北海道を代表する鳥、クマゲラ|大橋弘一の「山の鳥」エッセイ Vol.12

山にはいろいろな野鳥が暮らしています。低山から高山まで、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを、野鳥撮影歴30余年の大橋弘一さんがさまざまなトリビアを交えて綴る「山の鳥エッセイ」。第12回は、「クマゲラ」について、自身の体験談を中心に、写真とともに紹介します。

山の鳥エッセイ #12/連載一覧

2024.10.25

大橋 弘一

野鳥写真家

INDEX

【第12回 クマゲラ】
英名:Black Woodpecker
漢字表記:熊啄木鳥
分類:キツツキ目キツツキ科クマゲラ属

日本最大のキツツキ

クマゲラの飛翔。大きさはカラス並みだが、シルエットでも形が違うことがわかる(札幌市南区)

クマゲラは、日本最大のキツツキです。その大きさは、全長46cmほど。大きいものは55cmもあるといわれています。これは、カラスに匹敵する大きさです。しかも、色は頭部に赤い部分があるほかは全身が黒いので、飛んでいるときなどはカラスと見間違うほどです。

この大きな黒い鳥が、幽玄な原生林の大木の幹に張り付くようにとまり、その幹を豪快にたたく…。それはもう、北海道の大自然を象徴するような光景でしょう。

北海道の自然そのものといってもいいかもしれません。東京生まれ・東京育ちの私が北海道に移住した頃、こんなクマゲラのイメージに、大いに憧れたものです。

しかし、予想していたこととはいえ、北海道で暮らしていてもやはり、クマゲラはそう簡単に出会える鳥ではありませんでした。生息地といわれる山や森へ行って探しても、一朝一夕には見つかりません。

クマゲラは体が大きいだけあって行動範囲がかなり広いため、生息地の森をただやみくもに歩いても出会えないのです。何の手がかりもないまま偶然の機会を求めて山を歩くだけではダメだということが、身にしみてわかりました。

北海道の代表的なキツツキ類(上左:オオアカゲラ 上右:アカゲラ 下左:コゲラ 下右:ヤマゲラ)

北海道の森には、関東地方などと比べてアカゲラやコゲラ、オオアカゲラなどキツツキ類が断然多く生息しています。ヤマゲラやコアカゲラといった、国内では北海道にしか生息しないキツツキもいます。キツツキが多いということは、それだけ自然度が高い環境であることを物語っており、その象徴がクマゲラなのだと思います。

クマゲラのいそうな森を歩く

右は雄、左は雌。頭部の赤い部分の大きさは雄の方が大きい(苫小牧市)

そのうち、クマゲラに出会えることは期待せずに森歩きを楽しむようになりました。図鑑などには、クマゲラは「北海道の平地から山地の森林に棲む」などと書かれています。

そうか、山じゃなくても平地の森でも可能性があるのか。

森のタイプは「大径木のあるトドマツやミズナラなどの混交林」。混交林と言われると、北海道の自然林はだいたいそうなのではないかな。でも細い若木が多い二次林は避けた方がいいだろうな…。

こんなことを意識しながら行く場所を決め、時間のあるときには平地か山地かを問わず、森を歩くことにしていました。期待しないとはいいつつも、実は心の片隅のどこかでクマゲラとの出会いを待ち望んでいたのでしょう、クマゲラがいる可能性のある森ばかり歩いていました。

木の中に潜むカミキリムシの幼虫などを探す。見る見るうちに木肌がえぐり取られていく(七飯町)

クマゲラは、ドラミング(繁殖期にキツツキ類が木をたたいて大きな音を出す示威行動)の音は「ドロロロロロ…」と非常に大きい、とも聞いていましたので、それらしき音がすると色めき立って音源を探しました。しかし、その音の主はオオアカゲラだったりヤマゲラだったりすることばかりで、いつも期待を裏切られていました。

こうして、クマゲラの姿を一度も見ないまま、北海道暮らしも3、4年過ぎた頃のことでした。鳥が多くて気に入っている苫小牧の森で、初冬のある日、ついにクマゲラを見つけたのです。

初めての出会いはあっけなく

好物のアリなどを絡め取るための長い舌を出した(札幌市豊平区)

雌のクマゲラが、それほど高くない木の梢にとまり、コツコツと幹をつつきながら右へ左へと首を動かしていました。私はもちろん、喜び勇んでカメラを向けます。クマゲラとの距離は30メートルほどでしょうか。

何度かシャッターを切り、静かに少し近づきます。クマゲラは、一瞬動きを止めこちらに一瞥をくれましたが、飛び去る様子もなく、相変わらず木をつついています。10メートルほどの距離まで近づいたとき、クマゲラは少し奥の木に飛び移りました。私はまた近づく…。

しばらくすると今度は、またクマゲラが飛んだと思ったら、なんと私の方へ向かって飛んで来るではありませんか。あまりにも急なことに、私は、呆然としてクマゲラの動きをただ見つめるしかありません。クマゲラは私の頭上を超え、私の後ろ、わずか数メートルほどの所にある細い木にとまりました。

冬の日、ねぐらに戻って来た雄。冬のねぐらに使う穴はそのまま繁殖に使う場合もある(札幌市南区)

私は、「えっ!こんな細い木に」とちょっと驚きましたが、クマゲラはまた右へ左へと頭を動かしながらその細い木の幹をつついています。私の存在など眼中にない、といった風情です。

それからひと呼吸おいて、クマゲラはまた別の少し離れた木に飛び移り、さらにもっと奥の木へと、何度かとまる木を変えながら徐々に遠ざかっていきました。

こうして、私は、拍子抜けするくらい簡単に、思う存分、その姿をカメラに収めることができたのです。思い返せば、わずか数分間の出来事だったかもしれませんが、”深山幽谷の鳥”クマゲラの、意外な一面を見た気がする初めての出会いでした。

市街地の目と鼻の先で繁殖

クマゲラの食痕は縦長の穴になる。アリの卵や蛹などを探した痕だ(芦別市)

こうして初めての出会いを果たした後は、3、4年続けて、年に一度は、何らかの形でクマゲラを撮る機会に恵まれました。北海道に来たばかりの頃、なかなか見つけられなかったことが嘘のように感じられ、クマゲラという鳥の見方も変わりました。

北海道では実はそれほど希少な存在ではないこと、深山ばかりでなく、意外と人の生活圏の近くの森にも生息していることを、自分自身の経験として知ったのです。

その後も、季節を問わず、また北海道内の場所を選ばず、私はクマゲラに幾度となく出会っています。繁殖シーンに立ち会ったことも10数回はあるでしょう。

野鳥を観察していて、一番ドラマチックで、興味深く、その鳥への親しみが強く湧いてくるのは、やはり子育ての場面でしょう。クマゲラの場合は、その中でも特に感動的で、物語性に富んでいて、何度見てもまた見たくなる魅力があります。

巣立ちが近づいた雛に給餌する雄親(苫小牧市)

私が立ち会ったクマゲラの繁殖シーンで最も印象に残っているのは、もう20年ほど前、2000年代半ばのこと。場所は札幌の藻岩山(531m)の登山道でした。登山口からほんの50mほど登った地点で、しかも登山道のすぐ脇の樹木に巣穴がありました。

藻岩山の登山口は、札幌市の市街中心部から直線距離でわずか4kmほどの所です。市民にとっては庭先のような山として親しまれ、毎日たくさんの人が登ります。

あのクマゲラがそんな場所の道端で子育てするとは、さすがに驚きました。当然、連日数十人(多い日には100人超)ものカメラマンや観察者が詰めかけ、新聞社やテレビ局の取材も入り、巣立ち前の1週間は大変な騒ぎになりました。

それでも2005年・2006年と2年連続で、たくさんの人の目にさらされながらも子育てを完遂したクマゲラ。山の片隅とはいえ、大都市の雑踏のすぐ隣で繁殖を成功させる適応力にいたく感心させられた出来事でした。

北海道だけの鳥ではなかった

森の中の朽ち木でアリを探す雌。木の皮を豪快にはがし、投げ捨てた(津別町)

クマゲラは、現在、北海道以外に青森県、秋田県(白神山地など)などにも生息していることがわかっています。本州でクマゲラが繁殖していることが突き止められたのは昭和53(1978)年のことで、比較的新しい知見です。

それ以前には、明治時代から長い間、クマゲラは国内では北海道だけに生息する鳥として「ブラキストン線」を物語る好例と考えられていました。

ブラキストン線というのは、本州と北海道を隔てる津軽海峡のことですが、その北と南とでは明らかに動物分布が違うことを発見した英国人探検家トーマス・ライト・ブラキストンの名を取ってこうよばれています。

ブラキストン線が提唱されたのは明治16(1883)年、日本に近代的(欧米的)な動物分類学の概念が持ち込まれ、科学的に鳥類の研究が行われるようになった日本鳥類学の黎明期のことでした。

以降、日本でも鳥類分布や分類の研究は急速に進展しましたが、そんな中、昭和9(1934)年に、秋田県八幡平でクマゲラ2羽が捕獲されたことがありました。当時はクマゲラはブラキストン線で分布の仕切られた鳥と考えられていたため、北海道のものがたまたま迷行したとして片づけられてしまったそうです。

巣作り中の雄。巣穴の中から木くずを外へ運び出す(苫小牧市)

しかし、歴史をもっと遡れば、江戸時代中期の文献『観文禽譜』(堀田正敦著)にはクマゲラが仙台の山中で捕獲されたことが記されています。

雌のクマゲラの正確な図が添えられ、同じものが会津や日光にも産すること、クロトリ、オニゲラ、クマゲラなどと呼ばれること、といった説明があり、少なくとも当時は宮城県、福島県、栃木県にも生息していたらしいことがわかるのです。

日本でこうした独自の知見が江戸時代にあったにもかかわらず、クマゲラに関しては、ブラキストン線という科学的な概念が仇となって、明治時代以降、分布の正確な調査が非常に遅れてしまったといえるでしょう。

現在は、本州のクマゲラは個体数が壊滅的に少ないそうです。とはいえ、本来はクマゲラの日本での分布は北海道と本州北部であることを忘れずにいたいものです。

鳴き声の魅力

朽ち木で採食していた雄が急に飛んで来た。もう「コロコロコロ」と鳴いている(札幌市南区)

私は、北海道での野鳥観察・撮影をサポートする「ウェルカム北海道野鳥倶楽部」という会員組織を主宰しています。関東・関西などの会員さんが北海道に探鳥旅行される際、見たい鳥に効率よく出会えるよう、旅行プランの作成などをお手伝いしているのですが、北海道で”見たい鳥”の人気ランキング上位に必ず入るのがクマゲラです。

最近でこそ、都市部の公園などでも繁殖したり観察される例が増えてはいますが、それでもなお、クマゲラは北海道らしさを強く感じさせてくれる鳥なのでしょう。

その人気の秘密は、大きさから来る迫力ある姿や多彩な仕草などはもちろんですが、私は声の魅力も大きいのではないかと思っています。キツツキ類の鳴き声は種によってさまざまですが、それにしてもクマゲラの声は個性的です。

大きな声で「キョーン」と鳴く雄(苫小牧市)

まず、飛びながら出す声は「コロコロコロ、コロコロコロ…」とかわいらしい感じです。姿を確認できなくてもこの独特な声が聞こえてきたら、間違いなく「クマゲラが来た!」とわかります。

そして、木の幹にとまったとたんに出す「キョーン!」という大声。クマゲラの存在感が満開になる瞬間です。クマゲラの本来の声は、この「キョーン」のようで、そのまましばらく何回か「キョーン」「キョーン」と鳴き続けることがあります。

でもそのうちだんだん声が小さくなって、かすれたような声で「キョー」と言ってみたりすることもあります。これがコミュニケーションの声だとしたら、飛びながらの「コロコロコロ…」という全然違う声はどういう意味があるのだろうと思ってしまいます。

クマゲラは、何とも表情豊かな声の持ち主なのです。

<おもな参考文献>
・藤井忠志著『日本のクマゲラ』(北海道大学出版会)
・faura18号「ブラキストン線」特集
・菅原浩・柿澤亮三著『図説日本鳥名由来事典』(柏書房)

*写真の無断転用を固くお断りします。

大橋 弘一

野鳥写真家

大橋 弘一

野鳥写真家

日本の野鳥全種全亜種の撮影を永遠のテーマとし、図鑑・書籍・雑誌等への作品提供をメインに活動。写真だけでなく、執筆・講演活動等を通して鳥を広く紹介することをライフワークとしており、特に鳥の呼び名(和名・英名・学名等)の語源由来、民話伝承・文学作品等での扱われ方など鳥と人との関わりについての人文科学的な独自の解説が好評。NHKラジオの人気番組「ラジオ深夜便」で月に一度(毎月第4月曜日)放送の「鳥の雑学 ...(続きを読む

日本の野鳥全種全亜種の撮影を永遠のテーマとし、図鑑・書籍・雑誌等への作品提供をメインに活動。写真だけでなく、執筆・講演活動等を通して鳥を広く紹介することをライフワークとしており、特に鳥の呼び名(和名・英名・学名等)の語源由来、民話伝承・文学作品等での扱われ方など鳥と人との関わりについての人文科学的な独自の解説が好評。NHKラジオの人気番組「ラジオ深夜便」で月に一度(毎月第4月曜日)放送の「鳥の雑学ノート」では企画・構成から出演までこなす。『野鳥の呼び名事典』(世界文化社)、『日本野鳥歳時記』(ナツメ社)、『庭で楽しむ野鳥の本』(山と溪谷社)、写真集『よちよちもふもふオシドリの赤ちゃん』(講談社)など著書多数。最新刊は『北海道野鳥観察地ガイド増補新版』(北海道新聞社)。日本鳥学会会員。日本野鳥の会会員。SSP日本自然科学写真協会会員。「ウェルカム北海道野鳥倶楽部」主宰。https://ohashi.naturally.jpn.com/

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