用し、全国の自然・山歩き・登山好き(+飛騨市が好き)など、共通の趣味を持つ皆さんが自然と触れ合う様々なプログラムを通じ、友達づくりや情報交換など、新しいつながりづくりの場を提供すること目的に、飛騨市ファンクラブ部活動の中に新たに「山部(やまぶ)」を設立します!
合言葉は「飛騨市でつながろう!」。
皆さまの入部を心よりお待ちしております!
【入部要件】
・飛騨市ファンクラブ会員の方(飛騨市が好きな方!)
・自然や自然を活用したアクティビティ(トレッキング、登山など)が好きな方
・活動を通じて同じ趣味を持つ方とつながりたい方
【具体的な部活動】※予定
◯自然保全活動(飛騨市「ヒダスケ」プログラムへの参加※)
・池ヶ原湿原、天生湿原、深洞湿原の生態系保全活動(外来種除去作業など)
・天蓋山、安峰山など市内登山道維持・整備活動
※「ヒダスケ」とは
◯企画山行(市内の多様なフィールドを活用したトレッキング・登山イベント)
例)北アルプスの展望台を歩く 安峰山、天蓋山、白木峰等トレッキング
ガイドと歩く「北飛騨の森を歩こう!」
早春のスノートレッキング など
◯森歩きをより楽しくする学びのイベント
例)こんなにある!「登山道脇に自生する薬草を知ろう!」
森のプロと歩く「森や樹木を知って山歩きをもっと楽しく」 など
◯宿泊型交流イベント
例)飛騨の文化・食を楽しむ山旅(飛騨市内にベースを設けたトレッキングツアー)
FORESTWORK FIELD in 飛騨山之村(山之村キャンプ場をベースに天蓋山を登るツアー) など
※このほか「部員」の皆さんからのご提案やご要望により様々な企画を準備予定です。
【入部方法】
1 飛騨市ファンクラブ会員の方
飛騨市ファンクラブ部活動募集ページから「山部」を選択のうえお申込みください
2 飛騨市ファンクラブ会員以外の方
まずは飛騨市ファンクラブにご入会ください。会員の皆さまには飛騨市内の宿泊特典対象施設にご宿泊の際「さるぼぼポイント(電子地域通貨)」2000ポイント(2000円相当)贈呈のほか、様々な特典があります。
飛騨市ファンクラブ入会ページからお申込みください。
※お申し込み後、約2週間で会員証が送付されます。
※飛騨市ファンクラブ入会の後、上記「1」の手順にてお申込みください。
【山部の活動に関するご連絡】
飛騨市ファンクラブ入会時に登録いただいたメールアドレス宛にご連絡いたします(近日中にLINEを活用した新たな手法に移行予定です)。