日本最高峰であり、世界文化遺産にも選定されている富士山(3,776m)。堂々とそびえるその姿は古来から数多くの文芸作品に登場し、日本人にとっては精神的に大きな存在です。今回は富士山が間近にそびえる富士五湖周辺で、登山ガイドの鷲尾太輔さんがおすすめの山を紹介します。
2025.05.19
鷲尾 太輔
山岳ライター・登山ガイド
鉄砲木の頭からの山中湖と富士山(トンコツさんの活動日記)
山中湖畔から車で10分ほどでアプローチでき、峠道の運転に慣れていない人にも敷居が低い三国峠。ここからわずか1時間足らずで往復できるのが鉄砲木の頭(てっぽうぎのあたま・別名:明神山=みょうじんやま=1,291m)です。
山肌全体が背の低いカヤで覆われているため展望がよく、山中諏訪神社奥宮が祀られた山頂からは眼下の山中湖と富士山はもちろん、南アルプスまでの絶景が広がります。
三国山のブナ林(Kiyocaさんの活動日記)
鉄砲木の頭だけでは物足りない場合は、三国峠を挟んで南側に連なる三国山(1,343m)へも足を延ばしてみましょう。文字通り、山梨県・静岡県・神奈川県の三県境に位置しています。
三国山からは富士山を望むことができませんが、その代わりに稜線はブナの森に包まれており、新緑や紅葉が見事です。南麓の静岡県小山町には富士スピードウェイがあり、休日などはレーシングカーの走行音が聞こえることもあります。
コース情報
コースタイム:1時間40分
歩行距離:2.4km
累計標高差(上り):276m
累計標高差(下り):276m
御坂黒岳付近からの富士山(liangklさんの活動日記)
河口湖を挟んで富士山の北側に位置する御坂黒岳(1,792m)。太宰治の随筆『富嶽百景』にも登場する三ッ峠山(1,785m)などが連なる御坂山地の最高峰で、日本三百名山にも選定されている山です。
山頂自体は樹林の中で眺望はありませんが、少し南に下った稜線からは、眼下の河口湖と富士山を望むことができます。さらに空気が澄んでいれば、南アルプス北部から深南部までの稜線を一望できます。
FUJIYAMAツインテラス(hipopoさんの活動日記)
御坂山地の稜線は、様々なポイントから富士山を望むことが可能です。西側に連なる破風山(はふうざん・1,671m)をはじめ、すずらん峠・新道峠からの眺望も見事です。
特に直下までバスが運行されている新道峠には「FUJIYAMAツインテラス」という展望デッキが新設されており、目の前に富士山が広がる「セカンドテラス」と河口湖・山中湖と富士山を一望する「ファーストテラス」があります。
また、スタート・ゴール地点付近には貴重なニホンスズランの群生地があり、例年5月下旬から6月中旬に見頃を迎えます。
コース情報
コースタイム:3時間30分
歩行距離:6.8km
累計標高差(上り):578m
累計標高差(下り):584m
十二ヶ岳からの富士山(くらすうさんの活動日記)
山名の通り、東側の毛無山(1,500m)からの稜線に一ヶ岳から十一ヶ岳までの鋭峰が連なり、御坂山地でも有数の難所が多い山が十二ヶ岳(1,681m)です。それぞれが険しい岩峰で、鎖・ロープ・ハシゴが多数設置されています。
特に十一ヶ岳と十二ヶ岳の間にある吊り橋は「ひとりずつ渡れ」の標識が設置されており、慎重に通過してもかなり揺れるスリリングなポイント。集中力を切らさずに歩くことが大切です。
十二ヶ岳手前の吊り橋(オガ次郎さんの活動日記)
ようやくたどり着いた十二ヶ岳からは、富士五湖の中でも静かな雰囲気の西湖の水面を眼下に見下ろし、対岸には青木ヶ原樹海が広がっています。もちろん富士山の眺望も抜群です。
難所続きの縦走コースを歩くのに自信がない場合は、南麓の桑留尾(くわるび)からの往復コースもありますが、こちらでも転倒・滑落事故が複数発生しているため、注意が必要です。
コース情報
コースタイム:5時間30分
歩行距離:6.9km
累計標高差(上り):936m
累計標高差(下り):935m
精進湖と富士山(hosui76さんの活動日記)
富士五湖の中でもっとも小さな精進湖の北にそびえるのが、三方分山(さんぽうぶんざん・1,421m)です。樹林帯の山頂からは眺望はありませんが、少し南西に進んだ稜線からは、精進湖と富士山の眺望が広がります。
この角度からは富士山の手前に側火山である大室山(1,468m)がそびえており、このふたつを親子に例えた「子抱き富士」という、精進湖周辺からのみ望むことができる光景を楽しむことができます。
精進諏訪神社(hosui76さんの活動日記)
またこのコースはかつて甲斐国(山梨県)と駿河国(静岡県)を結んでいた古道・中道往還(なかみちおうかん)にもなっており、駿河湾で水揚げされた魚は翌日の早朝には甲府の魚市場に届いたという文献があります。
実は、山に囲まれていながらも寿司店の数が人口比で日本一だという山梨県。中道往還は、そのルーツの道ともいえるかもしれません。現在もコース沿いには精進の大杉や諏訪神社など、歴史の面影も点在しています。
コース情報
コースタイム:3時間40分
歩行距離:5km
累計標高差(上り):591m
累計標高差(下り):591m
中ノ倉峠からの本栖湖と富士山(ひろくんさんの活動日記)
2004年から発行され、肖像画は野口英世の旧千円札。その裏面に描かれている富士山が水面に映り込む風景は、写真家・岡田紅葉が撮影した「湖畔の春」という作品が元絵になっているとされています。
その撮影場所となったのが、本栖湖の北岸にある中ノ倉峠です。2024年に新紙幣へ切り替わるまで長年おなじみだった光景。富士山が水面に映ることは稀ですが、その美しい姿は今なお人気の被写体です。
パノラマ台からの富士山(latteさんの活動日記)
そんな中ノ倉峠から稜線沿いに進んだ場所にあるのが、精進湖と本栖湖の間にそびえるパノラマ台(1,300m)です。地図上で・1328と記されたピークから少し下った場所にある稜線上の広場で、展望案内板などが設置されています。
ここからは、青木ヶ原樹海と、富士山の側火山である大室山(1,468m)を前景に堂々とそびえる富士山を望むことができます。
なお、青木ヶ原樹海は、約1,200年前の噴火で富士山北麓を焼き尽くした溶岩の上に形成された森。ツガ、ヒノキなどの常緑針葉樹を中心としながら、ミズナラやフジザクラ、カエデなど広葉樹も共存し、約3,000ヘクタールに及ぶ広大な面積を形成しています。
コース情報
コースタイム:3時間20分
歩行距離:5.9km
累計標高差(上り):535m
累計標高差(下り):535m
大室山から望む大迫力の富士山(yumukenさんの活動日記)
ここまで2つの山で紹介した富士山の側火山・大室山(1,468m)は、実は眺めるだけでなく登頂することも可能です。距離も至近であるため、山頂からは畏怖すら感じる大きさでそびえる富士山を望むことができます。
登山道には標識もないため、ピンクテープとYAMAPなどの登山GPSアプリと地図をしっかり確認しながら、ルートを外れないように慎重に進みましょう。
神座風穴(hanayoshiさんの活動日記)
山頂付近はブナの原生林となっており、新緑や紅葉のシーズンはひときわ鮮やかな森に変わります。また大室山への道のりは青木ヶ原樹海の中を歩くため、苔むした森床など幻想的で幽玄な光景を楽しむことができます。
周辺には溶岩洞穴も点在しており、これらはかつて青木ヶ原樹海ができるきっかけとなった大噴火が生み出した自然の造形です。富士風穴・神座風穴附蒲鉾穴(じんざふうけつつけたりかまぼこあな)・大室洞穴など神秘的な洞穴をめぐるのも楽しみです。
コース情報
コースタイム:3時間40分
歩行距離:6.8km
累計標高差(上り):420m
累計標高差(下り):423m
三ッ峠山からの富士山(撮影:鷲尾 太輔)
観光地としても人気の富士五湖周辺。いずれの山も、登山口までの交通アクセスが比較的よいのも魅力です。宿泊施設の選択肢も幅広く、天候が安定する季節であれば連日の登山を楽しむことも可能。各山からの距離が近いことならではの、大きく迫力のある富士山を満喫できるでしょう。
執筆=鷲尾 太輔(山岳ライター・登山ガイド)
トップ画像=ゆるりんさんの活動日記