夏山シーズン、これから山の計画を立てる人も多いと思いますが、夏は遭難も増える時期。今シーズンも、事故なく安全に山を楽しみたいですよね。そこで今回、MOUNTAIN SAFETYをテーマに山のプロ4名をゲストとしてお迎えし,「山のサバイバル」のアイデアを語り合いました。山岳警備隊から教わる目から鱗な装備の工夫や、実際の遭難事例から学ぶ教訓など、安全登山に繋がる心得を紹介します。
2023.07.24
大関直樹
フリーライター
今回のイベントは、「MOUNTAIN SAFETY」を掲げ安全登山の啓発に取り組む、THE NORTH FACEとYAMAPのコラボ企画。富山県警察山岳警備隊・飛弾隊長、アウトドアショップ ヨシキ&P2スタッフ・吉野時男さん、登山ガイド・渡辺佐智さん、THE NORTH FACEマーケティング・西村 英樹さんの4名のゲストとともに、「山のサバイバル」のアイデアを語り合いました。
ー最初のテーマは、「ファーストエイドキットを見直してみよう」。
ファーストエイドキットとは、その名の通りケガや病気になったときに、最初の処置を行うための道具のこと。実際に何を入れておくと役に立つのでしょうか?
飛弾隊長(以下、飛弾):今日は、私が現場で使っているファーストエイドキットを持ってきました!
スプレーボトル | ストレートとミストの2種類の水流に切り替えられるタイプ。傷口のゴミなどを洗い流すときはストレートの水流、熱中症の場合はミストにして体をまんべんなく濡らし、体温を下げることができます。 |
ミネラルウォーター | 飲料水とは別にミネラルウォーターを必ず携帯。これは、傷の洗浄や脱水を起こした人に飲ませほか、自身の最終手段のため。通常は 下山して安全な場所に着くまで、キャップを開けず温存しています。 |
粉末の経口補水液 | 脱水や熱中症対策のために、軽くてかさばらない粉末タイプを携行。経口補水液は、スポーツドリンクよりも電解質と糖分がバランスよく含まれているのでおすすめです。 |
止血セット(絆創膏、ガーゼ、包帯、防水テープ、三角巾) | 傷口を止血するためのセット。セットの中身は、一般的に販売されている絆創膏、ガーゼ、包帯、傷口に当てた保護ガーゼが剥がれないようにするための防水テープ、腕や足の固定などに使える三角巾。 |
ポンチョ | 低体温症などの緊急時に体を温めるためのもの。100円ショップで購入しましたが、透湿性がなく体を温める時に重宝しています。もちろん、アルミのエマージェンシーシートを使っても◎。 |
テーピングテープ | 捻挫や骨折のときに固定をするテーピングテープ。私のおすすめは幅38mmのもの。登山靴のソールが剥がれてしまったときや、靴ずれ予防で足に貼るなど、多目的に使えるので便利。 |
梱包用ラップテープ | テーピングテープと同じく骨折や捻挫のときに固定する際に使えるほか、包帯代わりにも使用。ビニールなので体液が滲み出ず汚れにくいのが良いです。よじって紐にしたり、腕を吊るしたり、万能に使えるので便利。 |
エアクッション | おすすめは空気で膨らませるマット。基本は座布団や枕として使い、ケガをした腕などにラップテープで巻き、固定具としても使うことができます。最後に空気を入れて膨らませ、患部を保護します。 |
その他(穴を開けたペットボトルの蓋、安全ピン、ピンセット、ハサミ) | スプレーがない場合は、ペットボトルのキャップに小さい穴を開けたもので傷口を洗浄しています。あとは、腕吊り用の安全ピン、水で落としきれないゴミやトゲをとるピンセット。ハサミは、頭部にテープを貼る際に髪の毛を切るときに使います。 |
飛弾:これらを全て持っていくとそれなりの重量になるので、自分なりに必要だと思うものをアレンジして持っていきましょう。ポイントは、エアクッションのように、ひとつの道具で多目的に使い回せるものを選ぶことですね。
THE NORTH FACE 西村(以下、西村):確かに、エアクッションは色々な用途に使えるので便利ですね!
ーみなさんも、こんな物を持っていくと便利だよというアイテムはありますか?
僕(司会者)は、結束バンドです。以前、友達の登山靴のソールが剥がれてしまったのですが、結束バンドで巻いて応急処置ができました。それ以来、山には結束バンドを必ず携行しています。
登山ガイド 渡辺佐智(以下、渡辺):結束バンドは壊れたザックの補修など、多目的なリペアに使えますね。
吉野:僕はバックカントリースキーをするのですが、ストックにダクトテープとステンレスの針金を巻いています。ビンディング(スキーやスノーボードを靴に取り付けるための締め具)が壊れたり、ウェアが破けたときに、すぐに修理ができるんですよ。
ーダクトテープなら登山用のポールに巻いてもいいですね!
吉野:いざというときにすぐ使えるように、ザックに入れずにポールに巻いておくのがおすすめです。
ー今年の1月に妙義山で滑落し、翌日にヘリコプターで救助されたという吉野さん。当事者視点で、事故の状況やサバイバルについて教えていただこうと思います。詳細な遭難体験談を知ることで、山でのリスクを減らし、万が一に事故が起きても生き残る可能性を確実に上げることができるはずです。
ー滑落直後は、どんな状況だったのでしょうか?
吉野:出血はなかったのですが、体を動かすと激痛が走り、全く身動きができない状態でした。事故直後に頭を打ったので記憶がなく…、滑落原因も定かではないですが、つかんでいた立木が折れたか、岩が崩れたために身体が投げ出されたのだと思います。
ー実際に遭難を体験されて、学んだことはありますか?
吉野:ヘルメットの重要性ですね。滑落した際に頭を岩にぶつけたので、ヘルメットが割れてしまいました。もし被っていなかったら頭から出血して致命傷を負っていたかもしれません…。
西村:50mというと15階建てのマンションと同じくらいの高さですが、出血がないのは、ある意味でラッキーでしたね。
ー1月の群馬県ということで、寒さも厳しかったのではないですか?
吉野:気温はマイナス10度を下回っていたと思います…。ですが、3人ともツエルトと防寒着、それにエマージェンシーシートや食料、水、バーナーを持っていたので、一晩ビバークするには困りませんでした。
ツエルトは、たった1枚の布ですが3人で入るとそれなりに暖かかったです。ツエルトの設営を含めて、現場で臨機応変に対応してくれた仲間には本当に感謝しています。
渡辺:吉野さんのお話を聞いて、仲間が大事なんだなって実感しました。意思疎通ができる仲間がいて、十分な装備があったからこそ、遭難現場でも冷静に対応できたのだと思います。
ー装備もしっかりしているなと思ったのですが、メーカーさんの立場から見ていかがでしょうか、西村さん。
西村:みなさんが経験豊富だったので、装備も完璧だったと思います。装備の要・不要は、自分の経験の中から生まれてくるものですから。そして、ツエルトの使い方についてもきちんと熟知されていたということですね。
ー飛弾隊長にうかがいたいのですが、救助する立場から見ると、今回の遭難からはどんな教訓が得られますか?
飛弾:救助で最も重要なのは、場所の特定です。吉野さんの場合も、最初の通報時に正確な位置を伝えられたので、ヘリがピンポイントで来ることができたのかなと思います。
ー正確な位置情報を伝えるには、どのような方法がベストでしょうか?
飛弾:一番よいのは、GPSの位置座標ですね。遭難者がスマホを持っていたら位置座標を尋ねるのですが、気が動転してたりスマホの操作に慣れてなかったりすると、なかなか難しいこともあります。
<参考>YAMAPでは活動を記録するとGPSの座標位置が表示されます。
飛弾:もしスマホが壊れて位置情報がわからない場合は、周囲の風景や歩いてきたルートを伝えてください。登山届を提出していれば、「この位置にいます」と言うと伝わりすいと思います。
ー今度はTHE NORTH FACEの西村さんに、安全に山を楽しむための装備について伺います。夏山には、どんな装備を持っていくとよいでしょう?
西村:装備は登山計画や自分の登山レベルによって変わってくるので、正解というものはないと思います。装備をレベルアップするには、一緒に山に行く友達やガイドさんに何を使っているか教えてもらったり、ショップスタッフに相談するとよいでしょう。
装備に関しては、ある程度お金を惜しまずに、しっかりとしたものを揃えていただいた方がいいと思います。
防水透湿性素材のレインウェア | 風雨の強いときは、ジャケットだけでは全身をカバーできません。パンツもセットで着用しましょう。雨具は、雨だけでなく風が強いときの防風・防寒着としても使えます。 |
フリースやダウンの保温着 | 夏山では必要ないと思いがちですが、高山の朝晩は真夏でも肌寒いので必携です。もし、トラブルに遭遇してビバークする場合は、保温着がないと命に関わることもあります。 |
長袖のシャツ | 標高が1,000m高くなると紫外線は10%以上増加します。高山では日焼け対策のためにも半袖よりも長袖シャツがおすすめです。虫刺されや植物かぶれも防いでくれます。 |
パンツ | ズボンは、伸縮性の高い素材でストレッチが効いているものが動きやすいでしょう。さらに、吸湿速乾性を備えたモデルだと、汗による冷えを感じにくいです。 |
グローブ | 岩場やクサリ場では、素手よりもグローブを付けたほうが滑りにくいです。軍手で代用している人もいますが、汗をかいたり雨で濡れるとかえって滑ってしまいます。 |
サングラス | 裸眼のまま強い紫外線にさらされると、目が充血したり涙が止まらなくなることもあります。また、紫外線を目から吸収すると疲労しやすくなるのでサングラスは持っていきたいですね。 |
ヘッドランプ | トラブルで下山が遅れて暗くなってしまうとヘッドランプ無しで歩くことができません。特に樹林帯だと、夏でも16~17時には薄暗くなるので必ず持っていきましょう。 |
渡辺:西村さんに挙げていただいたアイテムに加えて、スマホの予備バッテリーも、とても重要だと思います。救助要請で電話をするとバッテリーはどんどん減りますし、色々な情報をスマホに入れている方も多いと思います。予備バッテリーって、どれぐらい持っていくといいでしょうか?
吉野:僕は、スマホが2回フル充電できるように1万mA以上のものを持って行きます。命を守るものと考えるとモバイルバッテリーは大切ですよね。僕の事故のときも仲間がスマホで救助要請していたら、70%だったバッテリーが20%になって焦りました。
ー確かに、モバイルバッテリーは今や必須の装備ですよね。ところで最近は、ウルトラ・ライト(UL)のように軽い装備を好む人が多いですが、軽量という良い側面がある一方で安全面が気になりますがいかがでしょう?
西村:軽い装備だと早く歩けたり遠くまで行けますが、なかには耐久性が低いものもあるのでリスクが高くなる可能性はあります。その匙加減が、すごく悩ましいところですよね…。
吉野:ULの軽さだけに目を向けるのは危険かなと思いますが、デメリットも十分に理解して持っていくのなら、僕はアリだと思います。
ちなみに僕の場合は、北アルプスを4泊5日するときでも25Lぐらいのザックで行くこともありますよ。装備や食料を切り詰めた方が、1日に歩く距離を伸ばせます
渡辺:仲間同士で行くときに、メンバーがどんな装備を持っているかを知ることが、とても需要です。例えば、ヘッドライトを持ってない人がいた場合は、早めに下山すべきと判断できます。口頭でかまわないので、装備の確認は必ずした方がいいでしょう。
飛弾:最近は、SNSで繋がった人同士で即席のパーティを作って山に登り、事故に遭うケースが目立ちますね。お互いに知り合いではないからこそ、誰がどんな装備を持っているか確認すると行動計画が立てやすくなりますね。
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今回のライブでは、この他にも視聴者の方からの質問に答えたり、YAMAPユーザーさんの事故事例についても紹介しています。遭難は決して他人事ではなく、いつ自分の身に起こるかわかりません。だからこそ、紹介したような教訓を活かして、これからも安全に楽しい登山を続けてくださいね。
【ゲスト紹介】(画像左より)
西村英樹(にしむら ひでき)
THE NORTH FACEのマーケティンググループのメンバーで、登山ガイドの資格も持つ。年間を通じて、登山、クライミング、トレイルランニングまでジャンルを問わず、アウトドアスポーツ全般を楽しんでいる。
飛弾晶夫(ひだ あきお)
高校卒業後、「体を使って困っている人を助けたい」という動機から警察官を志望。1989年に富山県警察官に拝命し、以後10年間は、機動隊などで勤務する。1999年に自ら志願して山岳警備隊に入隊、2020年からは隊長を務める。
吉野時男(よしの ときお)
習志野市にあるアウトドアショップ『ヨシキ&P2』スタッフ。クライミング、沢登り、バックカントリーなどあらゆるアウトドアスポーツに精通。登山ガイドの資格を持ち、仕事とプライベートで年間1000人以
渡辺佐智(わたなべ さち)
登山ガイド、スキーガイド。春から秋は登山ガイド、冬から春はバックカントリーガイドとして四季を通して活動。初心者の視点に立って丁寧なアドバイスを心がける。モットーは「楽しく安全登山!」
YAMAPスタッフ 斉藤克己
当日の様子はYAMAP公式YouTubeチャンネルにて、アーカイブ動画をフル視聴可能いただけます。お時間がある際にぜひチェックを!
※本編は11:03より始まります。
原稿:大関直樹
イラスト:北構まゆ
会場提供・協力:株式会社ゴールドウイン