作家・池澤夏樹さんに聞く①|写真家・星野道夫が教えてくれた自然の摂理

「自然界と人間のルールは、ほとんど合わない。人間の世界よりも、自然の世界の方が本物という気がする」。こう語り、快適な都市の中に閉じこもるようになってしまった社会の姿に疑問を投げかけるのが、作家の池澤夏樹さん。

その考えに大きな影響を与えたのが、アラスカの大自然に身を置き、動物や人々の暮らしを記録し続けた写真家・星野道夫さんとの親交でした。今は亡き星野さんとのエピソードと共に、自然に触れる大切さについて語ってもらいました。

2023.08.26

YAMAP MAGAZINE 編集部

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日本社会の最大の課題とは何か

YAMAP 春山慶彦(以下、春山)
今日は対談を引き受けてくださり、非常に光栄です。実は、池澤さんにお目にかかるのはこれが3回目なんです。最初は私がまだ22歳か、23歳のときで、アラスカに留学に行く前のことでした。池澤さんが夏に京都大学で講義をされるというので、お話を聞きに行きました。

作家 池澤夏樹さん(以下、池澤)
集中講義のときですね。

春山
はい。私がアラスカへ留学する大きなきっかけとなった(写真家の)星野道夫さん(*1)についてもっと知りたいと思い、星野さんのことをご存知の方にお話をうかがっていた時期がありました。当時、京都にいたので、池澤さんの講義に潜り込みました(笑)。

(*1)星野道夫(1952〜1996) アラスカを拠点に活躍した写真家。極北の動物や人々の暮らしを取材し、写真と文章で記録した。池澤さんも生前から親交があり、著書に『旅をした人ー星野道夫の生と死』(スイッチ・パブリッシング)などがある。

池澤
そう、あれは誰でも受講できるんですよ。

春山
講義が終わった後、池澤さんに「星野さんについて少しお話を聞かせください」とお声がけしました。池澤さんが見ず知らずの若者にも真っすぐな目で答えてくださったことがずっと心に残っています。

2回目が、鶴見俊輔さん(1922〜2015、哲学者・評論家)の勉強会です。私はその事務局の末端にいて、お手伝いをさせていただきました。当時、池澤さんは沖縄にお住まいだったと記憶しています。

池澤
そうですね。まだ沖縄にいた頃ですね。

春山
もう20年くらい前のことです。またお会いしたいと思っていたので、今日の対談を心から楽しみにしていました。

約20年前の池澤さんと春山の記念写真

春山
簡単に自己紹介させて頂くと、私たちは「YAMAP(ヤマップ)」という登山地図アプリのサービスを2013年3月にリリースし、今年で10周年になります。

私は星野道夫さんに憧れていて、写真家になりたいと思ってきました。今もその思いは変わっていません。

ただ、2011年の東日本大震災を経験したとき、疑問を持ったんです。自分が伝えたいことを、写真を通して社会に届けるだけでいいのだろうか、と。

3・11の震災と原発事故で私が強く感じたのは、都市化が進み、私を含め多くの人が風土や地域から離れた生活をしてしまっていることです。端的に言うと、自然や風土を身体で感じる機会がほとんどなくなってしまっている。これが日本社会における最大の課題だと思ったんです。

池澤さんは、ご著書の『科学する心』(角川ソフィア文庫)の中でも、自然との向き合い方について書かれています。人間も自然の一部である、と。

これは星野道夫さんもおっしゃっていたことですが、現代社会は「生きものとしての人間」を忘れてしまっている。食料やエネルギーなど、暮らしにとってもっとも大切なことを他人任せにしてしまってきたツケが、震災や原発事故で表出したと感じました。

そこで、都市と自然、人間と自然をつなぐにはどうしたらいいかと考えるようになったのです。人間も風土や環境の一部であるという感覚を取り戻す手段として、登山や山歩きは、現代において可能性があると思い立ち、起業して今に至ります。

春山との約20年前の記念写真を眺める池澤さん

春山
今日、池澤さんにまずお伺いしたいと思ったのは、池澤さんのお仕事と風土や土地との関係についてです。

池澤さんのお仕事を拝見していると、お仕事の幅がとても広いなと感じます。

翻訳、小説、詩、そして世界文学全集や日本文学全集の編集、最近は、小説『また会う日まで』(朝日新聞出版)を刊行されました。こうしたさまざまなお仕事をされている間に、住む土地も変えてこられていますね。

池澤
そうです。ちょうど去年の秋、北海道から長野に引っ越したところです。

春山
国内だけでなく、海外も含めていろいろな土地にお住まいになっていることがお仕事の幅の広さとも関係しているように思います。池澤さんは風土や土地から影響を受けながらお仕事をされているのではないか、と。

そこでお伺いしたいのが、風土や土地と結びついた自然観、そしてそこから生まれる身体性についてです。池澤さんはこれらを、どのように捉えていらっしゃるのでしょうか。

アラスカを愛した写真家・星野道夫の仕事

池澤
まず、星野道夫の話をしましょう。星野との出会いは、ぼくが彼の本の書評を書いたことに始まります。書名は忘れてしまったけれど、彼の言うことが非常によく分かったのね。彼もまたぼくの書評を読んで、ぼくのことがよく分かった。つまり、同じ種類のことを考えて、やろうとしているんだ、と。

そしてしばらくして、彼の次の本も書評しました。そうするうちに、東京で会うことになったのです。

その次がアラスカだったかな。ぼくが到着した夜、アラスカの彼の家で食事をご馳走になって。次の日、一緒に街を少し歩いたら、もう彼はすぐに撮影に出発しないといけなかった。そんな慌ただしい再会でした。だから、星野とのフェイス・トゥ・フェイスの接点はとても少なかったのです。

ただ、彼の仕事はつぶさに見ていたし、こちらの本も送ったりして、お互いのことはよくよくわかっているつもりでした。

その後、今度は、一緒にテレビ番組をつくろうという話になったのです。アラスカのあちこちで景色を見ながら対話をしようと。

たとえば、春先に川の氷が溶けて流れ始めますよね。そうした場面を眺めながら、彼といろいろな話をしたかった。そうして「来年にでも」と言っているうちに、彼は亡くなったのです。

彼を失い、友人一同茫然としました。何かできることはないかとみんなで動いて、次々に写真展を開き、彼に関する文章を書いた。ぼく自身も、『旅をした人―星野道夫の生と死』(スイッチ・パブリッシング)という本を出しました。

このように彼を慕う人たちで盛り立てた。星野道夫という人を、当時、日本人はまだあまり知らなかったから。

そうしたら、一種のブームになってしまったのです。もちろん彼が支持を得るのは間違ってはいない。彼のメッセージははっきりしているし、強い。

だからいいのだけれど、それより、生きて、もっと撮ってほしかったなという気持ちが募ってね。複雑な思いがしました。

インチキしないで生きる

池澤
実際にアラスカに行って動物たちを見ると、人間の世界よりも、自然の世界の方が「本物」という気がしました。地球ができたときから連綿と続く世界ですからね。そちらのルールで自律的に動いている。自然界と人間のルールとは、ほとんど合わない。

そこで、自然のやり方や動きを人間の生活に少しでも取り戻したいと思ったのです。もう一遍そこへ戻るという考えを広めたい。完全に向こう側へ行ってしまうのではなくて、動物たちの生き方をまずは知りましょう、見てみましょう、と。

自然界は厳しいし、容赦ない。恩恵であると同時に、制約でもあります。その中で動物たちはインチキしないで生きる力を身につけてきた。それは本来、当たり前のことなのですが、人間の側を見ると、そうしたルールを無視して、インチキをするようになった。

全身の中で脳の力を異常に高めて文化をつくり、その中に籠もるようになったのです。自分たちの世界は、安楽かつ危険も少ない。しかし、その分だけ、生きる姿勢にゆがみが生じた。

つまり、人生をなめている。そのことがだんだん蔓延してきて、社会全体もゆがんできた。一見繁栄しているように見えながら、非常に危うい状態ですね。本来受け取るべきリスクをサボっているから、それに対応する力や知恵がない。

たとえば、山に登るとしましょう。上まで行ったのに途中で水筒を忘れてきたことに気づく。「あ、あの谷に置いてきてしまった」と。そうすると、同じ距離をまた歩いて戻るしかない。自然は容赦してくれないんです。

1mたりともおまけしてくれない。これは自然が冷酷だということではなく、ただ人間に対して無関心だということ。やれるだけやってごらん、と突き放すだけ。その中で生きていくしかない。文明の中で安楽に暮らすことで、その原理を人間が忘れてきたのだと思います。

春山がYAMAP起業前にいたアラスカで撮影した風景(撮影:春山慶彦)

池澤
それに対してアラスカは、本来の自然を思い起こさせてくれる。「皆さん、もともとはこうやっていましたよね」と。星野は美しい写真と巧みな文章で、そのメッセージを発し続けていた。

彼は慎重に行動していましたが、常に危険と隣り合わせでした。たとえば、シーカヤックでどこかの島に行って、浜に引き揚げてテントを張ろうとしていたら、カヤックが流されていたことがあったそうです。

本当につらいけれども、海に飛び込んで泳いでつかまえるしかない。なんとか回収しましたが、あれはなかなか危ないところだったそうです。

ぼくも一度、知床で流氷の海にカヤックで入ったことがあります。どのくらい冷たいのかなと思って指を入れてみたら、冷たいんじゃなくて、痛い。締めつけられる感じです。体ごと水に入ったら15分で死にます。

星野はそういうことを繰り返し、それに耐えながら学んでいった。

まず動物と同じ立場に身を置く。身体能力は動物より劣るので、その分、装備や食料でカバーした。そうすることによって、動物と同じぐらいの危険度、立ち位置に自分を持っていったのではないかと思います。

ぼくは、彼が伝えようとしたメッセージ以上に、あの生き方、仕事の仕方、暮らし方、その全体が彼という人の魅力であり、見るべきところだと思いますね。

春山
おっしゃるとおりで、星野さんが残してくださった仕事の輝きは年々増しているように感じます。星野さんのお仕事を私たちがもう一度解釈しなおして、身を正すということをしないといけないくらい、星野さんのお仕事には大事なものが詰まっていると思います。

星野さんに憧れてアラスカに渡り、2年と少しアラスカで生活をしました。星野さんのまねごとではないですが、原野にも行ってみたんです。実際に経験して感じたのが、星野さんのすごさです。

北極圏の原野に行っても、動物はほとんどいません。1ヶ月、原野で思索をしながらただひたすら動物を待つ。一見すごくロマンチックに見えますが、1ヶ月待っても、カリブーなどの動物が現れないことだってある。これは相当な意志が必要です。

そして私も原野に滞在してみて、表現するのが難しいのですが、少し間違うと発狂するかもしれないと思いました。そのくらい、自然の側の力が強い。広大な原野に独りいるという孤独と、圧倒的な自由。ここで星野さんは思索をし、表現を続けていたのだと思うと、星野さんの偉大さがなおのこと分かりました。

日本で星野さんの著作を読んでいたときは、ロマンチックですばらしいな、美しい自然だなと感じていたのですが、実際にアラスカの原野に行くと、全く違う風景が見えてくる。

池澤さんがおっしゃったように、星野さんはアラスカで命がけの経験をされた。そのアラスカで、星野さんは自然と人間の関係性をとらえ、人間を含めての自然や世界を表現されようとした。

実際にアラスカへ行き、あらためて星野さんの写真や文章を見ながらそう思うようになりました。現地を経験することで、星野さんの偉大さを実感したんです。

春山がイヌイットの家庭にホームステイした際の一枚(撮影:春山慶彦)

池澤
彼は、シャッターを切る瞬間を知っている。そうして一番いいショットを出してくるから派手に見えるけど、実は自然というのはとても退屈なものです。

そう感じるのは、我々がこの人間社会で一見刺激に満ちた日々を送っているからで、それと比べると自然は単調で、何も起こらない。何も出てこないんですよね。

動物のほうは自ら動いて、えさを探したり身を隠したりと、アクティビティーがある。でも人間はそんなことはしない。せめて歩くことくらいでしょう。そうすると、どこまで行っても同じ風景ですよね。

それを意識した上で星野のベストショットを見ると、その背後にある膨大な空白の時間が想像できる。

思索すると言っても、ずっと考え続けているわけではなく、ぼーっとしていて、何かのきっかけでひらめくのでしょう。それがうまくいくと作品へと育つ。課題を与えられて答えを求めて思索するのではない。まず課題を見つけるところから始める。それが彼の物の考え方でした。(後編へ続く)

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YAMAP MAGAZINE 編集部

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。