山にはいろいろな野鳥が暮らしています。低山から高山まで、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを、野鳥撮影歴30余年の大橋弘一さんがさまざまなトリビアを交えて綴る「山の鳥エッセイ」。第14回は、「オオルリ」をご紹介します。
山の鳥エッセイ #14/連載一覧
2025.04.17
大橋 弘一
野鳥写真家
【第14回 オオルリ】
英名:Blue-and-white Flycatcher
漢字表記:大瑠璃
分類:スズメ目ヒタキ科オオルリ属
青い鳥の代表格だが腹など下面は白い
瑠璃は青い色を示す古い言葉であることはよく知られています。日本の鳥ではオオルリのほかにコルリやルリビタキ、ルリカケスといった例があります。中でもオオルリは代表格で、”青い鳥”といえばまず最初にオオルリを思い出す人が多いでしょう。
瑠璃とは元来、古代インドの仏教世界で珍重された青色の宝石の名です。仏教では、七宝とよばれる7つの宝物があり、瑠璃はそのひとつで金や銀に次ぐ価値があったそうです。
瑠璃は、現代の呼び名でいえば「ラピスラズリ」という名の宝石として知られています。ラピスラズリは人類が紀元前から利用してきた鉱物で、ルネッサンス期のヨーロッパで青色の絵具の原料としても珍重された歴史があります。時を経ても色あせない深い青はこの鉱物でしか出せない色とされ、金よりも高価で取引されたそうです。
オオルリの青い色はまさに瑠璃、つまりラピスラズリの色そのものです。やや紺色みを帯びた、深い海の色を思わせるような青。他の色とは違う、どこか不思議さを感じる青い色は、オオルリにも共通しています。
雄の前面と背面(同一個体)
この不思議さの理由は、宝石や鉱物は別として、オオルリの場合は青い色素ではなく分子構造によって青く見えるものだからと考えられています。これを構造色と言い、オオルリに限らず鳥の羽毛には、じつは青い色素はありません。鳥の青い色はすべて構造色なのです。
構造色と聞いてもわかりにくいと思いますが、要するにオオルリの羽毛の内部の分子は微細な部分で青い光だけを反射するような構造になっているわけです。シャボン玉やCDの表面などは光の当たり方によっていろいろな色に見えますが、あれが構造色です。
鳥の赤や黄色など他のさまざまな色は色素によるものですが、青い色素は特殊で、鳥に限らず脊椎動物にはほとんどないものです。
どうやらオオルリは、きっとどうしても青くなりたかったのでしょう。長い進化の過程で、色素は無理でも分子構造によって青い色を獲得した…。それがオオルリをはじめとする青い鳥なのだと思います。
新緑の森が似合う鳥
30年以上前のことですが、私が初めてオオルリを見た時、その青い色が信じられませんでした。知識としてはオオルリの存在は知っていましたし、その姿も図鑑などで写真を何度も見ていましたからよくわかっていたつもりでした。ところが、実物を見た瞬間、その青色が現実でないような錯覚を覚え、非常に不思議な気がしたのです。
場所は北海道・小樽市のとある山林。時期は5月初旬の早朝。その森を訪れたのは初めてのことでしたが、オオルリが観察しやすい場所だと聞いて行ってみたのでした。広葉樹の葉が芽吹く直前の時期で見通しがよく、暑くも寒くもない心地よさの中、いろいろな鳥たちとの出会いを楽しみながらゆったりした気持ちで歩きました。
1時間ほど歩いた時だったでしょうか、私の後方から飛んできた1羽の小鳥が私を追い越して30メートルほど先の梢にとまりました。それがオオルリだったのです。
顔の周りには水色、群青、濃紺といろいろな青色がある
「うわー、青い!本当に青いんだ!!これがオオルリか!」
心の中で歓声を上げていました。
その頃の私はまだ駆け出しで、初めて見る鳥にはひとつひとつどれもが新鮮で感激していましたが、オオルリは、そんな中でも特別でした。変な表現ですが、青い色が、ものすごく青いのです。青いことを知っていてもその青さに驚いてしまう青色なのです。美しいなどという言葉では言い尽くせない独特な感覚でした。
30メートルほど離れているとはいえ、自分と同じこの森の、この空間に、こんな生き物がいることの不思議さ。この青いものが自分と同じ空気を吸って生きていることが信じられない思いでした。まるで夢心地というか、この世のものとは思えない感覚とはこういうことを言うのだろうとさえ思いました。これまでに経験のない感覚でした。
雌は茶褐色で地味な姿
聞いた話では、野鳥観察を趣味にしている人の、そのきっかけはオオルリを見たことだったというケースが多いそうです。青い色の魅力というか、こんな感動的な色の鳥がいることを知ったことが、鳥の魅力にハマってしまう理由になるわけですね。赤でも黄色でもない、白でも黒でもない、青色だけが持つ特別な力なのでしょうか。
しかし、ご多分に漏れず、オオルリも青いのは雄だけで、雌は茶褐色の地味な姿をしています。知らなければ同種とは思えないほど、雄と雌とでは色が違います。こういう雌雄差は、一般に雌が抱卵や育雛の中心的役割を担う場合によく見られます。巣にいることが多ければ目立たない方が天敵に狙われにくいため、有利だというわけです。
では、逆に、派手で目立つ姿の雄はどうなのでしょう。天敵に襲われやすいのでしょうか。科学的裏付けのある調査は行われていませんが、確かに雄は天敵に捕食されて命を落とすことが多いと考えられています。
雄の青い色が派手なほど雌に選ばれやすくなるという
言うまでもなく、どんな生物も自分の遺伝子を残そうとします。オオルリに限ったことではありませんが、つがい相手を獲得しなければなりません。そのためには雄は雌に選ばれる必要があり、進化の過程で、オオルリの雄は自らの命を危険にさらしてでも派手で目立つ姿を獲得したと考えられます。
一方で、目立ちながらも生き残った美しい雄は、天敵を回避する能力に長けた個体であるという見方もできます。速く飛べるとか、うまく逃げる能力がある、ということになります。
雄の美しさは、いわば生存可能性のバロメーターですから、雌はできるだけ美しい雄を選んで繁殖しようとします。そうすれば、子供も子孫も同様の能力を持った個体になる可能性が高まり、ひいてはその種自体の永続的な存続につながるというわけです。
オオルリは、きっと雄の青い色が派手であればあるほど雌に選ばれる可能性が高まるのでしょう。オオルリが青くなりたかった理由は、自分の遺伝子を残すためなのです。
縄張り宣言のためにさえずる雄
もうひとつ、雌が雄を選ぶための重要な要素が”さえずり”です。これも、姿と同様、美しいほど雌に選ばれる可能性が高まると考えられます。
オオルリのさえずりは「ピィー、リー、ルー」とか「ピー、チュイ、ピー」などと鳴いた後に「ジジッ」と付け加えることが特徴です。複雑な鳴き方ではなく1フレーズは短いのですが、朗らかな明るい声で、人間が聞いても心地よくなる歌い方です。
新緑の森、特に渓流沿いのような清々しい場所にとても似合う声だと思います。実際、オオルリは森の中の渓流近くに巣を作り子育てをしますので、その印象が強いのかもしれません。
ひとしきりさえずった後、地面に降りて虫を捕えようとする雄
ところで”さえずり”というのは、鳥のいくつかある鳴き方のひとつだということをご存知でしょうか?鳥の声なら何でもさえずりだというわけではないのです。
鳥の声は大別して”さえずり”と”地鳴き”に分けられ、後者は一年中仲間同士のコミュニケーションに使われる短い鳴き方を言います。「チッ」とか「ピピッ」などというイメージです。これに対して”さえずり”は繁殖時にしか行われない比較的長い鳴き方です。
つまり、繁殖に際し、原則として雄が異性つまり雌へのアピールとして声高らかに歌うような鳴き方をするのがさえずりです。「僕はこんなに上手な歌い手なんだよ、だからつがいになって!」というような意味合いです。
同時に、もうひとつ、さえずりの役割があって、それは繁殖に必要な「場」つまり縄張りを主張することでもあります。「ここは僕ら夫婦の場所だぞ、入ってきたら許さないぞ!」という、いわば怒鳴り声で、同じ種の別個体の雄に対する警告の意味です。
雌もさえずることがある
だいたいどの種でも、さえずりは雄が行う大切な役目です。ところがオオルリは、雌もしばしばさえずることがあります。これは、子育て中に外敵が近づいた時などに、巣から注意をそらすための行動だと考えられています。
森を歩いていて、ちょっと変わったオオルリのさえずりだな、と思ったら雌だったということがあるのです。オオルリには違いないけれど、ちょっと下手に聞こえるといった感じです。やはりさえずりは本来は雄の役割なのだとつくづく思います。
日本三鳴鳥。左からオオルリ、ウグイス、コマドリ
オオルリのさえずりといえば、「日本三鳴鳥」(日本三名鳥とも書く)という言葉が連想されます。日本の小鳥の中で特にさえずり声が美しいとされるウグイス、オオルリ、コマドリを意味します。まあ、「美声の鳥御三家」みたいな意味です。
この言葉は野鳥観察を趣味にしている人にはよく知られているのですが、じつは、いつ、誰が、何を根拠に言い出したのかわかっていません。ちなみに『広辞苑』には日本三景や日本三急流は載っていますが、日本三鳴鳥は載っていません。社会的にはまだ知名度が低い言葉なのかもしれません。
ともあれ、この3種は日本を代表する美声の鳥とされているわけですが、この3種のセレクトが妥当かどうか、議論があることも事実です。クロツグミやキビタキなどが入らないのはおかしいと思う人もいるのではないでしょうか。
翼の基部両側に白斑がある
じつは、この3種は野鳥の中から選ばれたものではありません。現代ではなく江戸時代の話ですが、飼い鳥の中から選ばれた美声の3種なのです。ウグイスもオオルリもコマドリも野鳥つまり野生の鳥ですが、野鳥などという概念さえなかった昔はそういう鳥を捕えてきて飼育することが行われていました。
江戸時代中期には鳥の飼育がブームのように広まりました。カナリアなどの飼い鳥もいましたが、一方では野生の鳥を飼育し、姿や鳴き声を鑑賞する楽しみが庶民にまで広まったのです。
その中で特に鳴き声が喜ばれたのが三鳴鳥の3種だったというわけです。ほかにもメジロやホオジロ、ヤマガラなど、多くの種類が飼育対象になった時代でした。
おそらく「日本三鳴鳥」という言葉の発祥は江戸時代であり、その時代背景を知らずに現代の感覚で考えてしまうと、意味が正確に伝わりません。飼い鳥の中で鳴き声が優れている3種。それが「日本三鳴鳥」という言葉の本来の意味なのです。
<おもな参考文献>
・樋口広芳著『鳥ってすごい』(山と溪谷社)
・細川博昭著『大江戸飼い鳥草子』(吉川弘文館)
・大橋弘一「鳥たちの素敵な名前の物語30 オオルリ」(BIRDER2022年6月号 文一総合出版)
・大橋弘一著『野鳥の呼び名事典』(世界文化社)
*写真の無断転用を固くお断りします。
大橋 弘一
野鳥写真家
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