山にはいろいろな野鳥が暮らしています。その種類は標高によって、また植生などの環境によって異なり、季節によっても変化します。低山から高山まで、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを、バードウォッチング歴50年、野鳥写真歴30余年という大橋弘一さんが、さまざまなトリビアを交えて記します。
第11回は、小さな灰色の小鳥・ヒガラの生態について、写真とともに紹介します。
山の鳥エッセイ #11/連載一覧
2024.07.22
大橋 弘一
野鳥写真家
【第11回 ヒガラ】
英名:Coal Tit
漢字表記:日雀
分類:スズメ目シジュウカラ科ヒガラ属
シジュウカラの仲間を”カラ類”とよびますが、そのカラ類のうち最も体が小さく、最も標高の高い場所にまで分布している鳥がヒガラです。
全長は10.5cmほどですから、スズメ(14.5cm)の3分の2程度。体重は7~8gしかなく、これはA3サイズのコピー用紙1枚と同じくらいの重量だそうです。ちなみにスズメは3倍の24g!スズメが意外と重いのか、ヒガラが軽すぎるのか…。
ともあれ、ヒガラはこの小さい体を活かして、針葉樹の葉先などを身軽にちょこまかと動き回り、葉と葉のすき間などにいる小さな昆虫やクモ類を捕食します。
時には植物性のものも食べますが、とにかく針葉樹が好きなので(針葉樹そのものではなく、針葉樹に付く虫が好きなのですが)、亜高山帯の針葉樹林に多く生息しています。
冬には平地にも降りてきますが、それでも基本的には針葉樹がある場所を選んで暮らしているようです。
時には細い枝にぶら下がったり、ホバリングしたり、とにかく軽快な動きをいつも見せてくれます。この鳥がじっと静止している場面は見たことがありません。
あの針のような松の葉にとまる様子を見ると、その身軽さを実感します。まるで軽業師のように、身軽にいつも動き回っている小さな灰色の小鳥。それがヒガラの印象です。
5月に長野県の戸隠を訪れたことがあります。
長野市の北部、戸隠山(1,904m)の山腹、標高約1200mほどの地点にある戸隠森林植物園は、古くから国内有数の探鳥地として知られる野鳥の宝庫です。
ノジコ、サンショウクイ、コルリ、コマドリなど魅力的な鳥が多く、かつてはアカショウビンも繁殖していました。5月のさわやかな気候の中でこれらの鳥を探して歩くのは実に楽しく、あっという間に時間が過ぎてしまいます。
そして、鳥の生息密度もさることながら、ここの大きな魅力は、自然風景の見事さにあります。鳥たちのいる、その”器”が優れていることの素晴らしさを肌で感じることができます。
白いミズバショウや黄色のリュウキンカが咲く湿地の景観。目にも優しく、心に染み渡るようなすがすがしさ。戸隠は自然の中に身を委ねる喜びが感じられる有数の場所なのです。
この森で印象深い鳥のひとつに、意外かもしれませんが、ヒガラの名が挙げられます。
私は、ヒガラの姿は北海道で冬に平地の森で見ることが多いのですが、繁殖期の5月に、標高1200mの地で見るヒガラはまた格別です。
可憐さと俊敏さ、そして人なつこさはそのままに、一層生き生きと活動しているように見えるのです。
ヒガラは、一般に、留鳥(渡りをせず年間を通して同じ地域で暮らす鳥)または漂鳥(冬は平地にいて繁殖期には山地へ移動する鳥)とされています。
戸隠では、思いがけずその初夏の暮らしぶりを垣間見ることができました。私にとって、静かな感動がそこにありました。
ヒガラは、一見、シジュウカラと似ています。野鳥初心者の方は、ヒガラを見てもシジュウカラだと早とちりしてしまうことがあるので、識別に注意が必要です。
この両者の一番よく似た点は、頭と喉が黒く、その黒色部に挟まれた頬の部分が白いことだと思います。
確かに白い頬は両種に共通しています。しかし、識別のために観察する場合は、頬ではなく黒色部に注目してみましょう。
すると、シジュウカラは喉の黒色部が胸や腹まで線のように伸びていることにすぐ気づくはずです。まるで黒いネクタイを締めているようです。これに対して、ヒガラにはネクタイはありません。この相違だけでも充分な識別ポイントになります。
黒色部の形をチェックしたついでに、ヒガラの黒い頭も見てみてください。三角形に尖っています。これは、ヒガラには短い冠羽(頭部の飾り羽)があり、これがまるでとんがり帽子のように見えるからです。
冠羽を寝かせていると普通の丸い頭に見えますが、しばらく見ているとすぐに、いつもの三角形の頭に戻るでしょう。シジュウカラには冠羽はありませんので、いつでも丸い頭です。この、冠羽の有無も両種の識別ポイントとなります。
そして、初心者の方が陥りやすい意外なポイントが大きさです。ヒガラは、前述の通り、全長10.5cm。これに対してシジュウカラの全長は15cmありますから、だいぶ違います。
大きさは、遠いか近いかで見え方が違うのでわかりにくいとは思いますが、ヒガラとシジュウカラのサイズは一回り以上違うので、注意深く見ればわかるはずです。近くにいる他の鳥と比較してみてもよいでしょう。
さて、この鳥は、なぜヒガラと呼ばれるのでしょうか。また、漢字表記「日雀」の意味は?ここでは、この鳥の和名について考えてみたいと思います。
ヒガラの鳴き声は「ツツピン」とか「ツピンツピンツピン」などと聞こえます。特にピンの部分が印象的であり、ピンと鳴くカラなので、一般に「ひんから」と呼ばれ、それが縮まってヒガラになったといわれています。
ピンがヒンと言われてしまうことは、日本語の変化としてはよくある現象です。一方、カラは、小鳥を総称する古語「くら」の変化と考えられています。つまり、ヒガラという鳥名は”ヒンと鳴く小鳥”を意味する古い表現が語源だと考えられ、これが定説になっています。
ただし、これ以外の語源説もあります。二つご紹介します。
ひとつは、斜視を意味する古い言葉「ひがらめ」が語源という説。首をかしげる様子を例えたものですが、小鳥はヒガラに限らず首をかしげることが時々あり、それがこの鳥だけに適用された理由が不明です。首をかしげると可愛らしく見えるものであり、この鳥の可愛らしさを表現したのでしょうか。
もうひとつは、「ひめから」または「ひなから」を語源とするという説です。小さくてかわいいことを意味する接頭語「ひめ」「ひな」を用い、最小のカラ類であることを表現した語があったという仮定に基づく考え方です。
「ひめから」「ひなから」が「ひんから」へと転訛したと考えるのは無理ではなさそうです。ヒガラが小さい鳥だという意味が込められたもっともな語源説とも思われますが、古い日本語に「ひめから」「ひなから」という語が本当に存在していたという確証は、残念ながら得られていません。
このように、ヒガラという身近な鳥であっても、その語源を探ることは簡単ではありません。また、いずれにしても「日雀」という漢字表記は単なる当て字にすぎないようです。
最近行われた調査によれば、ヒガラの個体数は増加傾向にあります。以下、バードリサーチニュース2023年7月号の「日本の森の鳥の変化:ヒガラ」に発表された調査結果の要点をご紹介します。
ヒガラは全国的に分布していますが、標高の高い場所(標高1,000m以上)や、北海道や東北地方といった北の地域で多く繁殖しています。”涼しいところがお好き”な鳥なのです。
例えば、繁殖期の記録率(調査時に出現した頻度)は、北海道では70%を超えるのに対し、関東で約30%、九州では20%弱、南西諸島ではわずか10%未満です。
また、関東から関西にかけての生息数調査では、元々数の多かった標高1,500m以上の調査地点で、一層個体数が増えているそうです。繁殖に適したエリアでの生息密度がさらに高くなってきているのです。
一般に、繁殖期には鳥はなわばりを持つため、それが制限となって元々多い場所でさらに増えることは困難です。ヒガラもなわばりを持ちますが、なぜか高密度でも生息できる鳥のようです。
それだけではありません。元々分布していなかった低標高の地域や、西日本の温暖な地域で新たに分布する場所が出てきたりといった事象も確認されています。分布の拡大も起きているわけです。
以上は、1990年代と2010年代との比較で見たこの鳥の増加傾向を示す客観的な調査結果です。私は個人的にヒガラは、最近、なんとなく増えているような気はしていましたが、”生息地での高密度化”と”分布地の拡大”の両方が起こっているとは意外でした。
ヒガラの、こうした増加傾向は何が原因なのでしょうか。
気候変動(地球温暖化)への対応として、より多くの個体がより涼しい高標高地へ移動している?…いや、それでは分布地拡大の説明がつきません。
それでも、毎年のように日本のどこかで甚大な洪水被害が起こるような気候の凶暴化を報道などで目の当たりにしていると、気候変動の影響が鳥たちに出ないはずはないと思ってしまいます。
冒頭で、ヒガラはおもに小さな昆虫などを食べると記しましたが、春先には樹木の新芽を、また秋から冬には植物の種子をついばむ場面を見ることもあります。
植物は、温暖化によって芽の出る時期や種子が実る時期が変わりますから、植物性のものを食べる生きものは、気候変動の影響を受けやすいと考えられます。
昆虫が主食のヒガラも、もし新芽や種子を一時期だけでも必須の食物とするのなら、それを求めて積極的に移動することも考えられるのではないでしょうか。
例えば、ある植物の種子が、ヒガラが食べたい時期に従来より標高の低い場所で実るようになったとしたら、それを求めてヒガラも低標高地へ行く可能性もあるかもしれません。
種子に関しては、ヒガラは近縁のヤマガラのような貯食行動を行いませんので、移動しながら生息適地を見つけ、それが分布を広げることにつながるとも考えられます。
とはいえ、これは全くの仮定の話で、そうした調査も行われていなければ、当然、科学的根拠もありません。私が空想しただけの話です。
ただ、今まで見たことがなかった場所でヒガラに出会ったとき、ここにいるのはなぜだろうと考える…。その疑問から始めてみることも有意義だろうと思うのです。
<おもな参考文献>
・菅原浩・柿澤亮三編著『図説日本鳥名由来事典』(柏書房)
・真木広造・大西敏一・五百澤日丸著『決定版日本の野鳥650』(平凡社)
・安部直哉解説・叶内拓哉写真『野鳥の名前』(山と溪谷社)
・大橋弘一著『鳥の名前』(東京書籍)
・Webサイト「バードリサーチニュース」2023年7月号
*写真の無断転用を固くお断りします。
大橋 弘一
野鳥写真家
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