2021年、YAMAP MAGAZINEで紹介した“岐阜のグランドキャニオン”こと「遠見山」。標高わずか272mの低山ですが、掲載後に登山者が殺到。町は大賑わいだそうです。しかしこの町にはまだまだ知られざる低山が…。その魅力を、登山YouTuber山下舞弓さんと「アウトドア“妄想“ライター」のユーコンカワイさんが紹介してくれました。
2022.10.31
ユーコンカワイ
アウトドアライター&グラフィックデザイナー
今、岐阜に『絶景低山王国』といっても過言ではない注目の町がある。その名は川辺町。岐阜県中南部に位置する小さな町だ。近年まではボートの町として知られていたが、昨年ある事をきっかけにして一躍「登山の町」へと変貌を遂げた。そう、世にいう「グランドキャニオン事変」である。
川辺町には、遠見山という地元の人くらいしか知らなかった山がある。昨年、YAMAP MAGAZINEで「その山からの景色がまるで“岐阜のグランドキャニオン”のようだぜ〜」と紹介したところ、これが予想以上にバズってしまい、めちゃめちゃ登山者が殺到したのだ。その数、記事公開前の実に約8倍(!)で、町の人も「何事だ!」と若干パニックになったほどである。
それに伴い、今までベールに包まれていた川辺町にある他の低山(遠見山含めて7つ)も注目を浴び始めた。これにより、今まで無名だった山たちは、「川辺セブンマウンテン」として、登山界に彗星のように出現したのであった。
その7山の中で今回YAMAPが注目したのは、「鬼飛山(おにとびやま)」という、恐ろしげな名前の山である。しかもこの山は、なんとあの桃太郎と深い繋がりがあるらしいのだ。
え? 桃太郎って岡山じゃないの? と思ったそこのあなた。
桃太郎伝説は全国にいくつもあり、実はここ川辺町にも古くから存在していたのである。くしくも町の中央部には、今にも桃が流れてきそうな大河「飛騨川」が流れており、その周辺には犬、猿、キジの地名がついた場所も存在し、鬼にまつわる史跡も多く残っている。伝説では、かつて川辺町で悪さをしていた鬼が桃太郎に退治され、飛ぶように逃げた山というのが鬼飛山だと伝わっている。
その伝説の真相を探るべく、今回YAMAPから特別潜入捜査員が派遣された。女性に目がなかったという鬼を油断させるため、YouTubeチャンネル「オトナ女子の山登り」でお馴染み、登山YouTuberでモデルの山下舞弓さんに向かってもらったのである。
果たして彼女は、現代の鬼飛山に潜む恐ろしい鬼を退治できるのか? その山からの景色とは一体どんなものなのか? 麓のグルメ情報も織り交ぜて、いざ、現代版の鬼退治、新桃太郎伝説の始まり始まりである!
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薄く川霧が立ち込める早朝の飛騨川。そのほとりに山下さんは佇んでいた。目の前には川辺町のシンボルとして愛されている「米田富士(268m/川辺セブン①)」がそびえ、鏡面のような飛騨川には見事な“逆さ米田富士”が投影されている。しかし、そんな美しい光景を前にして、山下さんの表情は曇っていた。
「はぁ…私一人で鬼退治とか不安…行くか、行くまいか…どうしよう…」
そんな感じで川で“選択”をしていると、飛騨川の上流から、どんぶらこどんぶらこと大きな桃が流れてきた。拾い上げて桃を割ると、なんと中から可愛らしい桃太郎が飛び出てきたのである。
「不安なら僕がお供するよ!そのかわり、きびだんご的なスイーツよろしくね!」
喜び勇んだ山下さんは、早速米田富士の麓にあるお店にワッフルを買いに行った。ここは朝7時半から営業しているので、登山前に立ち寄ることができるのだ。お腰につけて行動食として持って行けば、不意に犬や猿やキジに出くわした時にも重宝するだろう。
「おやつのプーさんハウス」
住所:岐阜県加茂郡川辺町福島473-1
営業時間:7:30~10:30 /15:30~18:00
定休日:土曜・日曜
電話:090-1626-4041
ワッフルを桃太郎に与えてお供にすることに成功した山下さん。早速鬼飛山に向かおうとすると、桃太郎はニヤリとしてこう言った。
「あわてない、あわてない。登山前に色々と立ち寄る余裕があるのが低山の魅力だよ。お弁当用においしいカツサンドでも買っていこうよ。鬼に“勝つ”っていう意味でね!」
桃太郎のドヤ顔に若干イラッときつつも、言われるがまま向かったのが、鬼飛山の登山口がある山楠公園横にあるオシャレなカフェだ。ここには「鬼飛山ランチパック」なるものが売っていて、カツサンド、みそカツ丼、タコライスの3つから好きなものを選んで山に持って行くことができる。しかも下山後、お店に行けば席で飲めるドリンク&スイーツ付き! これは意地でも鬼を退治して無事に生還しないといけないぞ。
「マッシュルームカフェ」
住所:岐阜県加茂郡川辺町西栃井1812-2
営業時間:8:00~15:30(料理L.O. 14:00)
定休日:金曜・土曜(臨時休業有り)
電話:0574-66-1066
HP:https://www.mashdesign.jp/cafe
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行動食とランチも買って準備万端。山楠公園内にあるトンネルから登山口へと潜入し、いよいよ鬼飛山(291m/川辺セブン②)の鬼退治がスタートする。
登山道を恐る恐る登っていくと、開始数分で早くも「やあ…ようこそ」という不気味な声がした。やばい! 鬼の急襲だ! と思って身構えると、そこにいたのは、驚くほど戦意のないカワイイ鬼たちの姿だったのである。
恐怖どころか、癒しが止まらない。他にも所々に鬼がいたが、そのどれもがとってもチャーミング。中には「イワカガミはこっちだよ」と親切丁寧に教えてくれる鬼もいる。どうやら彼らが悪さしていたのはもう遥か昔のお話で、今ではすっかり川辺の町に馴染んで登山者を応援してくれているようだ。
やがて第二見晴らし台へ到達。ここでは看板越しに赤鬼、青鬼、黄鬼が「おつかれさま!」と陽気に出迎えてくれた。退治をしにきたのに、めちゃめちゃ歓迎された上にねぎらいの言葉までかけてくれるとは。しかもそこから振り返ると、川辺の町が一望できる見事な展望が広がっているではないか。登山開始たった30分ほどで出会えてしまう広大なる絶景。休憩ベンチもあるし、登山道もしっかり整備されているので、これは初心者の人を連れてくるにも最高の場所である。
第二見晴らし台から10分ほど登ると、鬼飛山の山頂へと到達した。特徴的な山頂看板があり、脇ではカワイイ赤鬼くんが「まいった〜」と言いながらも笑顔で佇んでいる。鬼退治というより、もはや鬼癒しだ。現代の鬼飛山は、なんともいえない可愛らしさと優しさに満ちた、とってもピースフルな山になっていたのだ!
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山頂で仲良くなった赤鬼くんが「鬼の史跡を案内してあげるよ」というので、下山後は麓に残る鬼伝説巡りに繰り出した。鬼飛山の裏手(北側)には、鬼にまつわる3つの史跡が残っているというのだ。
まず向かったのは、鬼が桃太郎に負けて逃げる時にできたという2つの史跡。金棒を引きずって逃げた跡や、大きな足跡が残っている「鬼淵(おにぶち)」と、慌てて金棒を突いた時にできた穴が残る「イボ井戸」である。一体どんだけパニックになって逃げたらこんなことになるのか? 山下さんは赤鬼くんに「もう逃げなくていいからね」と優しく声をかけると、赤鬼は赤い顔をさらに真っ赤にして嬉しそうに笑ったのである。
その後向かったのは、大きな岩の上に、さらに大きな岩がドカンと不自然に載っている摩訶不思議なところ。「重ね岩」と呼ばれるこの場所は、赤鬼くんの話だと、むかし鬼が鬼飛山の標高を高くしようとして北の方から大きな岩を持ってきたのはいいんだけど、あまりに重くて岩の上に岩をおろして休憩し、しばらく休んでから再出発しようとしたら、重すぎて二度と持ち上がらなかったのだそう。休んでいる間にアドレナリンが枯れちゃったんだろうね。
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赤鬼くんと桃太郎に別れを告げ、前出の「マッシュルームカフェ」に戻って、下山後のドリンク&デザートを堪能した。テラス席から川辺町の田園を見下ろしながら、のんびりとこの山旅を振り返る。鬼たちの癒し、展望台からの絶景、そして低山だからこそ味わえるゆったりとした麓の時間。アルプス登山とはまた違った楽しみ方ができるのが、低山王国川辺の魅力なのかもしれない。
夜になり、山下さんが向かったのは、とある古民家の料理店だった。軒先には看板すらなく、知らない人は絶対に気づけないお店だ。実はここ、桃太郎が別れ際に「鬼退治の後は、お宝を村に持ち帰って戦勝祝いの宴をするでしょ? 実は1日1組限定の料理店があってね、そこの料理がもう一品一品が“お宝”なんだ。ぜひ行ってみてよ!」と教えてくれたお店なのである。
そこで出てきた料理は、地元で獲れたジビエや山菜を使った極上の“山料理”の数々。どれもが素材本来の味をほんの一歩だけ絶妙に押し出したものばかりで、深く、そして優しい味わいのものばかり。思わず地酒も進んでしまうものだから、ついつい頬も赤くなって「私が“赤鬼”みたいになっちゃった」と微笑む山下さん。
こうして山下さんの鬼飛山潜入捜査はめでたく終了した。穏やかな飛騨川の水面に、月が優しく映る素敵な夜なのでありました。
「山々料理せんべ」
住所:岐阜県加茂郡川辺町下麻生 2150
営業時間:17:00~23:00
定休日:月曜
電話:0574-42-8222
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桃太郎伝説をロングに楽しみたい人は、隣接する大谷山(215m/川辺セブン③)で黄鬼を、八坂山(232m/川辺セブン④)で青鬼を退治してから鬼飛山へ赤鬼退治に行くとストーリーに深みが出る。1日で一気に3山巡ることも可能だ。
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ここまでざっと米田富士、鬼飛山、大谷山、八坂山の4山を紹介をしてきたが、川辺セブンの残り3山(納古山、遠見山、権現山)についても軽く紹介していこう。この中でなんといっても外せないのが、「岐阜のグランドキャニオン」として一躍名を馳せた遠見山。山麓からピストンで登るのが一般的だが、今回はせっかくなので電車を活用して納古山からの縦走コースを歩いてみた。
納古山(632m/川辺セブン⑤)は、川辺町と七宗町との境にあり、川辺セブン最高峰の山。電車で行く場合はJR高山線上麻生駅で下車し、林道を20分ほど歩けば登山口(第2駐車場)に到達する。今回は人気の中級コースを選び、よく整備された登山道を沢筋に進んでいった。
水場を超えると急登も多くなり、何度か手を使うような岩場も出てくる。といっても危険度が高いわけじゃないので、逆に変化があって楽しんで登ることができる。道中に現れる天空の岩展望台からは、どこまでも続く山々の展望が見事で、天気が良ければ御嶽山も望むことができる。
納古山の山頂で出迎えてくれるのが、登山者たちから長年愛されているキャラクター「のこりん」だ。何気にこの子に会いにくるためにこの山に登る人も多い。この日の山頂はガスが出ていたが、晴れていれば白山や御嶽山、中央アルプスを含めた360度のパノラマ絶景が広がっているという。山頂広場にはテーブルやベンチが沢山あるので、ここで絶景のランチタイムを楽しむ登山者も多い。
納古山から遠見山への縦走はおよそ2時間の行程となる。基本的には下り基調となるので、のんびりと静かな森の中の尾根歩きを楽しめる。春には3種のツツジが、黄、紫、ピンクの色で鮮やかに競演するという。
やがて鉄塔を遠見山方面に進んでいくと遠見山山頂(272m/川辺セブン⑥)に出る。そこから少し下っていくと、見晴らし岩があり、その先に、どどーんと岐阜のグランドキャニオンの眺めが広がっているのだ。麓から30分程で登れるこの場所に、あえて納古山から2時間かけて来ることで、何やらしみじみとした感動が込み上げてくるから不思議である。
今回はこのまま下山して、下麻生駅から電車で帰るという流れだが、「まだまだ行けるぜ!」って人には権現山(396m/川辺セブン⑦)まで行く超ロングコースもおすすめだ。遠見山から一度下山し、飛騨川を越えて星神社に至り、そこから権現山をピストンするという流れである。新たに設置された第2天望台は、崖に迫り出した天空デッキから見事な眺望が楽しめるとあって人気も高い。
この遠見山〜権現山は、中間にある飛騨川を天の川にたとえて「織姫彦星伝説」として記事を書いているので、そちらもぜひ参考にしてみてもらいたい。
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登りやすく、個性があり、そして絶景展望も楽しめる川辺セブン。しかしその真骨頂は、低山で時間に余裕ができることで、麓のお店も連動して楽しめるという点にある。ここまで幾つかのお店を紹介してきたが、他にも登山に持って行きたいパンやスイーツのお店も充実しているので、そちらもご紹介していこう。
「まるパン ばーば」
県外からも多くのお客さんが訪れる人気店。店頭には文字通りまんまるの形をしたまるパンがズラッと並び、キーマカレーやオムライスが入った惣菜系から、あんバターやガトーショコラが入った甘味系までさまざまなパンを選ぶことができる。昼過ぎには売り切れることが多いので、登山前に寄ってランチor行動食として買うのがいいだろう。
住所:岐阜県加茂郡川辺町西栃井1274-11
営業時間:9:00~17:00(売り切れ次第終了)
定休日:月曜・日曜
電話:0574-42-8991
まるぱん ばーばInstagram
「カフェ めんどりや」
イギリス童話「めんどりとこむぎつぶ」に出てくる美味しそうなパンに憧れて作った手作りベーグル店。日替わりで季節のものや地のものを混ぜ込んで焼き上げたベーグルは絶品!事前に注文をすれば旬なフルーツを使ったホールサイズタルトや誕生日ケーキも作ってくれるぞ。
住所:岐阜県加茂郡川辺町比久見623-4
営業時間:10:00~18:00
定休日:月曜・土曜・日曜・祝日(不定期に土曜・祝日の営業有り。詳細はホームページ参照)
電話:0574-53-5791
HP:https://mendorisan.jimdofree.com
「mituha」
オーナー自身が2年間食べ歩きをし、そこから独自の研究をして、選び抜いたこだわりの素材のみを使って作られるシフォンサンドがもう絶品! 使う食材は季節に応じて日々変わるという徹底っぷりだ。その日の商品ラインナップはお店のインスタグラムでチェックして行こう。
住所:岐阜県加茂郡川辺町石神553-1
営業時間:10:30~18:00
定休日:月曜・日曜(土曜は月に1回だけ販売日)
電話:050-5372-7044
mituha Instagram
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米田富士、鬼飛山、大谷山、八坂山、納古山、遠見山、権現山は、どの山も地元ボランティアさんの活躍でよく整備されており、初心者や子供でも気軽に登りやすい山ばかり。道中には気持ちがほっこりするような手作り看板も多く、川辺の人たちの温かみも感じられて平和な気持ちにもなれる。しかも麓には魅力的なお店も多く、どう山と組み合わせていくかを考えるのも楽しい。
小さなエリア内に、これだけ魅力的な低山やコンテンツがまとまっている場所はそうはないだろう。また、同じ山でも季節に応じて違う表情を見せてくれるとあって、ついつい通ってみたくなる要素が満載だ。
絶景低山王国・川辺町は、低山ブームが来ている今、最も注目のエリアである。今回紹介した桃太郎伝説を辿るもよし、遠見山・権現山の織姫彦星伝説を辿るもよし、もしくは好みの山を繋げて自分なりのストーリーを作って巡ってもよし。次の新たな伝説の主人公になるのは、そう、あなた自身だ!
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取材・文:ユーコンカワイ
写真:宇佐美博之
モデル:山下舞弓
協力:川辺町、岐阜県(清流の国ぎふ推進補助金)