初の北アルプス。逃がさなかった瞬間|フォトコン2022最優秀賞:川村泰人さん

YAMAPフォトコンテスト2022で最優秀賞を受賞した川村泰人さん(大阪在住)。受賞作は北アルプスの大キレットから穂高連峰にかかる天の川を撮影した作品です。なんと川村さんが北アルプスに行ったのはこれが初めて。数少ないチャンスをものにした撮影エピソードや上達のコツ、感性の磨き方について、お話を伺いました。

2023.06.03

吉玉サキ

ライター・エッセイスト

INDEX

「あの空間で、時間が止まっているように感じた」

最優秀賞を受賞した作品「Milky Way」

―この作品を撮影したときのことを教えてください。

川村泰人さん(以下、川村):2022年のGWに撮影しました。写真仲間の知人と「槍ヶ岳(3,180m)に行こう!」って話になって。僕にとって、このときが初めての北アルプスでした。

―てっきり毎週のように北アルプスを撮影しているのかと思っていました。初の北アルプス登山で残雪期は大変でしたね。

川村:横尾に前泊したんですけど、上高地から横尾に行く間に雪が降ってきて、あたりが白くなり始めました。槍沢ロッヂの少し上くらいから、アイゼンをつけて登りましたね。20kg以上の荷物を背負っていたので、槍ヶ岳山荘のテント場に着いた頃にはヘロヘロ。高山病なのか頭が痛くなっちゃったので、その日はテントですぐ休みました。

―それは大変! 翌日、山頂には登れたのでしょうか?

川村:はい。体調が回復したので槍ヶ岳の山頂に登って、それから南岳(3,032m)に向かいました。南岳の冬季小屋に宿泊して、夕方からはお互いに写真を撮って……。知人は今回は星を撮らないと言うので、僕だけ夜中2時に起きて、あの撮影ポイントへ向かいました。

―なぜ、あの場所から写真を撮ろうと思ったのですか?

川村:昔から「大キレット」という場所に憧れがあったので、大キレットや穂高にかかる天の川を撮りたいと思いました。だから大キレットに天の川がかかる角度を考え、夕方のうちからあの場所をチェックしていたんです。

―とても美しい光景ですよね。あの光景を見たときは、どんなことを感じましたか?

川村:不思議な感覚でした。ものすごい空間に自分がポツンと置かれている感覚。あのとき、稜線なのに風がほとんどなくて、音がしなかったんですよ。だから時間が止まっているように感じました。足を踏み外したら命を落としかねない場所もあるのに、とても静かで穏やかでした。

―肉眼でも、天の川はこんなに美しく見えたのですか?

川村:いえ、肉眼では天の川の色は見えなくて、星の集まりに見えます。天の川のさそり座付近を撮ると、センサーに反応して、この写真のように色が付いて写るんです。だから一度試し撮りをしないと、どうなっているのかわかりません。

夜の山は真っ暗なので、特に自分の足元や大キレットなどの前景はシルエットでしか見えないんですね。だから撮影して確認しながら、「もうちょっと右、もうちょっと左」とバランスを整えていきます。

―試し撮りしながら構図を考えるんですね。今回、構図でこだわった点はありますか?

川村:足元の景色を入れて、奥行き感を出しました。近い、少し遠い、遠いというふうに奥行きを表現しています。

―写真では稜線の向こうにうっすら光が見えますね。

川村:水蒸気が停滞してスカッと抜けきらない感じだったので、たぶん街明かりが拡散反射しているのだと思います。写真右奥の明かりはもっと燃えるようなオレンジ色だったので、現像の際にほどよくなじませました。

―なるほど。この1枚を撮るのに、どのくらい時間をかけたのでしょうか?

川村:写真を何枚も重ねて星をきれいにする「スタック処理」という方法をとっているので、たぶん12枚くらい撮っています。星が15秒×12枚=180秒、地上景が15秒×20枚=300秒。星と地上で、合計のシャッター開放時間は480秒(8分)になります。写真の現像には2〜3時間を要しました。

受賞作の後に撮影。南岳(常念平)から大キレット・北穂高のモルゲンロート

―シャッターを切った瞬間から、「これはいい作品になるぞ」という手応えはあったのでしょうか?

川村:いえ、正直わからなかったです。構図もそこまでこだわりきれなかった部分があって。というのも、やっぱり立てる位置に限界があるんですよ。もう少し前に行きたいと思っても、物理的に不可能だったり……。

あと、前日はもっと雪が残っていたので、「前日だったら真っ白でかっこいい景色が撮れたかも」とも考えました。もしもの話をしても仕方ないんですけど。一応、あの状況で撮れるベストは尽くせたと思います。

どうしたら撮れるようになるか、試行錯誤を続けた

―登山を始めたきっかけを教えてください。

川村:高校のとき、登山部に入部したのがきっかけです。地元は岩手なんですが、当時は岩手山(2,038m)の火山活動が活発だったため、入山規制されていて登れなくて。しかも、途中で顧問とケンカして部活には行かなくなりました(笑)。

―登山はやめてしまったのでしょうか?

川村:大学生のとき、岩手山が開山したから登ってみました。だけど登山を続けることはなくて、社会人になってからはリバーカヤックをやっていましたね。結婚してからもカヤックを何年かやって、そのあとはボルダリングを2年くらい。子どもが生まれて忙しくなったので、全然やらなくなりましたけど。

その後、2017年か2018年くらいに、体重が増えたから体を動かしたいなと思って、近くの金剛山(1,125m)に行くようになりました。

―それから、いろいろな山に登るようになったのでしょうか?

川村:いえ、そんなには登っていないんです。まだ子どもが小さいので、あまり家を開けられなくて。遠出するのは一年に一度くらいで、基本的には日帰りで登れる関西の山に行っています。金剛山とか、大峰山の八経ヶ岳(1,915m)とか。夜中に出て暗いうちに登って、昼くらいには降りてきて、あまり遅くならないうちに帰宅します。

涸沢カールと月明かり。2023年のGWには2度目の北アルプスに行った

―写真を始めたきっかけを教えてください。

川村:2016年、子どもが生まれたことをきっかけにカメラを買いました。最初は飛行機の写真を撮っていたんですよ。伊丹空港の夜景の写真を見て、自分も撮りたいと思って。

伊丹空港の夜景と出発する飛行機

川村:最初は飛行機を撮っていたんですが、もともと飛行機マニアではないので飛行機ばかりを追いつづけることができなくなってきて、2018年くらいからは風景写真も撮るようになりました。ちょうどその頃から登山を始めたので、山の写真も撮るようになった感じです。

―写真の技術はどのように身に着けたのでしょうか?

川村:とりあえず撮って、思うように撮れなかったら「どうしたら撮れるようになるか」をネットで調べて、試行錯誤を続けました。星に関してはマニアックな操作が多いので、ネットで取得した情報を写真仲間と共有して、あーでもない、こうでもないと言い合っていましたね。今思うと、それも勉強になったと思います。

マングローブの一本木と天の川

美しいものを見落とさないために大切なこと

北穂高から見た朝焼けの槍ヶ岳(2023年のGWに撮影)

―写真において、大切にしている価値観やテーマはありますか?

川村:1つは「人の真似じゃなく、自分が撮りたいものを撮ること」。できるだけオリジナリティのあるものを撮りたいです。

もう1つは、「心が動いたときに撮ること」。「こういう写真を撮るぞ」と決めて撮影に臨むのではなく、「撮りたい!」と心が動いたら撮る。スナップに近いスタイルで撮っています。

―山に行っても、心が動かなかったら撮らないのでしょうか?

川村:そういう日もあります。トレーニングで里山に行く日もカメラは持って行きますが、「別に撮らなくてもいいかな」みたいな日は撮らずに帰ってきますね。逆に、「撮りたい!」と思った瞬間は絶対に撮り逃さないように、常に心構えはしています。

―素敵な景色に出会ったとき、それを撮り逃さないようにするために必要なことはなんでしょう?

川村:そこはやっぱり技術かなと思います。こういうコンディションだからシャッタースピードはこう、絞りはこう、というのを瞬時に判断しなきゃいけない。三脚を置く、置かないの判断もありますし。そういう判断力は、今までの知識と経験で培ってきたと思います。

桜と川霧

―構図を決めるためのセンスは、どうしたら磨けると思いますか?

川村:写真以外でも美しいものを見ることかな、と思います。僕はもともと美術やデザインに興味があって、よく美術館で現代アートを見たりするんですよ。写真を始めてからは、構図も意識して見るようになりました。写真を撮るからって写真の勉強だけしていくと、すでにある写真の真似になっちゃう。写真以外の美しいもので目を養っていくのが大切だと思います。

あとは、自然の中にある小さなものを写真的な気持ちで見ていくとか。たとえば霜がついた葉っぱとか、足元に落ちてるときはそんなに美しくなくても、写真にして切り取ったらすごく綺麗かもしれない。山を登るとき、そういうものを見逃さないように心がけています。

―そういう視点で見れば、近所の里山で無数に美しいものを見つけられそうですね。

川村:そうなんですよ。だから、いつか金剛山だけで写真をまとめたいなと思っています。

―今、里山を撮る方が増えてきている印象です。なぜ今、里山に目が向いてるのだと思いますか?

川村:写真を始めたばかりの頃って、いわゆる「絶景」を追いがちになると思うんです。だけどそのうちに、「撮らされてる感」を覚える人も多いと思うんですよ。

「これは本当に自分が撮りたいものなのかな?」みたいな。そういう疑問にぶつかったとき、SNSウケはいったん置いといて、自分が心から美しいと思う景色に目を向けたくなる。その結果、身近な里山に目を向ける方が増えたのかな、と思います。

「Spotlight」霧の金剛山の森に差す光。YAMAPフォトコンテスト2021 入選作品

―今後、撮ってみたい写真はありますか?

川村:山に人がいる写真も撮っていきたいです。美しい景色は山に行けば撮れるけれど、「人がいる景色」はその瞬間しか撮れないので。

登山って文化だと思うんですよ。10年後はもっと登山スタイルが変わってるかもしれないし、50年後は山に登る人がいないかもしれない。変わっていく登山文化を、写真で残せたら嬉しいですね。

川村さんのYAMAPとInstagramのアカウント

YAMAP(y.rivervillage)

Instagram@y.rivervillage

*(雪山初心者の方へ)雪山の撮影に行く場合には、ガイドや指導者の講習を受け、レベルに応じた山で経験を積んでから、ステップアップするようにしてください。

吉玉サキ

ライター・エッセイスト

吉玉サキ

ライター・エッセイスト

北アルプスの山小屋で10年間働いていたライター・エッセイスト。著書に『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』がある。通勤以外の登山経験は少ない。