アナウンサーの大橋未歩さんによる新連載スタートに先立ち、ご本人をインタビュー。前回のインタビューでは、意外にも超自然派な大橋さんの素顔が見えてきました。後編では、アメリカのロング・トレイルの聖地「ジョン・ミューア・トレイル」の全長約340kmの一部を歩いた体験についてお話しいただきます。JMTの思い出からは、超自然派な一面に加え、ご本人の持つ骨太さが伝わってきました。JMTを体験したことで変わった人生観とは?
大橋未歩さんインタビュー後編
前編記事:「山は日常の一部」登山家ならぬ歩山家!?大橋未歩アナの超自然派な素顔に迫る
2020.07.24
YAMAP MAGAZINE 編集部
ー直近では、アメリカのロング・トレイルの聖地「ジョン・ミューア・トレイル」(以下、JMT)を歩いたことをInstagramで投稿していますが、行くことになったいきさつは?
大橋:かねてから山オタクの夫にとってJMTは憧れの場所で、「行くしかないでしょう!」と熱望していました。これまでも夫と一緒にテントで宿泊しながらの登山はいくつか経験してきましたが、ロング・トレイルは私も初体験ということもあって興味を持ち、ぜひチャレンジしてみたいと思いました。
JMTは半年前から予約できるのですが、入山の人数制限を設けているので人気のコースはすぐに埋まってしまい、あまり人気がないマニアックな登山口からの登山計画を練りに練って申請したら一発で予約できたんです(笑)。事前の手続きは大変でしたが、それだけ環境保護が徹底されているのだと思います。
ーJMTの思い出について教えてください。
大橋:うーん、いっぱいありすぎて何からお伝えしたらいいか迷いますね。まずはお気に入りの湖に出会えたことでしょうか。JMTにはテント場がなくて、気に入った場所がそのまま寝泊まりする場所になるのが魅力です。
JMTにはたくさん湖があるのですが、その中のひとつのスコー・レイク(Squaw Lake)は、高度3,144mに位置し、雪解け水や雨が流れ込む透明度が高い湖です。坂を登りきったところに湖があるので、天空に突然湖が現れたような錯覚に陥るんです。標高が高くて昆虫や動物が少ないこともあり、まるで別世界のように息を飲むような美しさでした。
それから、恐怖のスイッチバック。人気のない登山口から登ったこともあって、実は一歩間違えれば死に直結するような急な峠越えをすることになったんです。富士山でもあり得ない急勾配のつづら折りを3時間登りっぱなしなのですが、道幅も30cmくらいしかなくて。標高が上がるにつれて風も強くなってバランスを崩しそうになるし、ひたすら神に祈りながら登りました。
ところが、登りきったその先を見下ろすと大きな湖があって、一気に美しい視界が広がるんです。自分たち以外誰もいないので、峠を越えた達成感に包まれながらその広大な景色を独り占めできるのも、JMTの魅力ですね。実はその場所があまりに印象的だったので、下手くそですが、今油絵で描いてます(笑)
思い出は挙げたら尽きませんが、山火事も忘れられません。そもそもJMTでは山火事が多くて、その影響もあって、私たちが行った時はサンフランスシコからヨセミテまでの公共交通機関が全運休していました。そこでライドシェアを使ったんです。片道5時間の道のりですからドライバーさんが見つからないんじゃないかと心配でしたが、良心的なドライバーさんに出会えて、ヨセミテまで3万円ほどの金額で運転して連れて行ってくれました。
しかも山火事で通行止めになっていた道がたまたま入山前夜に再開通したんです。ラッキーが重なったのかもしれません。
ーそれはラッキーでしたね。JMTを歩いてみて、新たな気づきや価値観の変化はありましたか?
大橋:今までは、熊が出没したニュースを見ても、ひたすら恐怖しかなくて。今思えば人間主体でしか考えていなかったなと思うんです。JMTでは熊に襲われたり、食料などを荒らされたりしないように、“熊缶”を持ち歩くことが義務付けられています。熊缶は熊の力でも開けられないようになっていて、食料はかならずその缶の中に保存しなければなりません。においが漏れて熊を誘発しないようにするほか、食事する場所とテントは30m離すなど、安全や動物保護のためのルールが徹底されているんです。
人間が持っている食料の味を覚えてしまうことは、野生に生きる熊にとっても不幸なことであり、自然界に「人間がお邪魔している」という考えが徹底されていました。
都会にいるとどうしても二項対立で、人間と動植物を分けてしまいがちですが、人間からの視点でしか物事を捉えていなかったことに、あらためて気づかされましたね。
ーそうした気づきは、社会や人間関係にも通じるものがありそうですね。
大橋:敵対視したり、異端とみなしていたかもしれない相手側の立場を想像することは、生きていく上でとても大切だと思います。
ーJMTを体験し、その魅力を味わい、あらためてみんなにJMTを勧めたい点や魅力は?
大橋:まずは、圧倒的な自然。それから、人間でいることを忘れられる唯一の場所だということ。日本で登山をするにも人とすれ違うし、まったく人と会わずに登山ができる機会は少ないと思います。その点、JMTでは、入山できる人数を多くて1日45人ほどに制限していることもあって、希少な体験ができます。
それから衣食住を背負って歩くことが、シンプルで清々しく感じられるところも魅力です。どんな荷物よりも重い熊缶は夫が持ってくれたので、私は10kg、夫は20kを背負って全長約120kmを歩きました。これをやり遂げたことで、自分に自信がついたように思います。今あらためてふりかえると、よく背負って歩けたなと思いますが(笑)。
ー大橋さんはどんな登山スタイルが好きなのですか?
大橋:私は完全にノーストイックです(笑)。「今日は何kmまで歩くぞ」と決めてノルマができてしまった瞬間に私の場合は登山は楽しくなくなるんです。
自然をなめるように味わうように歩いて、「この苔おもしろいね」とか、「こんなキノコ見たことない」とか、「こんな大きな松の木ってあるんだ」などと山を存分に感じて楽しんで、日が暮れたら水場が近いお気に入りの場所にテントを張って寝るのが好きです。
そういう意味では、山が身近な遊び場で、日常の一部だった小さい頃の原点とリンクするのかもしれません。ピークハントしたいとか、あらゆる山を制覇したいという気持ちは全然なくて、むしろ自然の中に溶け込みたいですね。
ー大橋さんが登山をするときにかならず持っていく愛用アイテムはありますか?
大橋:なるべく軽量化をと思いつつも、真鍮の持ち手が長いスプーンはかならず持っていきます。ごはんを食べるときに、ある程度重さがあるほうが、ガシガシ食べられるし、おいしさも増幅するような気がします。
携行用スプーンは持ち手が短かかったりするし、食品のパウチの底まで届かないのもすごくストレスなんですよね(笑)。
ーすごくよくわかります(笑)。毎回、山に行くたびに感じることはありますか?
大橋:月並みですが、自然の中にいると、自分は本当にちっぽけな存在だなということを思い出せます。
局アナ時代の私は目標人間で、それこそ脳梗塞で倒れるまでは期限までに目標やタスクを設定して、ストイックに達成しようとしていました。何でも自分で意思決定して、努力すればある程度のことは叶えられると勘違いしていたんです。でも倒れて思い知ったのは、倒れる時期や死ぬ時期は自分で決められない。私たちの意思とは関係なく生命が営みを止めた瞬間、どんなにがんばってもそこが最後なわけです。
自然の中にいると、そんな生命体としての原点を思い出せる気がします。そして、流れに身を任せようと謙虚な気持ちになれる気がするんです。
ー今後、登ってみたい山、憧れの山について教えてください。
大橋:“地球”を感じられる場所が好きで、今後行ってみたいのは、屋久島。屋久杉に囲まれながら登ってみたいですね。
それからJMTにもまた行きたいので、次回はもっと楽に歩けるように今からランニングを始めています。
ー最後に、ヤマップでの新連載への意気込みや読者へのメッセージをお願いします。
大橋:新連載のオファーをいただいて心から喜んでいまして、さっそく夫にも自慢したほどです(笑)。常々自然ほど美しいものはないなと思っていて、自然の美しさをYAMAP MAGAZINE読者のみなさんと一緒に想像しながら愛でられるようなコラムにできたらと思っています。
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大橋さん、インタビューにお答えいただきありがとうございました。大橋未歩さんの連載コラムは近日中にスタート予定。読者のみなさま、ぜひご期待ください……!
大橋未歩(おおはし・みほ)
フリーアナウンサー/パラ卓球アンバサダー/防災士
1978年兵庫県神戸市生まれ。上智大学卒業後、早稲田大学大学院スポ−ツ科学研究科修士取得。2002年テレビ東京に入社し、スポ−ツ、バラエティー、情報番組を中心に多くのレギュラー番組にて活躍。2013年に脳梗塞を発症して休職するも、療養期間を経て同年9月に復帰。2018年3月よりフリーで活動を開始し、パラ卓球のアンバサダーに就任。レギュラー番組に、『大橋未歩 金曜ブラボー』メインパーソナリティー(ニッポン放送)、『PARA SPORTS NEWSアスリートプライド』MC(BSスカパー)、『5時に夢中!』アシスタントMC(TOKYO MX)がある。
編集協力/EDIT for FUTURE
写真/駒田達哉
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