「北アルプスの麓で暮らす」登山好きが体験した長野県大町市の移住ライフ

長野県大町市は「北アルプスの玄関口」として知られる自然が豊かな街。ここ数年、この街には自然に魅せられて移住する登山好きがどんどん増えているそうです。

今回は、美しい自然に魅了され大町に移住した山好きさん2組の生活をご紹介します。現地を訪れたのは人気登山系YouTubeチャンネル「オトナ女子の山登り」でもお馴染みのモデル・山下舞弓さん。ご自身も長野に移住した経験を持っています。

そんな山下さんをナビゲーターに、移住した人たちの思いを聞いてみました。いったい彼らはどんなきっかけで大町に移住し、どんな暮らしを送っているのでしょうか?

2021.06.18

寺倉力

編集者+ライター

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自然のなかでのびのび暮らす | 宮川さんファミリーの場合


あたりは見渡す限りの田園が広がり、緑の里山の背後には後立山連峰の険しい稜線が頭をのぞかせている。宮川徹(とおる)さん、千鶴(ちづる)さん一家が暮らすのは、そんな絵に描いたような「北アルプスの麓」だった。

ここは信濃大町駅がある市街中心部からクルマで10分程度と利便性も高く、30分圏内には北アルプスの登山口が複数あり、最寄りの温泉やスキー場までは10分も掛からない。山が好きな人だったら、まさに一度は暮らしてみたいと思える環境だ。

自宅の玄関を出ればすぐに北アルプスを見渡せるロケーション

「結婚してすぐの頃は二人でよく山に登りました」というのは奥様の千鶴さん。「ここなら登山口も近いし、うらやましいですね。お二人でどんな山に登ってきたんですか?」と尋ねるのは、今回、ナビゲーターとして参加している山下舞弓さん。登山系YouTuberとして人気の山好きモデルさんだ。ところで、うらやましいのはこの環境? それとも新婚夫妻の山登り?

「天気がいいなと思ったら、パッと登りに行けちゃいますからね。どこが最初だったかしら? 常念岳、燕岳、爺ヶ岳……。う〜ん、いろいろ登りましたけど、あまり覚えてないんですよね」と千鶴さん。「最初は軽めの八方じゃなかったかな」と徹さん。

「僕はスノーボード好きでバックカントリーも滑っていたのですが、夏山を登り始めたのは大町に移り住んでからです。いい山がたくさんあるよ、って人からは聞いていたんですけどね。それが1回登ったら楽しくて、今度の休みにはまた山に行こう、ってなりましたね」

考えてみれば、宮川さん一家の住む大町市は、南は常念岳から北は白馬三山の各登山口まではクルマで小一時間圏内で、針ノ木岳や爺ヶ岳に至っては家から15分程度でしかない。家の近所にある最寄りの山が北アルプスというウソみたいに恵まれた環境だ。

「今は子どもがいるからあまり登れなくなりましたが、一番下の子が体力ついてきたら、今度は家族で登山をする予定です。行かないともったいないですしね」と千鶴さんは笑う。

1回だけの人生なのだから


神奈川県に住んでいた宮川徹さんがこの地に移り住んだのは10年ほど前だった。移住の理由を端的にいうなら、都会生活からの脱却だ。当時、都内に本社のあるメーカーに勤務して8年目という働き盛りの30歳だったが、移住のために思い切って会社を辞める決断をした。

「1回だけの人生なのだから、やりたいことはやっておこうと思っていました。そういう意味では、あまり迷いはなかったですね」と徹さん。

「このまま一生都会に住むのかと考えたときに、それはちょっと違うなと思ったんです。毎日満員電車に揺られる通勤もすごく嫌でしたしね。そう考えたときに頭に浮かんだのは、学生時代から馴染みがあり、楽しい思い出が詰まった大町だったんです」

徹さんは岐阜県で生まれ育ち、松本市にある信州大学に進学した。もともと山やアウトドアとは無縁だったが、学生時代にスノーボードと出合ったことで、毎年シーズンパスを買うほど熱中した。その当時、通っていたのが、今ではHAKUBA VALLEYと呼ばれる大町市、白馬村、小谷村の各スキー場だった。

白馬や大町に滑りに通っていた頃の1枚。乗鞍岳でのバックカントリースノーボード

就職してからもスノーボード熱は冷めず、冬になれば、仕事を終えた金曜夜に神奈川を発ってクルマを走らせ、白馬や大町で滑ってから日曜深夜に帰宅するという雪山通いが毎週続いた。その過程で、白馬や大町に住む滑り仲間が増えていったという。

「移住先としては白馬も頭に浮かんだのですが、適度に街があって田舎過ぎないというバランスが良かったのでピンポイントに大町を考えました。なにかあれば松本までもすぐに出られる場所でしたしね」

移住しようと決めてからは、まず物件情報をチェックすることから始めた徹さん。そのなかで見つけたのが今の住まいだった。リビングダイニング以外に6部屋もある大きな一軒家だが、中古物件で周辺でも格安だったこともあって即決。会社を辞める前に物件を購入していたという。

「最初は家を買うというイメージはまったくなかったんですけど、では大町ではどのくらいの価格で買えるのだろうかと試しに調べてみたら、考えていたよりはるかに安くて驚いてしまった。ならば、いっそのこと買ってしまおうって。その段階で移住が決まった感じです」

大町に家を買った徹さんは、その年の秋には会社を辞めて大町に移住した。そして、すぐには仕事に就かず、ここぞとばかりに毎日のようにスキー場に通って滑ったという。その結果、シーズン滑走日数は130日。冬から春までほぼ毎日である。

「あんなことはもうできないと思いますが、けれども、会社を辞めたらとにかく滑ってやろうと最初から決めていましたからね。退社の際には当時の上司から『仕事はどうするんだ』と心配されましたが、じつは何も考えてなかった。まだ独身だったこともありますが、まあなんとかなるだろうって。しばらくは近くのコンビニでアルバイトをしながら、ハローワークに通いました(笑)」

徹さんがスノーボード仲間を介して千鶴さんと出会ったのは、それからしばらく後だった。その頃は市内にある飲料水関係の工場に就職していたが、現在はそこからさらに転職して、同じく市内にある大手化学工業会社の工場で生産管理の仕事に就いている。転職で仕事をステップアップさせたのは、新たに始まろうとしていた千鶴さんとの結婚生活に備えてのことだった。

大町移住生活のリアルな現実とは

大町市に移り住んで来年で10年。この土地で生まれた3人の子どもたちも元気いっぱいに育ち、順風満帆な大町ライフを満喫している宮川夫妻に、あえて移住して困ったこと、たいへんだったことなど、大町移住生活のリアルな現実を聞いてみた。

「たいへんだなって思ったのはそんなになかったけど…、雪かきくらいですかね。大町は白馬よりは雪が少ないところですが、この辺は少し積もるんですよ。でも、3、4年前に除雪機を買ったのでだいぶ楽になりました。雪は積もるけど、不便だと感じることはないですね」と宮川さん。

続いて千鶴さんは、「私は長野市出身なんですけど、最初の頃はほんとに右も左もわからなくて、よく道に迷いました。景色が似ていて、どこも同じ景色に見えちゃう。目印がないんですよ。それで家にたどり着けなかったことが何度かあります(笑)」

「僕はこの環境が気に入っているんですけど、今思うと、もう少し南の土地のほうがよかったのかなと思うこともあります。子どもたちの学校が遠いんですよ。それに高校生になって、ほかの町の高校に通うことになったら不便でかわいそうかなって」と宮川さん。

「小学校までは3kmあって歩くと40分かかるんですよね。でも、スクールバスが来てくれるのでそこまで不便ではありません。そういうフォローはしっかりしているので住みやすいですし、子育てのしやすい町だと思います」と千鶴さん。

そんな話をしている家の外からは、3人の子どもたちが仲良く遊ぶ元気な声が聞こえている。あれほどスノーボード好きだった宮川さんも、最近では3人の子どもたちと一緒に滑るために、やったことのなかったスキーを始めたという。

たしかに豊かな自然環境は子どもにとって遊び場の宝庫で、交通量も限られた家の周りは親にとっても安心だ。市街地ではとてもこうはいかないだろう。それにしても、これほど笑顔を絶やさず、元気で素直。こんな子どもらしい子どもたちに会ったのも久しぶりだ。

よそから来た人を温かく迎えてくれる

さて、これから移住を考えている人に向けて、経験者として楽しく移住生活を送るためにコツみたいなものを二人に語ってもらった。

「その人の性格にもよるとは思いますが、地域の人と仲良くなることだと思います。僕は誘われて自治会と消防団に入ったんですが、よそから来た人を歓迎してくれる温かさがありました。最初は田舎だから閉鎖的で、ちょっと面倒なのかなって思っていたのですが、そんな感じはまったくない。人との関係性が広がりますし、いろいろ助けてもらえます。今では地域のなかでわからないことがあったら、なんでも気軽に聞いちゃいます。『今度の会合には絶対に出なきゃいけないんですか?』とかね」

徹さんは長年お世話になっている大町温泉郷にある飲食店「天暇楽(テンカラ)」のマスターに誘われて、地域の早朝ソフトボールにも参加している。大町市の各エリアには35歳以上が参加できる7、8チームからなる地域のリーグ戦があり、勝ち上がった1位と2位のチームは大町市の大会に出場することができるという。集合は朝の5時で、試合は週に1、2回。それが春から夏まで2ヶ月半ほど続くという。

「この辺の地域はゆるいリーグで、そんなに強くないんですが、南の地区はめちゃくちゃ強くて、気を抜いたプレーをしていたりしたら怒られたりします。でも僕のチームは、よしよし、みんなで楽しくやりましょうよって感じですけどね」

毎日が北アルプスの景色のなかで

最後に移り住んで良かったこと。これは聞くまでもないような気もするが……。

「ホントに、ふとしたときの景色がいいんです。なんですかね。通勤の途中でもふとクルマから見える景色にはっとさせられたりします。会社の窓からも北アルプスの景色が広がっているので、ああ、キレイだなぁって癒されています。日常でこんな景色が見られるというのが一番です。もう10年近くになりますが、飽きることはない。不思議ですね」

築200年の古民家を直して暮らす | 市川あゆみさんの場合


大町市街から山をひとつ越えた小さな集落に、市川あゆみさんが暮らす古民家がある。屏風のような北アルプスの景観は望めないが、代わりにどこまでも続くような里山の連なりと、緑豊かな日本の山村の原風景がここにはある。

市川さんが借りた古民家は築200年近いという年代物で、もともとの茅葺き屋根がトタンで覆われ、古民家ならではの堂々とした構えを見せている。ただ、しばらく空き家だったとのことで、最初に案内されたときは床も傾きガラス戸も割れ、とても人が住める状態ではなかったという。

そこでまずは残留物の処分を含めて家のなかを徹底的に掃除し、続いて居間の床を張り替え、玄関と居間の間に壁を造り、水回りを入れ替え、台所の改装にも着手した。古い建物だけに、床と壁にはふんだんに断熱材を入れた。そうやって住めるようになるまでに半年を要したという。

驚くことに、水回りや電気工事を除いて、そうした床や壁などリフォームのほとんどを手がけたのは、バールや丸ノコ、インパクトドライバーなど大工道具を男性顔負けに使いこなすスキルと経験を持つ市川さん自身だった。口調も物腰もやわらかなこの女性は、見かけによらないのである。

「ここは借家なのですが、驚くほど安く貸していただいています。大家さんは隣の村に住んでおられて、『空き家になっているから、好きなように使っていいよ』ということで、床を張り替えたり壁を造ったり、けっこうしっかり手を入れさせてもらっています」と市川さんは言う。

出身は三重県四日市市。もともとモノ作りが好きだったこともあり、地元の家具を扱う店で働いた後に、木工業の盛んな長野県木曽郡にある専門学校で家具作りを学び、卒業後は上田市にある家具や雑貨を扱う会社に就職して、古い北欧家具のレストアを担当していた。

そう、家具作りと建物の内装では精度やスケールが違うにしても、市川さんにとって室内の改修はお手の物だったというわけだ。そんな市川さんが大町に移り住むまでの経緯もまた、なかなかのものだ。

そうして山小屋の仕事が始まった

市川さんが上田の会社を退職して地元の三重に帰ろうと思ったのが5年前。その際、せっかく長野にいるのだから、一度は北アルプスを登ってみようと考えた。もともと市川さんは、地元でも御在所岳や鈴鹿セブンマウンテンなどで日帰り登山を楽しんでいた山好きだったのだ。そうしてウェブサイトで北アルプスをチェックするなかで、白馬の山小屋がスタッフを募集していることを知る。

「あ、これっておもしろそうって。そう思ったのがきっかけですね。じつは私、それまで一度も山小屋に泊まったことがなかったんです。で、どこかの山小屋に泊まって北アルプスを歩きたいなって思ったときに、今の山小屋のホームページがたまたま一番最初に出てきたんです。これがご縁というのでしょうか。なぜだか、そのときしっくりきたんですね」

山小屋の仲間と。写真左が市川さん

さっそく応募にした市川さんは、最初は白馬岳山頂に近い白馬山荘のスタッフとなり、途中から系列の白馬大池山荘に移り、その山小屋で毎夏働くことになる。また、小屋が閉まった冬は栂池高原スキー場で圧雪の仕事に就いている。夏は山小屋、冬はスキー場というサイクルで3年ほど過ごしたときに、この土地に自分の住まいを持ちたいと考えたという。

(左)市川さんの働く山小屋は白馬大池のほとり (右)山小屋では受付から厨房まで何でもこなす(写真は市川さん提供)

「3年くらい山小屋で働いていると、いろいろ知り合いが増えてくるし居心地も良くなってきます。そこで自分の拠点となる住処が欲しくなったんです。最初は働いていたスキー場のある小谷村を思い浮かべたのですが、小谷は雪深い土地ですし、単身なので除雪作業の心配もありました。その隣の白馬村は観光地のイメージがあって移住先としてはあまりピンときません。そう考えたときに、もう一つ隣の大町市が頭に浮かびました。

大町は観光地も近くて、同時にスーパーや病院も充実していて安心して暮らせる住環境もある。松本や長野にも出やすいですし、海なし県ですけど木崎湖があって水遊びやレジャーが充実している。あとは何と言っても北アルプスの山並みがいい具合に見える。大町の良さって、そうしたいいとこ取りだな、と今振り返ってあらためて思います」

できれば自分で改修できる物件はありませんか?


大町市で物件探しを始めた市川さんは、まずは市の「空き家バンク」に登録し、「いい物件があったら教えて下さい」と多数の友人知人に声をかけたという。そこで実際に何軒か紹介されたが、ピンとくるような物件にはなかなか出合えなかった。補助金について知りたかったこともあって、大町市役所のまちづくり交流課定住促進係を訪ねた。そして開口一番 こう言ったという。

「私はインテリアや雑貨、モノ作りが好きなので、小さくていいので一軒家を探しています。あと、1年のうちの4ヶ月間は白馬の山小屋で働いて不在になるので、家賃はそんなに高くないところでお願いします 。そして、できれば自分で自由に改修できる物件はありませんか?」

そう言われた担当者はさぞかし困ったことだろう。だが、そんな難条件をいとも簡単に解決させてしまったのだから、大町市定住促進チームのネットワークには驚かされる。これぞまさに地元の強みというものだろう。当時の担当者はこう語っている。

「改修がかなり必要な物件だったので、どなたにでも合うわけではないのですが、市川さんは改修もできるとうかがったので、それならあの家がいけるのでは、とピンと来たのです。実際に見ていただいたうえで、これはちょっと、となれば、また違う物件を探すだけですので」

「あ、ここならぴったりかも! って思いましたね」と市川さん。手間はかかるが改修し放題、それに大町市の中でも特に雪の少ない土地だった。必要な水回りの改修は大町市の補助金で目処が立ったし、あとは工期を気にせず、自分のペースで納得いくように手を入れていくだけだった。それができるのも、家賃が驚くほど安かったためだ。

もちろん具体的に書くことはできないが、大町市の市街地にある単身用の賃貸物件の月の家賃と、この古民家に支払う年間の賃貸料がそれほど変わらない、といえばおわかりいただけるだろうか。不動産業者的にいえば、4DKまたは3LDKの賃貸古家。駅から徒歩120分だが。

古民家のリフォームは現在進行形

市川さんがこの家に住み始めたのは2年前の春からだった。過疎化が進んで高齢者が中心の集落だったが、そこに移り住んできた30代の市川さんが周囲のコミュニティに溶け込むまでには時間はかからなかった。そこには山小屋で培ったコミュニケーション能力とオープンマインドな人柄が大いに役だったようだ。

「ご近所にはほんとによくしていただいていて、野菜や餅、漬物をよくいただいきます。また、春になると地区のお母さんたちと近所の加工センターに集まって、一緒に味噌を仕込んでいます。毎年、山小屋が始まると4ヶ月間も不在にしてしまうので、ここに居る間はできるだけ交流したいと思って、お父さんたちの草刈りや落ち葉かきの日もなるべく参加するようにしています」

また、市川さんはスキー場の仕事が終わる4月中旬から、山小屋に上がる6月中旬までは、近くの中山高原にある「農園カフェ ラビット」でも働いている。地元の野菜とジビエという地産地消にこだわったこの店は、大町のひそかな人気スポット。当初、期間限定で短期のアルバイトがしたいという市川さんの申し出に難色を示されたが、木工ができて、力仕事もいとわず、山小屋経験も豊富で人柄もいいということがわかると、快く受け入れてくれるようになったという。以来、市川さんにとっても、この店は地元の大事な存在になった。

市川さんの働く「カフェ ラビット」。手前の畑で採れた野菜がテーブルに乗ることも

ちなみに、この古民家に越してきて2年間で家の隅々を改修してきたが、それは現在もなお続いている。

「居間と玄関の間にはガラス戸がはまっていたんですが、冬は絶対に寒いと思ったので、剥がした居間の床材を使って壁を造りました。今は台所の壁を造っているところです。冬がともかく寒い家だから、できるだけ壁で仕切りたいんです。それを完成させたら、今度は居間の奥にある手付かずの部屋をモノ作りのための作業場にしたいなと考えています。完成は未定。まだまだ先ですね」

この家には、市川さんの木工仲間や山小屋で知り合った友達がたびたび訪ねてきては、家の改修を手伝っている。まだまだ未完成であり、豊かな夢と可能性に満ちたこの家のことを、友人たちは親しみを込めて「サグラダファミリア」と呼んでいる。

家の中は小物一つにまで市川さんの美意識が表れていた

山下舞弓さんはこう見て感じた

山下さんは名古屋出身で、ご自身も2年前に伊那市に移住した経験者。そんな彼女が2組の大町移住者を訪ねて、どう感じたのだろうか。山下さんは最後にこう語ってくれた。

「都会の人の多さや喧噪から離れたかったという宮川さんご夫妻の気持ちはすごくよくわかりますし、地域と環境に溶け込んで、三人の子ども達と生き生きと暮らす様子がとてもほほ笑ましく感じました。

市川さんは女性ひとりでたくましくDIYをしながら、理想とする暮らしを作り上げる姿に感動しました。自然に囲まれて、自分のしたいことを思うことを存分追い求める。それって最高な生き方だと思います。
私は伊那市に移り住みましたが、まだ地域の交流はあまりないのですよね。なので、正直、名古屋に住んでいた頃とそう変わらないのです。

ですが今回、宮川さんと市川さんのお宅を訪ねてお話をうかがってみると、いずれも周りの方に助けていただいたり、地域との関わり方を大事にされていることが伝わってきました。

そこには人を受け入れる大町市の心の大きさみたいなものがあるのかなと。雄大な北アルプスを眺めながらの生活には憧れますし、地域に溶け込む暮らし方はとてもうらやましく思えましたね」

大町市役所定住促進係、北澤美沙さんに聞く | 大町市移住のリアル

大町の魅力を楽しそうに話す北澤さん。移住希望者の相談にも親身に対応してくれる

——定住促進係はどんなお仕事ですか?

北澤:移住相談と、移住のための情報発信が主な仕事です。移住セミナーを都心部で開いたり、実際に大町市の暮らしを知っていただくための体験ツアーなどを開いたりしています。また、実際にこちらに住みたいときは、住まいと仕事がキーワードになるので、そのあたりの情報をご提供するための街のネットワーク作りも大事な仕事です。

——実際、住まいと仕事は見つかりますか?

北澤:市営の住宅だと、単身でも入れる雇用促進住宅は空きがあればいつでも入居できます。定住促進住宅として、薪ストーブ付きの戸建て住宅もあります。民間だと賃貸のアパートは見つけやすいですね。戸建ては手放したいオーナーさんが多いので、賃貸よりも売買物件の方があります。

仕事については、建設業と福祉関係、観光業の求人がよくでています。事務やクリエイティブな仕事の求人は少ないので、市外で働いている人もいますよ。

——農業をやりたいという方は?

北澤:たまにいらっしゃいます。そういう場合はJAさんのほうで農家を手伝っていただける方を募集していますので、まずは、いったんそういったところで実際に働いて感触を得たうえで、独立したいのであれば、そこからステップアップしていただくのがいいと思います。

——移住してくる方の年齢層は?

北澤:市役所にご相談にいらっしゃるのは、20代から40代が圧倒的に多く、50、60代は2、3割でしょうか。豊かな自然のなかで子育てがしたいというご家族と、あとはご自身の趣味。登山やスキーを身近に感じながら暮らしたいという方が多いです。趣味と暮らしの両立ですね。

——北アルプスの麓ということで登山好きの人になにか特典はありますか?

北澤:たとえばですが、体験ツアーに登山好きな方が参加されたときは、こちらで山好きな方との交流会を開いたり、市役所内にも登山好きがいるので紹介したりと、山好き同士がつながっていただけるような機会を設けています。できるだけ人のつながりを増やしたいと思いますので。

——ご相談に来てから決まるまでにどのくらいの期間を費やしていますか?

北澤:人によって違います。早い人は3ヶ月で家も仕事も決めた方もいましたし、とりあえず家だけ決めて仕事は追い追いって方もいます。また、3、4年かけてじっくり調べてこられる方もいらっしゃいます。その方の性格にもよりますね。

——移住に関する補助金にはどんな種類のものがありますか?

北澤:家を買われたり、新築された場合、マイホーム取得助成を出したり、移住してきた方限定で空き家を改修する費用を補助したり、ケースに応じたいろいろな種類がありますので、そこはご相談ください。その方に合ったコレとコレが使えますという話をさせてもらいます。

——テレワーク時代になって、移住者は増えていますか?

北澤:そういうご相談を受けることは増えてきました。今までは少なかったんですよ。やはりテレワークが進んで、必ずしも都市部で働く必要がなくなってきている方が増えているようです。北アルプスの麓に住むのが夢だったから、これを機会に、ようやくその一歩が踏み出せそうだ、といったご相談を受けることが多くなってきましたね。

——「北アルプスの麓に住む」っていいキーワードですね。

北澤:そこに憧れている方も多いです。移住フェアでは何百という自治体が出展してくるんですが、北アルプスのポスターを見て足を止める方がけっこういらっしゃいます。この山に登ったことあるよとか、え、こんな山を見ながら暮らせるの? って。まずはそこから話が始まります。

——ほかの自治体さんと比べて、大町市の定住促進チームの強みってなんですか?

北澤:そうですね、ウチのチームは4人中3人が私と同じ30代なのですが、移住してくる方は20から40代の方が多いので、「同世代の人に相談できて、安心した」とはよく言われます。同じ世代で感覚や価値観も近いからありがたかったと。

あとは、それぞれが得意な担当を持っていて、たとえば空き家についてはその担当に聞けばすぐにわかるといったように、役割分担しながらそれぞれの分野の知識を高めていって、情報共有するようにしています。ちなみに私は人と人をつなぐ担当をしています。

大町市定住促進チームの仲間たち

——子どもの頃から大町で育った北澤さんにとって、この仕事に就いてあらためて自分の街の魅力を再確認したりしませんか?

北澤:それはもうたくさんありますね。たとえば、普通に蛇口から出てくる水を飲めること。浄水器なんて付けなくても美味しく飲めますよ、という話をすると、けっこう驚かれたりします。そういうギャップで、大町って豊かな土地なんだなって気づくことが多いです。

暮らしのなかで北アルプスが見えることも、実は私たちにとっては当たり前だったんです。でも、これって普通じゃないってことが実感できるごとに、住んでいる大町という土地に誇らしさを感じます。それはこの仕事に就いたからこそ、なのかなって思っています。

——みなさん大町に来て下さいって感じですね?

北澤:もうウエルカムです! 登山やスキー、スノーボードなどアウトドアスポーツが好きな方にはぜひ。このエリアで遊んで、自ら楽しみを発掘されるような方には特におすすめですし、そんな方にはドシドシ来ていただきたいです。

——ありがとうございました。

大町市では移住の相談やイベントも盛りだくさん。大町暮らしが気になったら公式サイトをチェック!

文・構成:寺倉力
写真:西條聡
ナビゲーター:山下舞弓
取材協力:宮川さんファミリー、市川あゆみさん
協力:大町市定住促進協働会議

寺倉力

編集者+ライター

寺倉力

編集者+ライター

高校時代にワンダーフォーゲル部で登山を始め、大学時代は社会人山岳会でアルパインクライミングを経験。三浦雄一郎が主宰するミウラ・ドルフィンズを経て雑誌「Bravoski」の編集としてフリースキーに30年近く携わる。現在、編集長として「Fall Line」を手がけつつ、フリーランスとして各メディアで活動中。登山誌「PEAKS」では10年以上人物インタビュー連載を続けている。