山に登るには何を揃えればいいの? どんな服を着ていけばいいのだろう…。「道具の教科書」シリーズ(全8回)では、そんな疑問をまるっと解決! 登山ガイドの岩田京子さんが、優しくかつコンパクトに登山道具の基本を教えてくれます。第1回目は登山に欠かせない「三種の神器」について。これから本格的に登山を始めようという人、「三種の神器ってなんだ?」と思った人は今すぐ読もう!
山道具の教科書|登山初心者必見の「服装&持ち物」完全マニュアル #01/連載一覧はこちら
2019.11.26
岩田 京子
登山ガイド
はじめまして、登山ガイドの岩田です。普段は「楽しく山を歩く」をモットーに、高尾山から北アルプス、遠くはヒマラヤまで各地の山々を案内しています。お客様の中にはまったくの初心者や登山を始めて間もない方も多く、実地で山を歩くこと以外にも、机上講座を通して「登山の基本装備」や「アイテムごとの用途と種類」、「フィッティングのコツ」 といったレクチャーも並行して行なっています。
さて、登山装備を選ぶ際にポイントとなるのが、「自分に合った」ものを見極めるということ。当たり前のことなのですが、意外と難しいようです。例えば、ツアー参加者の方から「お店の人に聞いて一式揃えてきました」、「雑誌で特集されていたので買いました」といった声を聞くことがあるのですが、そのたびに「ああ、もったない!」と思うことも。オーバースペックでかえって使いにくかったり、安さだけで選んで結局すぐに買い換える羽目になったり、正しいフィッティングをせずに購入したため実はサイズが合っていなかったり…。どれもちょっとしたことなのですが、この「ちょっと」が快適さに大きく左右してしまいます。
そこで、このコーナーでは、楽しく山を歩く上で欠かせない自分に合った道具選びのため、登山の基本装備から正しいフィッティングの仕方、使い方まで、ご紹介していこうと思います。道具選びは季節や天候、日数、山域、その人の登山スタイルなどによって変わりますが、ここでは2000m以上の日帰り登山〜1泊2日の山小屋泊を想定したベーシックな登山装備についてお話しします。
登山靴、バックパック、レインウェア。これらが登山装備の「三種の神器」です。凸凹道を安定して歩くための登山靴、山行中必要なものをすべて詰め込み長時間背負い続けるバックパック、急な天候の変化に対応でき、体温調節をサポートしてくれるレインウェアは、登山をするなら、必らず手に入れたいアイテムです。その3アイテムの特徴と種類を知り、自分に合った道具を選んでみましょう。
平坦な道を歩く街中とは違い、登山では不整地を歩きます。これは低山であっても高山であっても変わりません。凸凹した登山道には、尖った石や滑りやすい岩、浮石、砂利、木の根、ぬかるんだ土、水たまりなど様々なシーンに出くわします。そのような登山道をスムーズに通過していくための機能が備わった靴が必要です。
スニーカーやトレッキング用のシューズは全体的に柔らかいものが多く、その分、筋力や技術でカバーしなくてはなりません。筋力でカバー仕切れない初心者にこそ、専用の登山靴が必要なのです。また、登山道での歩き方は通常の歩き方と大きく異なります。平坦な道では、地面を蹴って前に進みますが、その歩き方では滑って転倒したり、筋力を使い過ぎて疲れてしまいます。
登山靴とは、靴底が厚く、くるぶしをカバーしてくれるミドルカット、ハイカットと呼ばれるタイプのシューズ 。つま先が固く、岩角などからブーツの擦れを守る効果もあります。また、アッパーと呼ばれる足の甲をつつむ部分は、踏ん張った際に靴の中で足がズレることがないようホールド感を高めた仕様になっています。
ミドルカットやハイカットタイプは、バランスを取りにくい不整地で重い荷物を背負ったときであってもしっかりと体を安定させ、バランスを崩したときに捻挫から足首を守ります。さらに、砂利や雨などの侵入を防ぐ役目もあります。「そこまでの場所には行かないから…」と言ってローカットのハイキングシューズやトレイルランニングシューズのようなものを選んでしまい、歩きにくそうにされている方を見かけます。初心者、初級者の方、筋力や技術が未熟な方こそ、しっかりした登山靴を選ぶべきだと思います。また、ぬかるみや雨天時に行動することも多いので、防水機能を備えたモデルがおすすめです。
靴底は硬くグリップ力のあるものを。この硬さとグリップ力が大事で、ソールが柔らかいと安定感を筋力でカバーしなければならず、疲労につながります。少ない回数であれば頑張れるかもしれませんが、長時間となると筋肉が疲れてしまいます。
最後に、靴を選ぶ際、試履きをおすすめします。ただ、短い時間の試履きでは良し悪しを発見しにくいので、店舗で20分ほど履かせてもらい、少し歩いてみるとよいでしょう。ちなみに、試履きする時間は一日のうちでも足がむくみはじめる夕方以降がベターです。
登山では、1日中もしくは数日間の活動となり、水や食糧、行動食、防寒着、レインウェアといったアイテムは自分自身で背負わなければなりません。ナップザックやデイバックのような簡易的なものでも運べなくはありませんが、細い紐が肩に食い込み、一枚生地のため荷物がゴツゴツと背中にあたってしまい、バランスも悪く様々な場所に傷みも出てきます。
そこで、ある程度の重量のある荷物を持って、アップダウンのある凸凹した登山道を歩くためには、両手を空けてバランスをとりながら行動ができ、重さを感じにくく、活動を妨げない登山向けのバックパックが必要です。
日帰り登山と山小屋に宿泊する場合で容量が異なります。日帰りであれば20~30ℓほど。山小屋宿泊の場合30~40ℓが目安となります。小さなリュックサックを選んでしまうと、ギュウギュウに詰めしまって荷物の出し入れに苦労することがありますし、大きすぎても荷物が下の方に偏ってしまい、背負った際のバランスが悪くなってしまいます。大きすぎず小さすぎず、目的にあった容量のリュックサックを選びましょう。
容量のほかに大切なのが「背面長」。背中にあたる部分で、フィット感を左右します。ショルダーハーネスの付け根とウエストベルトの間、多くのメーカーのものがメッシュなどのクッションが設けられています。同じモデルでも体格に合うようにサイズ展開していることもあるので、実際に背負ってフィッティングを確認するとよいでしょう。登山は長時間、それなりの重さを背負っての行動となります。このフィット感を軽視すると、長時間背負ったときに肩や腰に痛みが出たりするので注意が必要です。男性と女性では背丈も身体の大きさも違うため、背面長、ウェストベルトのサイズを考慮した女性用モデルもあります。
また、雨蓋やサイドポケットなど、登山時に使いやすい工夫がされているデザインもあるので、山での休憩時の行動や歩いている時の行動を思い浮かべながらイメージを膨らませて選ぶのもいいでしょう。ザックカバーは付属されているかを確認。ない場合は、別売りの物を必ず用意しましょう。
登山では、雨が降ったときはレインウェアを着用します。天気予報が晴れでも急に雨が降ることもありますし、強い風が吹いて体温を奪ってしまうということも。そんなときに命を守ってくれるのがレインウェアなんです。
山での雨天時には風を伴う事が多いため基本的に傘は使用しません。またポンチョやコンビニなどでも売っているようなビニールカッパでは、風や枝にひっかかって破けてしまったり、動きにくかったりと、登山には適しません。そのため、上下セパレート式の防水・透湿性に優れたレインウェアが必要になるのです。
一番重要なのは素材。防水性はもちろん、透湿性があるタイプを選びましょう。防水性は雨をしっかりブロックしてくれる機能、透湿性はレインウェア内の汗や熱によるムレを発散してくれる機能です。ゴアテックスという言葉をご存じでしょうか? これは防水・透湿性素材の商標名で、水蒸気は通すが雨は通さない薄いフィルムのような素材のこと。他にも、各メーカーで独自に開発した防水透湿性の素材を使用しているレインウェアもあります。軽量化のために生地を薄くしたモデルもありますが、コンパクトで持ち運びが便利な一方で、岩や枝などによるスレには弱く、高性能素材を使用しているため価格が高いことも。
デザインは縫い目の少ないタイプがおすすめ。縫い目が少ないことで、肩回りや肘などを動かしたときにツッパリ感が少なく感じます。また、 ポケットの位置も大切。リュックサックのヒップベルトを着用したときにアクセスできる位置にあるか確認しましょう。ほとんどのレインウェアが少し上にポケットを配置しているはずです。
レインパンツは、登山靴を履いたまま着脱することもあるため、サイドのジッパーの長さが重要。ジッパーが長ければその着脱のストレスが少なくなります。近年のモデルは、フルジッパータイプも増えてきていて、足を上げる事なく、靴の泥で汚れる事なく、脱ぎ着出来ます。
サイズはジャストサイズを。大きすぎると隙間から雨水が侵入しやすくなり、着用していても中のウェアが濡れてしまいます。また、ピッタリ過ぎても動きにくく、段差で足を上げにくいこと。動きにくさを軽減するためにストレッチ素材を使用しているモデルもありますので、試着してみましょう。
ある日のツアー登山中のことです。バックパックをとても使いにくそうにしている人がいたので、どうしてそれを購入したのかを尋ねると「お店の人にこれがいいと言われたから…」と返ってきました。こんな風に、アドバイスを鵜呑みにしすぎてしまうのはちょっと危険です。参考にすること自体は問題ないことですが、それだけで決めてしまったり、左右されすぎたりすると、後々失敗することが多いのです。また、値段の安さだけで選んでも、耐久性がイマイチであらためて購入することになるケースもまま見られます。
歩く、休憩する、雨天に備える。店頭で選ぶ際には、商品を実際に手に取って、試着するのはもちろん、こうした登山中の行動を頭の中でイメージしてみることが大切です。使い勝手を確認し、自分の体型や用途に合っているのかを一つひとつを確認すること。人それぞれ、体の大きさ、気温の感じ方、体力、筋力などが異なるので、本当に自分に合ったものなのかを判断できるのは自分しかません。実物をじっくりと観察して、試して、自分にあったものを見つけるようにしましょう。
また、富士登山などでは初心者の方が山頂を目指しに来る場合も多く、道具を購入せずに来る方もいらっしゃいます。その方々はレンタル屋さんで道具を借りている方も多いです。そのようにして、一度イメージしてからから買うのも良いのですが、希に「両親から昔、使用していた靴を借りてきた」という若い人も多く見かけます。そのような靴は大抵、ソールがパックリと剥がれてしまい無残な状態になり、応急処置をして下山という事態はよくあることなんです。靴に限らず、バックパックやレインウェアなど。ずっとしまっておいた古い道具は使用していなくても経年劣化し、登山中に不具合が起こる事例が多いため使用しない方がよいでしょう。
街中や自宅などでは、建物に入れば雨風をしのげて、乗り物に乗れば楽に長距離を移動できます。また店舗や自動販売機などでは食べものや飲み物が手に入ります。しかし登山で訪れる山の中の自然ではそのような便利さはありません。自分自身の身は自分で守り、必要なものは自分自身で背負って行動することになります。自分の味方となってくれる道具としての三種の神器。それ自体があればいいということでもなく、その道具ともうまくコミュニケションをとっていき、利点、欠点も理解して良き相棒となれるものと一緒に登山を楽しみましょう!
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photo by 小林昂祐