山に向かう人の「想い」を撮りたい|フォトコン2022大賞:岩崎正代さん

YAMAPフォトコンテスト2022で大賞(スマホ最優秀賞)を受賞した長野市の美容師、岩崎正代さん。7年前から登山を始め、ソロでさまざまな山に挑戦していましたが、今ではソロが少なくなるほど山友達に恵まれたのだとか。そんな岩崎さんに、受賞作の撮影エピソードはもちろん、思い出の山行や大好きなジャンダルムの魅力について、お話を伺いました。

2023.05.27

吉玉サキ

ライター・エッセイスト

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「作品」というよりは、思い出を残すために撮っている

スマホ最優秀賞を受賞した作品「出待ち♡」

―この写真は、お友達と空木岳に行ったときに撮影したそうですね。

岩崎正代さん(以下、岩崎):写真に写っている友達と、山岳スマホフォトグラファーのMadoka.ちゃんと、3人で行きました。私は空木岳(2,863m)に登ったことがなくて、行ってみたかったんですよ。写真を撮りに行くというより、山に登りに行きました。

―冬山ですが、道中は大変でしたか?

岩崎:初冬の12月で、私たち以外は誰もいない静かな山でした。雪は途中までほとんどなくて、山頂の手前から少し積もっていて。そんなに大変なルートじゃなかったんですけど、避難小屋で楽しく食事をするために食料をたくさん持ったから荷物が重くて、着いた頃にはクタクタ(笑)。避難小屋に着いた頃に雪が降ってきたから、山頂へ行くのは諦めて、その日は小屋で過ごしました。

―翌朝、受賞作を撮影したのですね。

岩崎:はい。翌朝、薄く積もった雪の中を山頂まで歩きました。雪にはトレースがまったくなくて、動物の足跡だけがついていて、とても素敵な雪景色でしたね。山頂に到着し、3人で日の出待ちをしていると、迫ってくるような雲海がとても美しくて……。

写真を撮りたかったけど、気温が低いからか一眼レフのバッテリーがすぐなくなっちゃって。無事だったスマホで撮影したのがあの写真です。

―撮影中から、「これはいい写真になるぞ!」といった手応えはありましたか?

岩崎:いえ、手もめちゃくちゃ冷たいし、何かを考える余裕がありませんでした(笑)。本当にたまたま、素晴らしい景色が撮れただけなんです。

私は周りの山友達に比べると写真への熱量が高くなくて、普段から「いい写真を撮ろう!」とは思ってないんです。「作品」として撮っているというよりは、「思い出を残すために撮っている」感覚なので……。

―それでこの写真を撮れるのがすごいです! 写真右奥の、お友達が写っている位置がとてもいいですよね。

岩崎:ありがとうございます。私、絶対に写真に人を入れたいんですよ。人がいたほうが山のスケールが伝わる気がするから、景色だけで撮ることはあまりないかも。必ず友達とかを入れて撮ります。

空木岳にて

―スマホ最優秀賞を受賞したときは、どういったお気持ちでしたか?

岩崎:大賞を発表するYouTubeライブが始まったとき、私はまだ美容室で仕事をしていたんですよ。仕事が終わって途中からスマホで見たら、ちょうど私の写真が紹介されていてビックリしました。すぐに夫に連絡したら、あっさり「良かったね」と言われました(笑)。

「ソロでも行けるんだ!」と気づき、どんどん山へ行くように

―山にはいつから登っているんですか?

岩崎:長野市に住んでいるので、小中学生のときから学校登山がありました。あと、父が登山をやっていたので、たまに家族で近くの飯綱山(1,917m)に登っていましたね。

だけど、当時の私は山に興味がなかったんです。そこまで嫌ではないけど、登山って疲れるし、天気が悪いと悲惨じゃないですか。だから「父の影響で登山にハマる」ということはありませんでした。

―では、大人になってからハマったのでしょうか?

岩崎:そうです。10年くらい前から趣味でマラソンをしていたんですけど、7年くらい前になかなかタイムが伸びなくなってきて。知り合いに「山に登るとお尻とももの筋肉が鍛えられるよ」と勧められ、登ってみることにしました。

はじめて登ったのは近所の戸隠山(1,904m)。マラソン友達と一緒に行ったんですが、それまで山といえばハイキングコースしか知らなかったので、「こんなに岩でゴツゴツしたところを歩くなんて!」と衝撃を受けました。大人のアスレチックって感じですごく楽しかったです。

―山の魅力を知ったのですね。登山をはじめて、マラソンに影響はありましたか?

岩崎:本格的なトレーニングをしなくても、それほど苦しくなくフルマラソンを完走できるようになりました。でも、コロナ禍以降は多くのマラソン大会が開催中止になってしまって、今はもうほとんど走ってないんです。すっかり登山がメインになりました。

登山を始めたばかりの頃

―山にはどのくらいの頻度で行くのですか?

岩崎:はじめの頃は友達とワンシーズンに1回行くくらいだったんですけど、だんだん私が本格的な登山をしたがるようになったから、友達が行きたがらなくなって(笑)。それで、ソロで行くことにしたんです。

「ソロでも行けるんだ!」と気づいてからは、どんどんいろんな山にチャレンジしたくなって、ほぼ毎週登るようになりました。後立山や五竜、鹿島槍、針ノ木などなど……。そのうちに山仲間ができて、今はソロが減ってしまったんですけど。

―印象に残っている山行はありますか?

岩崎:はじめて泊まりで行ったソロ登山です。北アルプスのジャンダルムから奥穂高岳(3,190m)に行き、大キレットを越えて南岳(3,032m)まで行きました。2日目はすごく天気が良かったんですけど、キレットを越える緊張感がすごくて、景色を見る余裕はありませんでしたね。

そのとき泊まった穂高岳山荘で、いろんな方に声をかけてもらってお話したのが楽しかったです。「どういうルートで来たか?」とか「明日はどこまで行く」とか、普段登っている山の話とか。そういった人との関わりも印象に残っています。

はじめて穂高岳山荘に泊まった日

―人によって星空やご来光や夕焼けなど、好きな山のシチュエーションがあると思いますが、岩崎さんの好きなシチュエーションは?

岩崎:日の出です。1日がスタートするワクワク感が好き。ご来光を見るため夜から行動していることが多いので、「やっと太陽が出てくるぞ」という待ち遠しい感じが好きですね。めちゃくちゃ寒い中で日の出を待つ辛さも、太陽が出ると一気に報われるじゃないですか。あの感覚が大好きです。

山だけじゃなく、山へ向かう人の「想い」も撮りたい

剱岳山頂から

―写真を始めたきっかけは?

岩崎:山仲間のみんながかっこいい写真を撮っているのをSNSで見て、自分も撮りたくなってカメラを買いました。それが1年前。だからまだまだ初心者です。

実は夫がカメラマンなんですけど、彼はぜんぜん山をやらないんです。たまにカメラのことを聞くんですが詳しくは教えてくれなくて、「とにかく数を撮れ」と言われます。

―では、写真は独学でしょうか?

岩崎:SNSでつながっていた山岳自撮り写真家・sh1nくんと一緒に山に行くようになってから、少し教わったりもしました。

ただ、何から何まで教わったわけではないです。写真で表現したいこととか、大切にしている価値観とか、そういうマインドの部分を聞くと影響を受けちゃって自分らしさが混乱すると思うので……。あくまでカメラの設定など、技術的なことをちょっと聞くくらいにしています。

―岩崎さんが写真において大切にしていることはなんでしょうか?

岩崎:山だけじゃなく、山に向かう人、その人の「想い」を撮りたいと思っています。なにかしらの想いを感じたとき、自然とカメラを向けているというか。だから、山を歩くときはいつも同行者からちょっと離れて歩くんです。「撮るよ」と言って撮るんじゃなく、私が撮りたいと感じた瞬間に撮る。

最近、自分の撮る写真が変わってきた気がします。カメラを持ったことで、遠くの景色まで写ったり、遠くにいる人が鮮明に写ったり。以前はそこまで意識せずに撮っていたんですが、最近は構図とかも気にするようになってきました。

―岩崎さんの中で、変化があったんですね。

岩崎:ほかにも、写真に対する考え方が変わった出来事がありました。昨年の秋に山岳写真グループ・JazzySportの合同写真展『山ノ革命』を観たんです。三人展だったんですが、お三方のそれぞれに個性的な作品を観たとき、全身の細胞が震え、まるで自分がその山にいるような感覚になりました。どうしたらこんな写真が撮れるんだろう、って……。私もいつかこんなふうに、自分が見た山の景色を「自分だけの作品」にしてみたいと思うようになりました。

ジャンダルムに惹かれる理由

ジャンダルム

―山のお友達とはどのように出会っているのですか?

岩崎:SNSで親しくなって、一緒に山に行くようになって……って感じですね。InstagramやYAMAPで出会った山友達が10人くらいいます。登山のスタイルや、山への考え方が似ている人たちと仲良くなりますね。

―今まで撮った写真の中で、自信作を紹介してください。

岩崎:最近撮った写真の中で特に好きなのは、ジャンダルムとsh1n君。あと、秋の日の入りのジャンダルムとMadoka.ちゃん。私はやっぱりジャンダルムが好きみたいですね(笑)。

秋の日の入りのジャンダルムとMadoka.さん

―ジャンダルムの魅力はどういうところでしょう?

岩崎:やっぱりあの独特の形と、天空にいる感じですかね。あのトゲトゲの岩々した感じがかっこいい。でも、本当はもっと違う理由でジャンダルムに惹かれている気もするんです。その理由が何かは、自分でもわからないんですけど。

厳冬期のジャンダルムとsh1nさん

―今後、行ってみたい山はありますか?

岩崎:行ったことあるけど、剱岳にまた行きたいです。同じ山を、ルートを変えて登るのが好きなんですよ。今まで登った好きな山を、たとえば沢から登るとか、違う尾根から登るとか。好きな山を別の角度から楽しみたいです。

―今後、撮影したい景色はありますか?

岩崎:まだ撮ったことがないので、星空を撮りたいです。今回のフォトコンの賞品で三脚をゲットしたので、さっそく撮ってみたいと思います。穂高や剱岳などの岩々した山にかかる天の川や、星空の下で山に向かっている人など、険しさと美しさと人の写真を撮りたいです。

*(雪山初心者の方へ)雪山の撮影に行く場合には、ガイドや指導者の講習を受け、レベルに応じた山で経験を積んでから、ステップアップするようにしてください。

吉玉サキ

ライター・エッセイスト

吉玉サキ

ライター・エッセイスト

北アルプスの山小屋で10年間働いていたライター・エッセイスト。著書に『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』がある。通勤以外の登山経験は少ない。