息を切らして登りつめた先に広がる、大絶景。そんな風景をスマートフォン(スマホ)でパシャリ。それももちろん楽しい瞬間ですが、一眼のファインダーを覗いてみると、ぐっと自然の解像度が高くなり、より想い出深いものになります。
国内外の有名写真コンテストで数々の入賞を果たしている、風景写真家の横田裕市さんと、山の撮影入門におすすめの山、山梨県の大菩薩嶺(だいぼさつれい、2,056m)をフォト山歩。一眼ビギナーを想定した撮影のアドバイスをいただきながら、進化を続けるスマホと一眼の違い、ステップアップで見える世界についてお話を伺いました。
2023.11.01
武石 綾子
ライター
少しずつ涼しい風が吹き始めた9月半ば。向かったのは山梨県にある日本百名山のひとつ、大菩薩嶺(2,056m)。
首都圏から登山口までのアクセスが比較的良く、絶景の山肌と富士山の眺めが魅力。2時間程度で山頂やビュースポットまで到達できるため、のんびりとしたフォトトレッキングにも最適なフィールドだ。
横田さんの記事:首都圏から日帰りできる大菩薩嶺|プロ写真家が山登り初級者におすすめする日本百名山
私が持参した機材は、登山や旅行に最適なSONYのミラーレス一眼カメラ「a6400」。本体にズームレンズ込みで700g程度ととても軽量。かつ「手軽に高画質な写真が撮れる」とハイカーにも人気の1台を、カメラ機材のレンタルもしているYAMAP RENTALにて拝借した。
画質、操作性、デザイン、重量やタフさ、価格…。カメラ選びにはいくつもの検討事項があり、主な撮影環境が雨風必至の山となれば、さらにそのハードルは上がる。加えて、初めての購入であればなおさらだろう。思い切った投資になることを考えると、事前にフィールドで試せるのはとてもありがたい。
私自身、数年前から一眼カメラを持って山を歩いているものの、「なんとなく」の感覚に頼ってシャッターを切っているのが本当のところ。もしかしたら、「宝の持ち腐れ」状態になっているかも…。
この日ははじめて一眼を購入したあの頃に立ち返り、先生の横田さんにあれやこれやと質問。「なんとなく」からの卒業を目指す上で、たくさんの学びやヒントを得ることができた。
一眼といえば「モード設定」「絞り(F値)」「シャッタースピード」「ISO(カメラが光を捉える感度)」が基本要素となるが、最初はどのような基準でセットすればよいのか戸惑うところ。
横田さんが早速、最初の設定や心構えについてアドバイスしてくれた。
「まずは絞り優先の『A』モードからはじめてみましょう。慣れていけば好みの設定が出てくると思いますが、ISOやホワイトバランスもオートで大丈夫。最初のうちはなるべく考えることを少なくして『絞り』に集中、あとは好きなように撮ってみましょう。調整できるのが一眼の面白さでもあるので、少しずつ色々な機能を試してみてくださいね」
樹林帯から始まる、ゆるやかな登山道。少し歩いたところで、「おっ、太陽の光が漏れ出して、樹林がよい感じですね」と横田さんがカメラを構えた。
「風景や広角での撮影時には、F8を目安に絞りを調整していくのがおすすめです。もちろん撮影環境や被写体にもよりますが、レンズの解像性能を最も発揮するF値がF8~F11といわれてるんです」
絞りをF8に設定して撮影。確かにシャープな写真が撮れた。ただ、少し暗いかも。もう少し奥行きもほしいような…。
「ちょっと明るさを出すために露出を上げてみましょうか。自分の立ち位置も少しずつ変えながら、光を捉えてみましょう。あとは光芒(光のすじ)が放射線状になるように意識してみると、奥行きが感じられる写真になりますよ」
横田さんの撮影した写真を覗き込むと、確かに太陽の光が放射状に伸びて、森の奥行きが感じられる。
「あ!きのこが生えてる!」
「苔が綺麗ですね~」
会話しながらシャッターを切り、5分に1回は立ち止まる私たち。通常30分程度で通り過ぎてしまうはずの樹林帯を、なかなか抜けられない。でも、こうして休憩しながら被写体を見つけて歩くのも、山撮影の楽しみだ。
一眼を持っていると、普段見逃してしまうあらゆるものが被写体に思えてくるから不思議だ。
きのこや花など、被写体によりフォーカスをあてたい場合は、背景が好みのボケ具合になるまで絞り(F値)を小さくしてみる。ここでのポイントは見せたい「情報量」。
「背景もある程度見せたいのか、被写体のみを浮かび上がらせたいのか。情報量が自在にコントロールできるのも、一眼の面白さですよ」
また、スマホにも共通するが、難しいのは構図。主題となる被写体をどの部分に、どのように配置すればいいのか。
「ファーストステップとしては、中心に被写体を据える『日の丸構図』と、縦横を三分割して配置する『三分の一(三分割)構図』をおさえてみましょう」
目視で分かりにくかったら、方眼などのグリッドラインを設定するのも一案。スマホでも一眼でも、ほとんどの機種で設定できる。
アドバイスを受けながらシャッターを押していくと、「なんとなく」から少しずつステップアップできていることを実感する。小気味良く響くシャッター音を感じたり、ファインダーを覗き込んで被写体と向き合ったりという、一眼ならではの「体験」を通して、「写真って楽しい!」と純粋に感じる。
ただ、そうはいっても「スマホであれば手軽だし、荷物も減るし、十分綺麗な写真が撮れるのでは?」。そんな風に思う人もいるかもしれない。
プロの写真家の方に僭越(せんえつ)ですが…と思いながら「スマホと一眼のいちばんの違いって、何だと思います?」と投げかけてみた。
「手のひらサイズで楽しむなら、仰る通りスマホでも十分かもしれません。ぼくも撮影の時にはスマホも使いますよ」と前置きした上で、「一番の違いは画質ですね」と明言する横田さん。
「プリントしたり、パソコンの画面で拡大したりすれば、撮影機材がスマホか一眼かは一目瞭然です。そういう意味で、『手のひらサイズ』で楽しむのであればスマホで十分なんです。ただ、写真として細部まで美しく鮮明に残したいのであれば、一眼を推奨したい。ぼく自身も『目で見た感動を出来る限りそのまま伝えたい』と思って写真を撮っていますが、それを実現できるのはやっぱり一眼だと思います」
確かに、たとえば遠方を撮影しようとスマホのカメラをズームして画質が粗くなってしまう、といったことは誰しも経験があるだろう。
以下は当日、スマホと一眼、それぞれで撮影していただいた写真。どちらがどちらかは、言わずもがな。「手のひらサイズ」で見れば綺麗に撮れてはいるものの、想い出や作品として残しておきたいのはやはり、下の写真ではないだろうか。
一眼での撮影は単なる「記録」にとどまらず、シャッターを押したその瞬間から、自分なりの「作品」になる。私はこの日、一眼を持つことで、山の景色の見え方がより彩度を増すことを再実感していた。
1時間ほどかけてゆっくり樹林帯を登り切ると、休憩にぴったりな眺望スポット「雷岩」に到着。振り返ると一気に景色が開け、ついに富士山がお目見え!…かと思ったら、分厚い霧が景色をすっぽり覆い隠してしまっている。
あぁ、残念。ここからの富士山が絶景のはずなのに…!
やや落胆気味のクルーに、少し先を歩く横田さんが声をかけてくれる。
「うーん、今のところ富士山は見えないですね。まぁ、諦めないで待ってみましょう。曇りには曇りの、雨には雨の良さがありますから。実は天気が変わりやすいときほど、よい写真が撮れるチャンスだったりするんです。雨の日は苔の色がより綺麗に見えるし、雨粒も被写体として捉えると面白いですよ。思いっきり接写で撮ってみましょう」
アドバイスの通り、木の表面を観察しながらレンズを近づける。ファインダーの中に透明な雨粒が浮かび上がるのが楽しい。
「晴天の日は絶景が拝めるけれど、景色が変わる要素が少ないので、何枚撮っても同じような写真になりがちなんですよね。今日みたいに霧がスピーディーに流れている日は、毎秒のように風景が変わってすごく撮りがいがあります。ドラマチックな瞬間は、むしろ曇天の日に生まれるといっても過言ではないかもしれません」
なるほど、確かに。晴れの日の撮影フォルダを見返すと、連写したかのように似通った写真が何枚も納まっていることがよくある。
風景が期待できないと感じるとつい「もうカメラしまっちゃおうかな」と思いがちだけれど、その時々のコンディションならではの被写体や瞬間を探すことで、天候不良の山行にも楽しみを見出せるというわけだ。
また、写真は光が重要。時間帯も気にしてみると良いとのこと。
「理想は早朝や夕方。太陽が高い位置にあると光が強く、コントラスト(明暗の差)がつきすぎてしまうので、プロでも撮影・調整が難しいんです。なるべく太陽が昇り切る前の早い時間帯、もしくは夕暮れの時間帯なども意識してみましょう」
「霧も少しずつ晴れてきましたよー! 山肌を主題に、右側を広くとって大きく見せてみましょう」
待てど暮らせど、富士山の全容を拝むことはできなかったこの日。しかし大菩薩の魅力のひとつともいえる、山肌と霧が交じり合う様子はとても印象的で、毎秒のように変わる風景がおさめられたフォルダには、横田さんの言う通り1枚として同じ写真はなかった。
人気の山小屋「介山荘」にて、生のかぼちゃが入った名物のラーメンをいただきながら、「どうしたら自分らしい写真が撮れるのか?」というオリジナリティの出し方について、横田さんに尋ねてみた。
「オリジナリティ、出そうと思って出せるものじゃないですよね(笑)。続けていくことで、段々と自分の色みたいなものは出てくると思います。理想の写真が撮れなくても続けてみてほしい。テクニックを意識しすぎず、好きな時に好きなように撮るのが一番。子どものように、撮りたいと思った時に撮ればいい。正解はないですから」
大事なのは、自分自身が写真を楽しむ気持ち。その気持ちを後押しして写真の世界を押し広げてくれる一眼の世界にぜひ、一歩踏み出してみてほしい。
文・写真:武石 綾子
監修・写真:横田 裕市
協力・写真:GOOPASS