山にはいろいろな野鳥が暮らしています。低山から高山まで、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを、バードウォッチング歴50年、野鳥写真歴30余年の大橋弘一さんが様々なトリビアを交えて綴る「山の鳥エッセイ」。第6回は、短い尾や細いサングラスをかけたような模様が愛らしい「ゴジュウカラ」について、唯一無二の特徴を写真とともに紹介していただきます。
山の鳥エッセイ #06/連載一覧はこちら
2023.04.17
大橋 弘一
野鳥写真家
【第6回 ゴジュウカラ】
英名:Eurasian Nuthatch
漢字表記:五十雀
分類:スズメ目ゴジュウカラ科ゴジュウカラ属
ゴジュウカラは頭から背など上面が灰色の小鳥で、胸から腹は白、顔には細身のサングラスをかけたように見える黒い線が走っています。そのサングラスは黒い嘴につながっていて、まるで細長い一本の黒帯のよう。さらに尾羽が非常に短く、ほかの小鳥とは違う雰囲気を漂わせています。
ゴジュウカラがほかの小鳥とちょっと違うと感じさせる一番大きな理由は、その体形と動き方にあります。嘴から尾にかけてのラインが一直線になるようなポーズをとることが多く、またキツツキでもないのに横枝よりも木の幹によくとまります。そして、垂直な幹でも難なく軽快にその表面を歩き回るのです。
その動きは俊敏で、頭を下に向けたまま真下に向かって降りることも得意です。まさに縦横無尽に木の幹を歩き回る小鳥なのです。
じつは、真下に向かって歩くという行動は、ほかの鳥にはできません。ゴジュウカラだけの特別な芸当であり、これができる鳥は日本ではゴジュウカラただ1種だけです。彼らは、木の幹を逆さ向きになって降りるというこの得意ワザを生かし、樹皮に隠れた小さな虫などを丹念に探し出し、捕食します。
もちろん、上向きに登ることも横に歩くことも自由自在。さらに、横枝にとまることも地上を歩くことも上手という、類いまれな運動能力を持つ森の中の万能選手なのです。
ゴジュウカラは九州以北の低山から亜高山帯まで、山地の森林に広く分布しています。落葉広葉樹の大木があるような林を特に好み、一年中同じ地域に暮らす留鳥です。地上に降りて、地面に落ちた植物のタネなどをついばむこともあります。
大きさはスズメとほぼ同じくらいで、全長約14cm。北海道では平地の森でも普通に見られ、シジュウカラやヤマガラなどとともに、いわゆるカラ類の1種として身近な存在になっています。
春、繁殖期を迎えると、ゴジュウカラの雄はよく通る大きな声で「フィー、フィー、フィー」とさえずります。これを何度も繰り返し、春の森を明るくにぎやかな雰囲気にしてくれます。
ゴジュウカラは、さらにつがいで森の中を徘徊して巣を作るための樹洞を探し回ります。樹木に自然にできた洞よりも、キツツキが開けた巣穴をよく利用します。
ただ、コゲラ以外のキツツキはゴジュウカラより体が大きいため、その巣穴も大きく、ゴジュウカラには適しません。ところが、ゴジュウカラはお構いなし。そういう大きな巣穴でも上手にリフォームして自分のサイズに合わせてしまいます。どういうことかと言うと、巣穴の入り口や内壁にせっせと泥を運んできて塗り付け、穴を小さく作り変えてしまうのです。
このワザもほかの小鳥では見られない特異な習性であり、わざわざ手間のかかる”大工仕事”をして、住み心地の良いマイホームを作り上げるというわけです。
ところが、うまい具合にキツツキが開けた空き巣が見つかるとは限らず、巣の主が使っている最中でもその巣穴を使おうとすることがあります。言うまでもなく、これは、巣の主にとっては大変迷惑なことです。
私は、そういう“お騒がせ”なゴジュウカラの繁殖行動を見た人の話を聞いたことがあります。もう30年近くも前、北海道でクマゲラの繁殖を観察していた人の話です。
クマゲラが抱卵中の巣に、ゴジュウカラのつがいがやってきて、泥を運び始めたというのです。クマゲラは当然、ゴジュウカラを追い払います。クマゲラは全長46cmほどもある日本最大のキツツキです。そんな大きな鳥に追い払われればゴジュウカラは逃げ去ります。
しかし、ゴジュウカラはクマゲラが巣から離れたすきを狙ってまたやってきて、巣の入り口に泥を塗り付け始めたというのです。やがて戻って来たクマゲラは泥をつつき落としたり嘴でくわえたりして捨てたと言います。結局、ゴジュウカラは諦めてそれ以来やってくることはなかったそうです。
ただ、ある本に書いてあった事例では、まだ産卵していない巣の場合、ゴジュウカラが執拗に泥運びをすると、クマゲラの方が諦めることさえあるそうです。
実際、クマゲラの巣穴はゴジュウカラに狙われることが多いようで、私も、前年にクマゲラが繁殖した巣穴を翌年にはゴジュウカラが泥を塗り付けて繁殖していた例を目撃したことがあります。
よくもまあ、こんな面倒なことをしたなと思うくらい、クマゲラの巣穴の入り口はほとんど泥でふさがれていました。長径約15cmもあるクマゲラの巣穴空間は直径4cmほどにまで泥で埋められ、そこからゴジュウカラの雛が顔を出していたのです。少し待っていたら、ゴジュウカラの親鳥が雛へ給餌をしに戻ってきました。
ゴジュウカラ恐るべし!
ゴジュウカラは動きが俊敏なうえ、いつでも樹幹の表面を歩き回っていて、なかなか思うような写真が撮れない鳥です。人をあまり恐れず至近距離からでも撮れますが、人への警戒心が薄いことがかえって災いし、近づいてもこちらを気にせずに動き回りますので思うようなシャッターチャンスにはなかなかならないのです。
ゴジュウカラに関して、私がイメージする撮りたい写真とは、
①木の幹にへばりついていながら背景が美しく抜けた写真
②動きの中で、撮り手(私のこと)にカメラ目線をくれた一瞬
…のふたつでしょうか。どちらもゴジュウカラらしい動きや姿勢、生態を感じられる写真にできれば最高です。
私が撮りたいと思い描く①の写真は、5年前に大阪府南部の金剛山(1,125m)で期せずして撮ることができました。金剛山は野鳥観察地として有名なフィールドですが、私が訪れたのは11月中旬。ちょうど渡り鳥の端境期にあたり、鳥が比較的少ない時期でした。それでも、ヤマガラやヒガラといったカラ類やカケスなどが目を楽しませてくれました。
そんな中、1羽のゴジュウカラが、立ち枯れて苔で覆われた古木の樹幹を這い回っていました。背景は、ちょうどよく抜けた谷間になる場所でしたので、ここでゴジュウカラらしいポーズをしてくれないかと期待していたら、一瞬、動きを止めてくれました。それが上の写真です。自分では、背景のボケた美しい色とゴジュウカラならではの姿勢が気に入っているのですが、いかがでしょうか?
②のカメラ目線の写真としては、北海道で撮った下の写真が思い出深いカットです。いつものように「トュッ、トュッ、トュッ」という独特な地鳴き(※1)の声を発しながら木の幹を駆けずり回っていたゴジュウカラが、一瞬、顔を上げてこちらをじっと見つめてくれました。
※1 鳥には「さえずり」と「地鳴き」の2種類があり、さえずりは主に繁殖期などに聞かれる長く続く複雑な鳴き声。地鳴きはコミュニケーションのために日常的に発する短い声
一般に、被写体と背景が近いと背景が見えすぎて美しい写真になりにくいのですが、この時はかなり近い距離でカメラを構えていたため、目にピントを合わせることで鳥の胴体はうまくボケて立体感のある表現になりました。こちらを見つめるゴジュウカラの黒い瞳も愛らしく、この鳥らしいかわいらしさを伝えられる1枚になりました。
逆さ向きに垂直な木の幹を降り、樹幹を自由に動き回るゴジュウカラは昔から人々の目にとまる存在だったようです。江戸時代には、この特徴を言い表した「きまわり」「きめぐり」「きねずみ」などとも呼ばれていました。さらに、逆さ向きを意味する「さかほこ(逆鉾)」という別名もありました。
「逆鉾」は、元々は日本神話でイザナギ・イザナミの2神が国作りのために海をかき混ぜる時に使った鉾のこととされています。その後、この鉾は大国主命(オオクニヌシノミコト)を経て瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の手に渡ります。
そして、ニニギノミコトが天照大御神の命を受けて高天原から高千穂に降臨した際、国の安寧を願ってこの鉾を逆さ向きに山の頂に突き立てたのだそうです。これが「逆鉾」で、突き立てられた山は鹿児島県と宮崎県の県境に位置する高千穂峰です。
高千穂峰の山頂(1,574m)には、なんと、逆鉾が今も突き刺さっているそうです。もちろんレプリカですが、そのレプリカも作られたのは数百年前で、火山噴火で折れてしまった本物の逆鉾の代替品と伝えられています。
“本物”の折れた柄の部分は高千穂山麓の荒立神社にご神体として祀られていたと言いますから、どこまでが神話か伝説か、はたまた現実なのか判然としません。
ともあれ、『古事記』や『日本書記』に記されたこの伝統ある尊い呼び名を鳥名に応用したとなれば、この鳥の格も上がるというもの。ゴジュウカラという工夫のない呼び名よりずっといい賛辞になるでしょう。もしも、この鳥の現代名がサカホコであったなら、もっともっとこの鳥の知名度が上がっていただろうと思うのです。
ちなみに、大相撲の力士の四股名としての「逆鉾」も、日本神話の神聖なアイテムである逆鉾を起源としていることは言うまでもありません。
ゴジュウカラという呼び名は「工夫がない」と書いてしまいましたが、工夫がないどころか、駄洒落的な発想で名付けられた疑いが濃厚です。シジュウカラ(四十雀)に似ていて、ちょっと違うから四十ではなく五十だというわけです。
シジュウカラという鳥の名は「ジュクジュクジュク」と聞こえる鳴き声がその語源由来と考えられており、本来は数字とは無関係の呼び名です。それにもかかわらず数字を当てはめ、そこからの応用として少し違う数をゴジュウカラの呼び名にしたというわけです。
よく言えば遊び心満載の、悪く言えばじつにいい加減な名付け方なのです。真相のほどはわかりませんが、おそらく言葉遊びの好きな江戸っ子がこうした類いの発想でゴジュウカラと呼び始めたのだろうと推定されます。
ただし、単なる言葉遊びではなく、数字の解釈に意味を持たせているという説もあります。つまり、シジュウカラは頭が黒いことからまだ若さの残る40歳に例え、灰色のゴジュウカラの頭は年配者の白髪交じりの頭髪に見立てて50としたという考え方です。昔は50歳といえば老境であり、白髪頭がふさわしかったという見方なのですね。
さらに、ゴジュウカラの古名でおかしいのは、ハチジュウカラ(八十雀)という異名もあったことです。シジュウカラにはそれほど似ていないよ、というアピールだったのでしょうか。あるいは、シジュウカラの倍の価値がある鳥と考えたのかもしれません。
ともあれ、鳥の名前の語源由来を探求している私にとって、ゴジュウカラはいくつもの話題や検討材料を提供してくれる興味深い存在になっています。
<おもな参考文献>
菅原浩・柿澤亮三著『図説日本鳥名由来事典』(柏書房)
高野伸二編著『山溪カラー名鑑 日本の野鳥』
大橋弘一著『庭や街で愛でる野鳥の本』(山と溪谷社)
大橋弘一著『日本野鳥歳時記』(ナツメ社)
*写真の無断転用を固くお断りします。